第7話 7、スカイカブ 

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 三本と千は搭載艇の格納庫に行った。

60m搭載艇の格納庫は2ヶ所あり、一つには3人乗り有翼の飛行機2機が駐機しており、もう一つは通常は空(から)になっている。

三本と千は空の格納庫に行くとまだ名前がついていない『仮名スーパーカブ』2台が並んでおかれていた。

 千は三本を『仮名スーパーカブ』の前に案内して言った。

「先生、これが私が作ったまだ名無しの冒険用飛行体です。操縦は簡単なはずで危険は少ないはずです。」

「何か恐そうな説明ですね。」

「最初はこの格納庫で練習しましょう。操縦に慣れたら外に出ます。」

「よろしくお願いします、千先生。」

 まだ名無しの飛行体は直径が5mほどの円盤型の台座に操縦席らしい座席が固定されており、椅子の前はいくつかの計器が着いた演台のようになっていた。

操縦桿は演壇の中程から出て上に曲がり座席の前まで伸びていた。

演壇の下には自動車のように二つのペダルと一つの小さな突起が着いていた。

床は目の細かい草色迷彩模様の絨毯が敷かれ、円盤の周囲は頑丈そうな柵が廻らせてあった。

 千は三本を操縦席に座らせ、自分は操縦席の後ろに立って操縦席の背の左右に張り出した持ち手を握った。

「先生、最初にシートベルトをして下さい。この飛行体は宇宙船とは違って加速度がまともにかかります。ループ回転もできますからシートベルトをしていなければ墜落死です。」

「了解。」

「少し脅かしてしまいましたね。7次元隣接位相界に居れば墜落はしません。何もない天井に当たると思います。」

「それも了解。でもやってみなければ分からないですね。」

 「次に正面ディスプレイの右横上の緑のボタンを押して下さい。ボタンが緑色に輝けばOKです。ボタンを押すとこの飛行体は隣接7次元に入ります。隣接7次元に入ればこの世界の全ての物質を通過することができます。」

「ルテチウム・ローレンシウム1:1合金を除いてでしたね。」

「そうでした。」

「この世に戻る時はディスプレイ右下の赤ボタンを押して下さい。飛行体の乗り降りにも赤ボタンが輝いている状態で行って下さい。隣接7次元の範囲は円盤の周囲から釣鐘状に天井4mまでです。」

「了解。」

 「操縦は操縦桿で行います。前に倒せば斜め下に前進、後ろに引けば斜め上に前進です。右に傾ければ右に進み左に傾ければ左に進みます。傾ける深さで角度が変わります。加速は右足のアクセルの踏み方に比例します。大きく踏めば大きな加速度で移動します。」

「了解。飛行機の操縦方法と自動車の加速方法と同じですね。」

「そうです。飛行機と違ってこの飛行体は空中で停止できます。自動車と同じでアクセルペダルの左横のペダルはブレーキペダルです。ブレーキペダルを踏めば減速します。急ブレーキをかければ飛行体は空中で停止します。駐機ペダルは左足です。踏み込んで留めれば空中で止まります。もう一度踏み込めば解除されます。」

「そこまでは了解。」

 「自動車と違って飛行体では絶対高度の制御が必要です。操縦桿の左には上下のシフトノブが着いております。シフトノブの最低値はゼロで地表です。海抜ゼロではありません。シフトノブの最高値は対地3000mです。この惑星ではなく地球を参考にして作りましたからあまり高度を取らない方がいいですね。」

「了解。」

 「次に前面パネルを見て下さい。この飛行体は基本的には有視界飛行です。レーダーは一応ついております。右端のディスプレイがそうで、ディスプレイ下のボタンがオンオフです。でもレーダーの使用はこの世界に異質なレーダー波を出すことになります。返(かえ)って敵に見つかり危険を招きますから通常は切っておいて下さい。」

「了解。」

 「正面のパネルは受動的サーモグラフィーのパネルです。範囲は左右上下前後100mで動物の存在が分かります。大きな光点のほど大きな動物を示します。でも変温動物で低温状態では見にくいと思います。」

「了解。パッシブ測定だから常時オンですね。」

「そうです。」

 「正面空中の十字線は照準ですか。顔の位置で見えたり見えなかったりしますね。」

「分子分解砲のホログラフ照準です。私の位置からでは見えません。見える位置が正しい位置です。分子分解砲と5mm機関銃と20mm機関砲が円盤の内部に格納されております。装弾数はそれぞれ無制限と100秒と10秒です。機関銃と機関砲に秒数の制限があるのはナノロボットが弾を作るのに追いつかないからです。しばらく間隔をおけばフル装弾状態になります。機関銃と機関砲の照準も一応正面の十字線ですが不正確です。どちらの弾頭も重力と風とコリオリの力の影響を受けますから遠距離では当たりません。十字線は銃身の方向をそのまま示すゼロ照準になっております。」

 「了解。5mm機関銃とは小口径ですね。高速弾でしょうが貫通力は小さいですね。」

「それは鉛弾頭の場合です。この機関銃の弾頭には重金属が含まれております。普通の7mm機関銃の弾頭よりは重いと思います。」

「了解。武器の操作は左手ですか。」

「そうです。コンソールの左側のカバーが被せられたボタンが発射ボタンです。左から順に20mm機関砲、5mm機銃、分子分解砲です。分子分解砲のボタンの上の二つのシフトノブは拡散角度と強度のノブです。まだ試したことがありませんからどの程度かは分かりません。」

「制御ノブが着いているということは分子分解砲は連続ではなくパルス発射なのですね。」

「そうです。長く押しても1パルスしか出ません。」

 「これで両手両足を使うことになりますね。普通には左手が空いているわけだ。・・・千さん、20分ほど待っていてくれませんか。自宅に戻ってお赤飯のおにぎりとジンジャーエールとベネリM2散弾銃と弾帯を持ってこようと思います。ついでにトイレにも入ってこようと思います。この世界に地球の細菌を広げないためです。この搭載艇と本船は繋がっているのですか。」

「了解。30分後に外に出ましょう。搭載艇の操縦室と本船の操縦室は転送機で繋がっております。操縦室の電話ボックスに入ってゼロ番をダイヤルすれば本船の操縦室に転送されます。本船から搭載艇に来るのもゼロ番です。操縦室の転送機は専用で特別なんです。それから飛行体には一応飲食料の準備がなされております。床のパネルを開けば冷蔵庫があります。トイレも簡単なものですが着いております。もっとも使用する時は隠れてしなくてはなりません。」

「了解。」

 30分後、二人は惑星の濃密な大気に包まれた。

すぐに体調が悪くなることはなかった。

たとえ危険な病原菌があったとしても発症するのには時間がかかるのであろう。

 最初、二人は巨大木の林で慎重に飛行体の練習をしたが操縦に慣れてくると何メートルもある巨木の幹を通過する実験をするようになった。

銃の弾頭に含まれていたルテチウム・ローレンシウム1:1合金は通過の障害にはならなかった。

恐竜を捕獲するためにこの惑星に来たと思われる宇宙船の周回時間はおよそ1時間だったので二人は30分おきに樹木を越えて広い空中に出て練習をした。

 「先生は運転がお上手ですね。」

30分の休憩の時に千が三本に言った。

「私は飛行機で自由に空を飛ぶのが夢でした。でも日本では飛行機の操縦は一般庶民には高嶺の花です。飛行機は値段が高く、教習にもお金と時間がかかります。日本で水上飛行機が許可されていたら頑張ってみたかもしれません。今日は空中を自由に飛ぶことができ感動しています。加速感も快適です。それとブレーキもいいですね。最高です。」

「良かったですね。」

 「それからこの飛行体の名前なんですが『スーパースカイカブ』あるいは『スカイカブ』と名付けませんか。『空飛ぶ子熊』か『空とぶ小狐』ですね。本当は『スーパーカブ』って名付けたいところでしたが自宅のオートバイと区別がつかないですね。『ホーネット』とか『バンブルビー』とも名付けようとも考えたこともありましたが蜂よりずっと強烈な攻撃力を持っているようなので却下しました。」

「スカイカブにしましょう。小狐が可愛くていいですね。」

 「了解。そろそろ練習の時間ですね。今度は大ループとスパイラル旋回を練習してみます。ブラックアウトやレッドアウトにならないようにスカイカブに回転をかけながらやってみます。まるできりもみ大ループみたいですね。」

「先生は飛んでいる機体の状況が把握できているのですね。すごいことです。」

「想像だけで飛んでいるのですよ、千さん。」

 三本と千は最後に武器の訓練をした。

大河の支流の谷に行き射撃で崩れないような谷川の大岩を的にした。

最初は分子分解砲だった。

最低強度の強度1で最小角度でボタンを押すと岩には直径が1㎝、深さが10㎝の穴が生じた。

強度を下から2番目にして最小角度でボタンを押すと直径が1㎝の穴が生じたが深さは不明だった。

岩を通過してしまったからだ。

 次に強度2で2番目の角度で発射すると岩には10㎝の穴が開いた。

この時も穴は岩を貫通していた。

岩はスカイカブから10mの位置にあったから拡散角度は0.6度ということになる。

「ふーむ」と三本は言って拡散角度を5番目にして発射した。

大岩は直径1mの円形の穴が開き深さは1mだった。

 「えーと、およそ10mで1mだから100ミルですね。およそ6度の拡散角です。散弾銃の拡散角度は2.5度です。20mの距離で1mに広がります。この辺りが実用的ですね。それにしても『砲』と言うだけあって凄まじい威力ですね。散弾銃だったら1㎜も削れません。えーと直径1mで深さ1mだからおよそ1立米ですか。強度2で1立米の岩を消してしまったことになります。これに比べたら20㎜機関砲なんて子供のおもちゃですよ。」

「気に入ったようですね、先生。」

 「大いに気に入りました。でも武器は強力なものの方が良いとは限りません。散弾銃は強力でないから使いやすいのです。ちょっと離れれば威力は急減します。流れ弾を気にする必要がありません。武器は臨機応変でその場その場に適した使用をすべきです。でも散弾銃で戦車に立ち向かうことはできません。強力な武器は必要です。」

「そうですね。次は機関銃ですか。」

「そうしましょう。疑問も解決できます。」

 「どんな疑問ですか。」

「私がシートベルトをしないでループ回転をしたら地上に墜落するかどうかの疑問です。隣接7次元の領域を飛び出したらどうなるかを実験しなければなりません。千さんは何もない天井にぶっつかって地表には墜落しないとおっしゃいましたけど本当でしょうか。樹木を通過するときルテチウム・ローレンシウム1:1合金は障害になりませんでした。矛盾点は解決しなければなりません。」

「そうですね。私も知りたいと思います。」

 三本は最初に財布から1円アルミ貨を取り出しスカイカブから外に放り投げた。

1円玉はスカイカブから飛び出し河原の岩に跳ねて岩の上に落ちた。

「シートベルトをしていなかったら墜落死でしたね。」

「まあっ。ほんと。」

 三本は岩の上の1円玉の近くにスカイカブを降ろし、赤ボタンを押して隣接7次元からゼロ位相に戻し、スカイカブから外に出て岩の上の1円玉を拾った。

三本は横に移動していた千に言った。

「千さん、この1円玉はゼロ位相だと思いますか。隣接位相だと思いますか。」

「どう見てもゼロ位相だと思います。ゼロ位相にいる先生がコインを持つことができましたから。」

「そうですね。実験してみましょう。千さんは今は隣接7次元位相におります。私が千さんにこのコインを投げますから受け取ってみてください。」

「了解。」

 千は三本が投げたコインを受けることができなかった。

コインは千の手を通り過ぎ、スカイカブの台座も通り過ぎて水の中に落ちた。

三本はスカイカブに戻って千に言った。

「どうやら隣接位相というのはゼロ位相よりもポテンシャルエネルギー的に高いみたいですね。隣接位相から出た物質はゼロ位相になりゼロ位相になった物はエネルギー的に隣接位相に戻ることができないようです。落下した水が元に戻らないようにです。緑ランプが点いたままスカイカブの外に出たらアウトですね。二度と戻ることができなくなります。」

「そのようですね。」

 「つまり、機関銃や機関砲の弾頭にルテチウム・ローレンシウム1:1合金を加える必要はないということです。少なくとも対ゼロ位相の物に関してですがね。」

「そうなりますね。」

「おそらく機関銃と機関砲は隣接7次元にいる敵とかもっと高次元にいる敵に対して有効だと思います。分子分解砲が効かない離れた位相にいる敵に対してです。」

「そのようですね。」

 三本はその後7次元隣接位相にいるスカイカブの中から意を決っして散弾銃を谷川の水に向けて撃った。

打ち出された散弾はスカイカブの中を跳ね回ることをせず、谷川の水に小さな水しぶきの輪を作った。

同時に排出された薬莢もスカイカブの外に落ちた。

「千さん、戦闘時にはどうも手荷物は固定しておいた方がいいですね。私のスーパーカブの前カゴには荷物が落ちないようにタイヤチューブから作ったゴムバンドを張ってあります。」

「そうですね」と千は小さい声で言った。

 その後、三本と千は機関銃と機関砲の威力を試した。

ルテチウム・ローレンシウム1:1合金が含まれた少し重くなった弾頭は凄まじい威力を示した。

十字線のゼロ照準は目標が定まらない状況ではある意味で便利だった。

目標までの距離が分かれば目の子(暗算)で重力による弾の落下位置が分かる。

特に機体が斜めになった状態で撃った時にはそんな目の子が便利だ。

弾頭初速が秒速1000mなら100m先の的ならおよそ5㎝下がる。

三本は初めて撃つ小口径機関銃と大口径機関砲の威力に酔いしれた。

これなら相手がたとえ7次元位相にいても、破壊はできないにしても驚かすことはできるかもしれないと思った。

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