第8話 8、翼竜ギギー
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何度目かの飛行練習をしていた時、周囲を警戒していたロボット兵の隊長から報告が入った。
「千様、北から翼竜と思われる飛行体が近づいております。制圧いたしましょうか。」
「そうねえ、ちょっと待ってね。・・・先生、どうしましょう。」
「戦わせてください、千さん。もちろん殺しません。飛行訓練です。それと戦友を作ろうと思います。」
「戦友ですか。」
「全力を出して戦った相手には称賛の念を持つものです。」
「わかりました。・・・隊長、翼竜には手出し無用です。これまで通りの警戒を続けなさい。」
「了解、千様。翼竜との戦いを拝見させていただきます。」
翼竜はおそらく空の王者だ。
どんな巨大恐竜でも高い樹木の梢(こずえ)に居たら手が出ない。
地球の翼竜の想像図では翼長は10mを超え体重は100㎏もあったとされている。
三本たちのスカイカブに近づいてくる翼竜もどうやらそれに近いらしかった。
尖った嘴(くちばし)と小さめの頭蓋の両側に鷹のような黄金色の目を着けている。
大きな翼の中間には物をつかむことができる3本指の小さな手首が付いており、両足も鋭い爪が伸びた五本指が着いていた。
どうやら巨大な翼は二本の指が進化したようだった。
二本のほうが丈夫で翼を制御しやすい。
人間もそうなのだが三本はなぜ五本指が基本なのかが未(いま)だに分からなかった。
その翼竜の表面は立派な羽毛で覆(おお)われ、図鑑で見るような爬虫類に特徴的な鱗皮膚ではなかった。
爬虫類から鳥類への進化の過程でかなり鳥類側に進んでいるのであろう。
頭頂にはトサカではなく誇らしげに尾羽のような長い羽根が立ち上がっていた。
とにかく醜(みにく)くはなく格好が良かった。
ロボット兵達は森の梢に消えた。
千のスカイカブも透明になって梢に隠れた。
三本はしっかりとシートベルトを締め、機体を隣接7次元に置き、頭には通訳用の野球帽ヘルメットを冠り、空中300mの停止状態で翼竜が近づくのを待った。
翼竜はまっすぐ三本に近づいてきて「ギャーッ」という威嚇の咆哮をあげた。
通訳機はその声を「おまえはだれだ」と三本の脳に伝えた。
三本は微笑んで「空中戦をやろうぜ」と大声で叫んだ。
翼竜は三本の叫びが脳で響いたのであろう。
一瞬、羽ばたきを強めて高度をあげた。
翼竜の作戦は決まっていた。
相手より高くに行き、翼を閉じて急降下し、相手を強力な足で掴んでそのまま地上に墜落するのだ。
100㎏もの体重で乗られた相手はいくら羽ばたいても一緒に地上に落ちていかざるを得ない。
地表近くになったら翼を広げながら相手を離せば相手は地表に叩きつけられる。
獲物が空を飛べなくなった場合にはもう一度持ち上げて空中で離せばいい。
翼竜は少なくとも自分の体重と同じ重さの獲物を楽々と持ち上げることができた。
翼竜は相手の大きさが自分の翼の半分以下であることを認識していた。
眼前の相手は奇怪な形をしており、広い翼を羽ばたいてもいない。
形的(かたちてき)には空中を浮遊する空中クラゲに似ている。
空中クラゲは水素を作り出して気球に溜めて空中を浮遊する。
もっともこんな大きな空中クラゲは見たことがなかった。
とにかく相手の急所は中央で動いている小動物だろう。
翼竜はスカイカブの上空20mから脚を前に出し翼を縮めて三本めがけて斜めに急降下した。
相手からの攻撃を待っていた三本はアクセルを深く踏んで操縦桿を押し、右に傾けてから操縦桿を思いっきり引き、操縦桿を左に傾け、最後にブレーキをかけて操縦桿を中立にした。
結局スカイカブは右斜め下に降下してから反転してひねりをかけながら上昇し翼竜の上に上下逆さの状態で止まった。
三本は首を曲げて頭の下の翼竜の動きを眺めた。
翼竜は相手が攻撃を逃れたことを知り、翼を広げて降下を止め周囲を見回した。
「お前の上にいるぞ、間抜け。」
三本は頭の下の翼竜に大声で叫んだ。
翼竜は顔を上げて相手が上空にいることを知り「ギッ」と叫んで下降を開始した。
三本の通訳機は「くそっ」と伝えた。
翼竜は羽を閉じて斜めに急降下し、スピードつけてから翼を広げて力一杯に羽ばたき高度を上げた。
三本はそれを見てスカイカブを翼竜の背中の後方になるように操縦し翼竜と共に上昇した。
スカイカブは羽音を出さない。
高度を上げた翼竜は眼下を眺めたが相手はいなかった。
「お前の後ろ上にいるぞ、のろま。」
三本の声で翼竜は空中で反転し斜め上にいるスカイカブに向かって突進した。
足で掴むことができなければ鋭い嘴(くちばし)で刺せばいい。
その頃には三本は翼竜の飛行能力を理解していたので三本はスカイカブを翼竜の嘴から2mの距離をとって逃げ回った。
翼竜が追跡を諦(あきら)めようとすると三本は小ループをして翼竜の後方に回り込んだ。
翼竜は再び攻撃せざるを得なかった。
15分も全力での空中戦をすると流石の翼竜もへばったようで動きが鈍くなった。
三本は2m後ろを追いかけている翼竜に叫んだ。
「森で一休みするぞ。ついて来い。」
三本はそう言って翼竜がついてこられるようにスカイカブの高度を次第に下げて森の木立の隙間から森の地表近くに降りた。
そろそろ異星人の宇宙船が周回してくる時間だったのだ。
翼竜は追いかけるのを一瞬躊躇したがスカイカブを追って森の中に入った。
森の中は翼竜にとって不利な環境だったが巨大な恐竜に出会っても80m近くの高さの梢に逃れれば危険はない。
翼竜はスカイカブの10m手前に着地し、両翼を威嚇的に広げて羽ばたいた。
三本は翼竜にゆっくり言った。
「疲れたか。私は敵ではない。お前の餌でもない。繰り返す。私は敵ではない。お前の餌でもない。分かったら首を一度下げて翼を一度羽ばたけ。」
翼竜はしばらく何も反応しなかったがやがて首を下げて広げた翼を一度羽ばたいた。
三本はにっこり笑って言った。
「私の名前は三本。さ、ん、ぼ、ん。お前の名前はなんだ。」
翼竜は「ギギー」と声を出した。
「私には『ギギー』と聞こえた。お前の名前は『ギギー』か。そうなら頭を下げろ。」
今度は翼竜は素直に頭を下げた。
「ギギー、我々は空中戦を戦った。お前はなかなか強かった。分かったら頭を下げろ。」
ギギーは頭を下げた。
「お前は空から地上を見ることができる。この世界によそ者が入っていることを知っているか。知っているなら頭を下げよ。」
ギギーは頭を下げた。
「あのよそ者たちは私の仲間ではない。昼間に近づいてはならない。危険だ。分かったら『分かった』と声を出せ。」
ギギーは「ギューイ」と喉から音を出した。
三本は頭の中で「分かった」と聞こえた。
「ギギー、お前の声は『分かった』と頭の中で聞こえた。我々は会話ができるようだ。友達だ。」
ギギーは「ギュイ」と声を発した。
「今のは『友達』と聞こえた。そう言ったのか。」
ギギーは「ギッ」と声を出した。
「今のは『そうだ』と聞こえた。友達とは姿形(すがたかたち)は違っても仲間だということだ。ギューイか。」
ギギーは三本の『ギューイ』の音と違ったが『ギューイ』と発音した。
その声は「そうだ」と頭の中で聞こえた。
「ギギー、私の名前は三本だ。お前の言葉で言ってみろ。」
ギギーは「ギンギン」と発音し三本の頭の中では「さんぼん」と聞こえた。
「耳からは「ギンギン」と聞こえたが頭の中でははっきりと『三本』と聞こえた。はっきりと分かった。最高だ。」
翼竜は「ギュイギギュイ」と声を出し、三本には「友達はどこから来たか」と聞こえた。
「私は別の星から来た。よそ者の星からではない。この星からずっと離れた星から来た。」
「星とは何だ。」
「この世界は一つの星だ。ギギーは空を飛べるがどこまでも高くに行けるわけではない。翼で羽ばたく空気が薄くなるからだ。寒くもなる。星は羽ばたく空気のない何もない空間に浮かんでいる。夜の空にはたくさんの輝く点が見える。あの点の一つ一つが星だ。」
「三本は空の星から来たのか。」
「そうだ。」
「よそ者も星から来たのか。」
「おそらくそうだ。」
「三本はなぜこの星に来た。」
「恐竜に会うためだ。」
「恐竜とは何だ。」
「大きな動物だ。・・・例えば、ティラノサウルス。大きな口を持ち二本足で歩き小さな手を持ち太い尻尾を持っている。高さはギギーの翼の幅くらいだ。」
「知っている。敵(かな)わない。」
「ギギーなら簡単に勝てるさ。ギギーは戦い方を知らないのだと思う。」
「どうすれば勝てる。」
「そうだな・・・一番簡単な方法は河原の大石を持って飛び上がり相手の上から落とせばいい。高いほど威力は強いが高いと狙いが外れる。ティラノサウルスは嫌がるがこれでは倒せない。・・・確実に倒すのは片方の先が尖(とが)った硬い木の棒で反対側が三又(みつまた)になった真っ直ぐな棒を使うことだ。三又に大石を挟み、尖った方を下にして空から急降下し、当たる直前で木の棒を離して反転する。ギギーの得意な戦法だろ。獲物の代わりに尖がった重い木の棒を当てるわけだ。本当は槍を使うのがいいんだがな。急降下爆撃機というわけだ。木の棒を何本か刺せばティラノサウルスは死ぬ。」
「分かった。」
「だが鋭く尖がった木はなかなか見つからない。ギギーの手は木を握ることができるのか。」
「できる。」
「そしたら木の先端を平らな石に擦(こす)ればいい。木の先端を尖らすことができる。」
「分かる。だが気がつかなかった。」
「尖った棒は武器だ。武器を持てば戦闘力は格段に上がる。」
「武器とは何だ。」
「楽に相手に勝つための道具だ。作ってやろうか。」
「作って欲しい。」
「よし、これから河原に行こう。武器の材料があるだろう。ついてこい。」
三本はギギーを連れて河原に行った。
スカイカブに乗って周辺を探し、丈夫そうな真っ直ぐな木の棒を見つけた。
三本はギギーを信用してスカイカブを隣接7次元からゼロ位相に戻した。
「最初は真っ直ぐな丈夫な木を見つける。木の皮が着いていたらそれを取り去る。道具があれば簡単なんだが何もないから尖った岩に擦(こす)って滑らかにするしかない。長さを整えるのも先端を尖らすのも岩を使わなければならないな。後は黒曜石の穂先が欲しいな。・・・ギギー、残念だが今日はできない。道具がないから時間がかかる。あしたの今頃ここに来てくれ。武器を作っておく。ギギーにあげるよ。」
「分かった。あしたここに来る。」
「今日はここまでだ。ギギーは帰れ。腹が減った。」
「分かった。友達。三本。」
ギギーは翼を広げて羽ばたき、元来た方向に帰って行った。
翼竜が見えなくなると千が来た。
「先生、すごいですね。翼竜と友達になってしまいました。」
「すごいのはこの通訳機ですよ。耳ではギギーってしか聞こえないのに頭の中では会話ができた。すごい機械だ。」
「それに先生の飛行術もすごいものです。翼竜を相手に空中で余裕を持って翻弄(ほんろう)していました。」
「へへっ。それは少しは自慢できるかな。・・・明日までにギギーに槍を作ってやらなければならない。翼竜は頭がいいよ。武器を持てば空飛ぶ槍騎兵(そうきへい)になることができる。重い石も持って飛べるようだから武器を持てばほとんど無敵になる。」
「そうですね。この惑星の動物たちの知能は高いのかもしれません。ティラノサウルスも頭が良かったですから。」
「千さん、少しお腹が好きましたね。お昼にしましょうか。お赤飯のおにぎりを食べませんか。ごま塩も持って来ました。」
「ありがたくいただきます。」
「食べ終わったら河原で黒曜石を探さなくてはなりません。槍の穂先に使うためです。ギギーに武器をプレゼントすると約束しました。」
「そうでしたね。でも一人で河原で黒曜石を見つけるのは大変です。兵士にやらせましょう。」
そう言って千は腕の時計に言った。
「隊長、千です。槍の穂先に使う黒曜石を知っていますか。」
「知っております、千様。」
「兵士を使って河原の黒曜石を探させてください。警備は少し薄くなってもいいでしょう。」
「了解しました、千様。事情は分かっております。ついでに真っ直ぐな固い木の棒も探させます。」
「ありがとう。そうして。」
兵士は2個の黒曜石の塊と5本の真っ直ぐな木の棒を見つけ出した。
隊長は気を利かせて細い蔦(つた)の蔓(つる)も兵士に集めさせた。
穂先を棒の先に着けるには蔓が必要だからだ。
千は三本に言った。
「先生、最初から槍を作るのは難しいと思います。搭載艇には色々な種類の武器が保管されております。棍棒から投げ槍、刀、やり、弓矢、火縄銃、小銃、迫撃砲など時代に合った武器です。完成品として黒曜石が穂先に着いた槍をプレゼントしたらどうでしょうか。」
「それはありがたいですね。いただきます。」
集められた槍の材料を一箇所に集めて印を付けてから三本と千はスカイカブで空中戦を楽しみ、その日を終えた。
三本の方が千の後ろを取る数が多かった。
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