第9話 9、ティラノサウルスのグル 

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 翌朝、三本は朝食にスライスチーズを載せたトーストとハムエッグと牛乳を食してから千と一緒に約束の河原に行った。

三本には定番の朝食メニューでは少し物足りなかった。

食欲が増えていたようだった。

細胞シャワーのせいかなと思った。

 二人が河原に着くと周囲を警備していた隊長から森の梢に翼竜2羽が潜んでいると千に伝えた。

二人は昨日置いて置いた槍の材料の前に浮遊し、スカイカブの床のハッチを開け、冷えたジンジャーエールのボトルを取り出しコップ無しで飲んだ。

この日は朝から巨大な太陽に照らされて気温が高かった。

 二人が飲み物を飲み終える頃、森から翼竜が飛び立ち、三本の方に滑空し前方5mに着地し翼を閉じた。

三本はまだ翼竜の顔の違いが分からなかった。

「ギギーなのか。僕はまだ君達の仲間の顔の違いが分からない。昨日、生まれて初めて翼竜を見たのだ。」

「ギギーだ。友達、三本。今日は仲間を連れて来たのか。違いははっきり分かる。」

 「おはよう、ギギー。僕の仲間だ。」

「雌か。」

千が会話を取った。

「ギギーさん。私の名前は千。雌(めす)よ。三本は雄(おす)。ギギーさんは雄なの。」

「俺は雄だ。お前も話せるのか。」

「話せるわ。ギギーさんの仲間とも話せる。」

「本当か。今日は仲間を連れて来た。ここに呼んでもいいか。」

「いいわ。」

 ギギーは森の方を向いて「ギーッ」と叫んだ。

三本と千には耳の音と同じに「ギー」と頭の中で聞こえた。

森の上に一羽の翼竜が飛び上がり、滑空してギギーの後ろに着地し、注意深く辺りを見回した。

まだ警戒しているのか、翼は広げたままだった。

その翼竜の大きさはギギーとほとんど同じだったが頭の上の羽がなく羽毛で覆われていた。

 警戒している様子を見て三本が会話を振った。

「ギギー、違いが分かる。頭の上の形が違う。雌か。」

「雌だ。」

「約束の武器を持って来た。槍だ。ギギーが作ることができるように材料も捜しておいた。ギギーの足元にあるものだ。黒い石と真っ直ぐな丈夫な棒と石の穂先を棒につける蔦のツルだ。分かりやすいように完成品を持って来た。ギギーにやる。欲しいか。」

「欲しい。」

 三本は通訳野球帽を外して千に言った。

「千さん、何かあったら治療箱に入れて。」

そう言って三本は再び野球帽を冠り、意を決っしてスカイカブの赤ボタンを押してゼロ位相にし、スカイカブを着地させ、床においてあった長い槍を取り上げた。

 三本は槍を杖のように立てて慎重にスカイカブから降り黒曜石がおいてある場所までゆっくり歩き黒曜石の横に槍をゆっくり置いた。

ギギーの顔は見なかった。

声も出さなかった。

声を出したらその声には三本の恐怖心がにじみ出ているだろうと思ったからだ。

三本は無事にスカイカブに戻ることができ、緑ボタンを押すことができた。

 「ギギー、槍を足で掴むことができるか。やってみろ。」

ギギーは跳ぶように槍に近づき槍を足の指で掴むことができた。

「地上では持ちにくいが空中では問題はない。」

「そうか。地上にいる時は翼の手で持った方がいいかもしれないな。槍は獲物に突き刺すことができる。先端は鋭いが脆(もろ)い。先端は大事に扱え。先端の黒い石は黒曜石と言って足元に置いてある黒い石と同じものだ。石を割れば鋭い破片ができる。破片を石に擦(こす)って形を整えたものが槍の先端だ。あとは穂先を木の棒の先端に蔦の蔓で固定すれば出来上がりだ。見本があるから同じように作ればいい。」

「ありがとう。そうする。」

 「ギギー、今日はこれで終わりだ。我々はこれから森の中に行く。槍の材料は持ち帰ってもいいし、ここに置いておいてもいい。川の水が増えなければ大丈夫だろう。」

「分かった。三本、また会えるか。」

「会えるさ。じゃあな、ギギー。」

そう言って三本はゆっくりとスカイカブを上昇させ、森の方にフルアクセルで前進させた。

その加速は翼竜にはできない加速だった。

千もそうした。

 三本と千は森の木立の間で止まり、互いの顔を見合わせ思わず笑った。

「怖かった。あんなに怖かったのは生まれて初めてだった、千さん。」

「先生は勇敢でしたわ。」

「何とか生きていれば治療箱で治ると思っていましたからね。でも怖かった。脚の長さが僕の頭の位置だったし、嘴(くちばし)も僕の身長と同じくらいだった。」

「この世界の動物はどれも少し大きいみたいですね。」

 「地球の恐竜で言えば、ギギーは翼竜だけどケツァルコアトルスとかいう種類に近いと思います。恐竜の絶滅期直前の翼竜だったと思います。でも図鑑ではまだ一部しか羽毛になっていませんでしたからもっと進んでいるのかもしれません。ギギーは全身が羽毛でトサカが羽に置き換わっていましたから。」

「そうですか。私は地球の恐竜は詳しくは知りません。」

 その時周辺を警備していた隊長から連絡が入った。

「千様、森の奥から河原の方に向かって恐竜が接近して来ます。急いではおりません。二本足歩行、大きな口と小さな手と太い尾を持っています。高さは11m程度です。」

「恐竜の周囲に異星人はおりますか。」

「見当たりません、千様。」

「分かりました。恐竜はそのまま通過させなさい。異星人が居たら報告しなさい。」

「了解。恐竜を通します。」

「今度はティラノサウルスですね。先生、ようやく本物を見ることができますね。」

「ワクワクしています。」

 ティラノサウルスは翼竜の匂いに気が付いていた。

ティラノサウルスは翼竜が苦手だった。

自分の高さほどの長い翼を持ち、長さも自分と同じくらいだ。

地上で戦えば弱い相手なのだが奴らは空を自在に飛べる。

奴らの巣は樹上ではなく地上にあるのだが絶壁の洞窟に住んでいるので行くことができない。

せいぜい相手が倒した獲物を相手が持ち去る前に横取りして鬱憤(うっぷん)を晴らすしかない。

 奴らは森の中にはあまり入って来ない。

頭上の梢(こずえ)は密に茂っているから奴らの大きい翼が邪魔になるのだ。

入るのは楽だが出るのは梢の隙間を捜して樹間を飛ぶか地上を走らなければならない。

みっともない格好だ。

 だが、河原に近いこの辺りの森は樹木が疎(まば)らだから奴らは森の中まで入って来る。

奴らの餌(えさ)は自分の獲物と同じだ。

奴らは獲物を上から襲って吊り上げ、落として弱らせ、弱った獲物を掴んで森の外に出てから料理する。

餌場を守るためには常に威嚇しておかなければならない。

 前方に変な物が浮かんでいた。

横幅は自分と同じほどだから無視できるほどの大きさではない。

それは本当(ほんと)に変なものだった。

透き通っていて後ろの木立を見ようとすれば木立ははっきり見えるのだが、相手を見ようとすれば相手の形ははっきりと見え、木立はぼやける。

しかももっと変な物が少し離れてその横に並んでいた。

完全に透明で形は見えないのだが熱が見える。

見える物の真ん中にいる動物と同じくらいの大きさで同じくらいの位置で同じくらいの熱を発している。

 ティラノサウルスは三本の手前10mで止まって咆哮を上げた。

三本の通訳野球帽は「何だてめえら」と威嚇を含めた通訳をした。

「敵ではない。お前の餌でもない。」

三本がそう言うとティラノサウルスは狼狽(うろた)えた。

頭の中で変な音が聞こえたのだ。

そんな経験は初めてだった。

 三本は続けて大声で言った。

「私の名前は三本だ。さ、ん、ぼ、ん。お前の名前は何だ。」

恐竜は「グルルル」と唸り声を出した。

「名前とは何だ」と通訳された。

 「名前とは区別するものだ。お前には仲間がいる。仲間の一人一人は違う。名前は一人一人を区別する。仲間はお前を何と呼ぶのか。」

恐竜はしばらく三本を見ていたがやがて納得したように「グル」と声を出した。

「私には『グル』と聞こえた。お前の名前はグルか。そうなら頭を下げろ。」

恐竜は再び黙っていたが三本を睨みながら嫌々頭を下げた。

森の王者が弱そうな相手の言いなりになるのは屈辱だったからだ。

「お前の名前は『グル』なのだな。今度はグルと言ってみろ。」

恐竜は今度はすぐに喉の奥から「グル」と音を出した。

 「『グル』と聞こえた。お前の名前はグルだ。私の名前は三本だ。我々は会話ができる。会話とは思っていることを相手に伝える方法だ。・・・私はお前の敵ではない。私はお前の獲物を食べない。私はお前の友達だ。」

ティラノサウルスは「グルグウ」と言ったが通訳は「友達」と言った。

「そう。友達だ。敵ではなく味方だ。すがたかたちは違っても互いに会話することができる。」

ティラノサウルスは「グルグウグルグルグン」と言い、それは「仲間、グル、三本」と訳された。

 「最高だ。グル、聞きたいことがあるなら聞け。答えてやる。」

「お前には仲間がいるのか。」

「いる。お前には見えるのか。」

「見える。お前の横にいる。」

「グルは熱を見ることもできるのだな。隠れている獲物を見つけるのが楽だ。・・・千さん、出て来てもいいよ。」

 千は透明シールドを消して姿を表した。

「こんにちわ、グルさん。私の名前は千よ。」

グルは驚いた。

空中に同じ丸いものが出現し、その上に乗っていた動物が音を発し、その音は頭の中で響いた。

頭の中の音は三本の音とは違っていたが言葉が生じたのだ。

「お前は雌か。」

「雌よ、グルさん。グルさんは雄なの。」

 「雄だ。・・・三本、お前たちはどこから来た。」

「空の星の一つから来た。」

「川の下流にはお前と似た動物が来ている。お前の仲間か。」

「違う。仲間ではない。あの人間たちは別の星から来た。グルたちを捕まえて自分の星に連れ帰ろうとしている。狭い檻に入れて見物するためだ。」

 「奴らは小さいが強い。早く動くことができ痛い煙も出す。」

「知っている。早く動けるのは自動車に乗っているからだ。痛い煙は催涙弾だ。煙を出す筒を撃ち出すのだ。煙に触れると目が見えなくなるし痛い。奴らはグルたちを狩ろうとしている。一人で立ち向かっても勝てない。グルたちも獲物を狩るだろ。獲物はバラバラだから勝てない。」

「どうすれば勝てる。」

「・・・そうだな。連中を狩れば勝てるかもしれない。バラバラにして一つ一つを集団で攻撃する。集団でいる奴らは強い。」

 「三本は奴らより強いのか。」

「圧倒的に強い。簡単に殲滅できる。」

「奴らを殲滅してくれないか。」

「グルとは友達だがダメだ。私はやがてこの星から去る。連中を殲滅しても再び連中はこの星に来る。この星はこの星の者たちが守らなければならない。」

「そうか。残念だ。」

 千が言った。

「先生、今回だけお手伝いしてあげたらどうでしょうか。連中を圧倒的な力で殲滅したらこの惑星には別の星からの者が来ていることが分かります。連中はこの星に手を出そうとは思わなくなると思いますが。」

「そう言えばそうですね。連中の宇宙船も少し痛めつけたら彼我の差が分かりますね。戦いになりますか。ゾクゾクします。」

「先生は戦いがお好きなようですね。」

「それもこれも安全だからです。私一人で戦います。」

「先生がお怪我されたら直ちに治療箱で治療いたします。」

「お願いします。」

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