第4話 4、恐竜の惑星 

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 三本は宇宙船が動いているとは思えなかった。

振動はなかったし操縦室は静かだった。

宇宙船の方向が変わったらしく、周囲のディスプレイの星々は流れるように大きく移動し、宇宙船の前方を映すらしい大きめの中央のディスプレイには天の川が映った。

宇宙船の後方を映すと思われるディスプレイの一つには太陽と思われる輝く円盤が現れ、その後の変化ではその円盤の大きさがみるみる間に小さくなり、周囲の星とほとんど変わらなくなった。

 千は両手にコーヒーカップを持って三本に近づき、コーヒーの一つを三本が腰かけていたキャップテンシートの張り出しに置いて言った。

「コーヒーをどうぞ、先生。問題がなければもうすぐ目的地に着くと思います。今回は短距離の遷移ですからホムスク星の普通の宇宙船でも同じことができます。時間がかかるのは何千万光年以上の距離を遷移する時です。普通の宇宙船ではせいぜい100万光年の遷移が限界です。銀河系の大きさは10万光年ですから普通の宇宙船でも簡単に行くことができるのです。」

 「この宇宙船は普通の宇宙船ではないのですか。」

三本はコーヒーをすすりながら千に言った。

「はい。この宇宙船は万様が巨大世界からこの宇宙に戻って来た時に使われた宇宙船です。不思議なことにそれ以来この宇宙船の遷移距離が飛躍的に延びたそうです。」

「どうしてそうなったと考えられているのですか。」

 「はい。万様はこの宇宙の7次元と巨大世界の7次元が繋(つな)がったのだろうと推測しておりました。空間の遷移をするには宇宙船を一旦7次元の高い位置に持ち上げて適当な摂動をかけてから元の7次元に戻します。どれだけ高い位相に行くかで遷移の距離が違います。過去未来や平行世界へは変調のかけかたが違うだけです。高い7次元に持ち上げる方法はこの宇宙でも巨大宇宙でも同じですから巨大世界の7次元に上がったのだろうと推測しておりました。巨大世界の7次元というのはこの世界から見ると14次元に対応するのだと思います。」

「7次元ですか。僕の想像ではついていけない次元ですね。ましてや14次元とはね。」

 「でも別の未来の先生はそんな時空界の構造を発表されております。」

「そうですか。」

「ちょっとお待ちください。私が知っている大宇宙の時空界を説明します。」

千はそう言ってコンソールに向かい、素早く指を動かして一つの図を描き上げた。

千はその図が描かれた紙を取り出し三本に渡した。

 「これが私が知っている14次元までの時空界です。x、y、zの3次元は描きにくいのでxとyだけで描いてあります。物が存在するのには時間が必要なのでその時間がt4時間軸です。その時間軸はある位置での時間速度も表します。単位時間の間に何回存在するかで時間速度を表します。先生はその瞬間の存在を『存在場面』と名付けました。過去や未来への時間線はt5時間軸です。その時間軸は何本もあって、それぞれが並行世界を作ります。実際、先生がこの図を発表したときにはホムンクが日本を過去に移していましたので二つの並行世界ができており、先生は後(のち)に両方の世界に行くことができました。7次元位相界というのは過去、未来、平行世界に行くためにも必要な便利な次元です。別の摂動を加えるだけで過去、未来、並行世界に行くことができます。7次元は物体を重ねることができる世界で、幽霊がいる世界かもしれません。この宇宙船の防御にも使っていますし、クローンでコピーを作る時にも使われております。これが先生が出された論文の7次元時空界の概念図です。」


画像:https://27752.mitemin.net/i606316/


 「何となく分かりました。キーは存在に必要な単位時間と過去未来の時間軸を別の物にしたことですね。」

「そうだと思います。その後、先生は巨大世界へ行かれ、この7次元時空界大宇宙が巨大世界のある位置における一点であろうことを見つけました。それで巨大宇宙も7次元時空界構造を取っているのだろうと推測しました。ただ当時は過去未来への時間軸が7次元時空界の時間軸と反対であることは誰も気がつきませんでした。先生だけがそうなっているだろうと想像なさっていたようです。」

 「そんな世界がずっと続いているのかもしれませんね。でもとりあえずは7次元時空界ですね。この図は便利です。千さんが言っていた空間を重ねてクローンを成長させるとか過去や未来や別世界に行く時に7次元を通って行くということが簡単に想像できます。ここに来た時に使った転送機もそうなんでしょうね。」

「はい、そうだと思います。転送機で使われていたルテチウム・ローレンシウム合金が7次元に入り込めることができる鍵となる物質のようです。」

「謎の石のオリハルコンみたいですね。」

 電脳コンソールの中のミミーが言った。

「千様、目的地の886恒星系に到着しました。」

「そしたら星系を調査しなさい。」

「了解。・・・星系の配置は変わっておりません。20の惑星が存在し、生命体の住めそうな惑星は第10惑星だけです。・・・第10惑星の大気は窒素75%、酸素23%、二酸化炭素1%、地表気圧は1.2気圧。地表重力は不明です。・・・7次元レーダー質量なし。・・・6次元も調べますか、千様。」

 「6次元はいいわ。面倒だし。この次元で周辺に大質量の宇宙船はいる。」

「この周辺には居りません、千様。ただこの恒星はかなり大きいので小質量の宇宙船の存在はこの位置からでは分かりません。それと恒星や惑星の衝の位置にある船も分かりません。」

「了解。隣接7次元に入って7次元シールドを張って第10惑星にゆっくり向かいなさい。」

「了解。」

 「先生、恐竜が居そうな惑星に着きました。恐竜が居るといいですね。」

「ワクワクしています。7次元レーダーとか6次元レーダーなんてものも出来ているのですね。」「二つとも10万年間学んだ先生が発明したものです。」

「何と言ったらいいのでしょね。僕はそんなに根気のいい人間ではないと思いますが。」

「ふふっ、そうみたいです。先生は何回か老衰を選んで死んだそうです。その度(たび)に時間停止で保存されていた先生が復活されたそうです。同じ人間のスタートなのに復活された先生は今度は老衰を選ばないで生存を選んでいたようです。」

 「何か死なせてもらえない家畜のようですね。」

「ロボット人は先生に圧倒的な信頼を持って居りましたから。先生がそうしてくださったからこそ私を作った万様がお生まれになり、大宇宙のビッグクランチから逃れることが出来たのだと思います。」

「私は10万年で何度も死にたいと思って死んだのに千さんはそれの1000倍も生きておられたのですね。強い心をお持ちだと思います。」

「私の場合は勉強をしませんでしたから気楽だったのでしょう。」

 「千様、第10惑星に近づきました。地表重力は地球と同じくらいですが自転が早いので重力分布が有意に広がっています。・・・あっ、宇宙船がおりました。衛星軌道を取って惑星を周回しております。」

「どんな宇宙船なの。」

「醜い宇宙船です。画像に出します。」

 ミミーのコンソールに映し出された宇宙船は別の者が見れば格好のいい宇宙船だったのかもしれなかった。

その宇宙船の長さは300mほどで、中央の骨組に色々なブロックが着いていた。

前方と思われる先端では居住区と思われるドーナツ型のトーラスが回っており、エンジン部らしきものは後方に着いていた。

何本もの長いアンテナが宇宙船から飛び出しており、中央部には円筒形のブロックが骨組を包むように着いていた。

中央の円筒には搭載艇の出入り口と思われる平坦部があった。

 「確かに複雑な構造の宇宙船ね。1隻だけなの。」

「惑星の反対側に宇宙船はありません。1隻だけです。」

「見つからないように少し遠回りをして惑星を挟んであの宇宙船と同じ軌道をとって。宇宙船の表面は岩石偽装から暗黒にして。7次元シールドを張って隣接7次元に存在。実時間観測で宇宙船を定期的に観察。あとは地表を観測します。」

「了解、千様。」

 第10惑星は正確に言えば球形ではなく南北が少しひしゃげた回転楕円体の形をしていた。

両極は海となっており、大陸は赤道に沿って鉢巻のように広がって海を南北に分断していた。

赤道の位置には高い山々が連なり赤道であるにもかかわらず山頂は雪で覆われていた。

南北の両大洋は海峡を通して鉢巻大陸の一箇所でかろうじて繋がっていた。

その海峡は高速の海流のため渦が生じていた。

最初からできていた海峡ではなく長年の海水の流れで浸食されて形成されたもののようだった。

 このような惑星の形は惑星の早い自転速度と柔らかい惑星の組成によるのかもしれなかった。

あるいはそれは最終的には巨大な太陽に起因しているのかもしれなかった。

鉢巻状の大陸には赤道付近の高山からの流れ出る何本もの大河があり、大陸全体が多くの種類の植物で覆われていた。

植物相から判断すると南北に進むにつれて大陸は熱帯から温帯になっているようだった。

両極に近づくにつれて自転の効果は減少して重力加速度は増加し、赤道の山脈地帯では大きな遠心力で重力加速度は軽減される。

簡単に言えば、この惑星では色々な環境が成立し、その環境に適合した動植物が存在できることになる。

 「千さん、面白い惑星ですね。これなら恐竜は生き残っていそうです。何と言っても動物の種類が多そうだし、それぞれの動物のテリトリーが自然と決まってしまうように見えます。餌に困ることはないようですし、それと同時に生存に適した領域が決まっているので動物種の極端な偏りも起こらないみたいです。」

三本は地表を映すディスプレイやミミーのコンソールに映し出される地表の拡大画像を見ながら言った。

「そうですね。赤道の山々はまだ火山活動も活発なようです。時間速度が遅いんでしょうね。あの巨大な太陽が原因でしょう。」

 「あの宇宙船は何なのですか。」

「分かりません。あの形からすると重力制御がまだ出来ていない世界の宇宙船みたいですね。宇宙空間に上げる物の量をなるべく減らして宇宙空間で組み立てられた宇宙船のようです。それと大きなアンテナを張り出してありますから超空間通信はおそらくできていないですね。」

「あの大きさからすると巨大な恐竜が操縦しているようではないですね。ホムスク人が大宇宙の地図を作った時には惑星の生物も同時に調べたはずです。大宇宙には人型生命体以外に知的生命体は居たのですか。」

 「居りました。ワニのような容貌を持った知的生命体も居たし、豚のような容貌をした知的生命体も居たし、猿のような容貌の生命も居りました。太陽系にも尻尾(しっぽ)を持った知的生命体が居たのですよ。今は小惑星になってしまった第5惑星の住人でした。私の息子は有尾人の娘と結婚したと報告にありました。息子はその後別の星系に行ったのですが、そこの住人も有尾人だったそうです。」

「まあ、尾っぽが有(あ)った方が便利ですからね。」

 はたして第10惑星には巨大恐竜がいた。

温帯域と熱帯域の境目の巨大な樹林帯の樹木の隙間に恐竜の頭が見えたようで、ミミーは実時間観測とか言う方法でコンソールに周囲を含めて恐竜を映し出した。

その恐竜は想像の地球恐竜とほとんど同じような太い二本足で歩行する恐竜だった。

「凄い。本物の恐竜だ。硬そうな外皮と巨大な口と小さな手を持っている。恐竜の想像図と似ている。地球の考古学者の想像力も大したものだ。」

三本は食い入るようにコンソールの恐竜を眺めた。

 「恐竜が見つかってよかったですね、先生。」

「本当によかった。ミミーさん、恐竜の大きさはどの程度ですか。」

「周囲の樹木の高さは80mほどですから今の姿勢での高さは10m程度です。三本さま。」

「ここでは樹木も大きいのですね。家の裏庭の大木は立派な大木に見えますがそれでも高さはたったの18m程度です。地球のセコイアは100mにも達するものもありますがここでは軒並み80mなんですね。幹もセコイア並みに太いし10mもある恐竜がまるで地球の林に入った人間のように小さく見えます。上空から恐竜を見つけることは難しいみたいですね。」

 千が言った。

「先生には近くから恐竜を見てもらおうと思い専用の搭載艇を準備しました。この船の搭載艇は直径60mの球形で、何十光年も遷移できる外宇宙向きです。恐竜の見物には向きません。搭載艇の中には3人乗りの戦闘機がありますが、どちらかといえば偵察用の飛行機です。それで安全で臨場感あふれる乗り物を作りました。地球の乗り物でいえば先生のお宅にあったスーパーカブみたいな乗り物です。簡単に操縦できます。」

「面白そうな乗り物ですね。どんな乗り物なのですか。」

 「まず安全面ですが、一つはこの星の病原菌に対する対策がなされております。ホムスク星の大航海時代には多くのホムスク人が行った先の惑星の病原菌で死亡しました。ホムスク星の免疫が効かなかったのです。それで隣接7次元に限定的に存在することができるようにさせました。幽霊の世界に居るわけですね。こうすれば光と低分子量の空気は行き来ができます。この惑星の景色を眺めることができるし空気を吸うこともできます。風はないですが。・・・ですから宇宙空間では使えません。隣接7次元にいれば突然上空から翼竜が襲いかかって来ても翼竜は通過してしまいます。長くは存在できませんが恐竜の体の中に入ることもでき、木の幹の中や水の中や土の中にも入ることができます。もっとも実際には見えません。光はないしどこに目の焦点を定めるかが分からないからです。」

「要するに恐竜に噛み付かれても安全なわけですね。」

「そうです。でも恐怖感は感じると思います。何と言っても本物ですから。」

「操縦を誤って大木に衝突しても通り過ぎるのですね。」

「そうです。でも地面には衝突しないほうがいいと思います。地中に入っても真っ暗で方向が分からなくなります。」

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