第3話 3、宇宙船の住まい 

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 数日後、三本は千の訪問を受けた。

三本は窓際のパソコンの前に座ってニュースを見ていたので視界の隅に千と一人の若者が道路に面した階段を登って来るのが見えた。

三本は玄関の内側で待って、チャイムの音がしてから玄関の扉を開けて言った。

「いらっしゃい、千さん。お入りください。」

 「お邪魔します、先生。」

三本は玄関の横に置いてあった木製の丸椅子を持って二人を自分の巣に入れ、椅子をすすめた。

千と若者が椅子に座ると三本は言った。

「この若者が良くできたロボットさんですか。」

「はい。ホムスク製です。名前はホビーと言います。・・・ホビー、自己紹介して。」

 「はい、千様。川本三本様、私はロボットのホビーです。よろしくお願いいたします。私はこれまで千様の宇宙船で千様のお世話をしてまいりました。この度、川本三本様のお宅のお留守を川本三本様になりかわり守るように命じられました。」

「ホビーさんは私の姿になることができるのですね。」

「はい、できます。川本三本様。」

「私の日常行動をどの程度に知っておりますか。」

「私は川本三本様の行動を3日間観測させていただきました。川本三本様がお眠りになっている間に川本三本様の研究業績を読ませていただきました。川本三本様の周囲の人達との関係は知りません。お友達も近所の顔見知りさんも知りません。」

 「了解。郵便物は保管して置いてください。荷物の受け取りに必要な認め印は玄関内側に吊るしてあります。時々畑の雑草を抜いて下さい。部屋の掃除もして下さい。半年に一回、町会費の徴収のために人が来ます。必要な現金はデスクの上に置いておきます。家に異変があったら対応して下さい。家の中に他人を入れてはいけません。必要なら持っている力を行使しても構いません。ここまではできそうですか。」

「できます。川本三本様。」

 「ホビーさんはどんな力を持っているのですか。」

「はい。体重は重く、力は強く、素早く動くことができます。空を飛ぶことができ、遷移もできます。テレキネシスができ、分子分解銃と熱線銃が装着されております。」

「凄いですね。なるべく人間は殺さないようにして下さい。痛めつけるのは問題ありません。まあ老人だと思って甘く考えてこの家に来た人間はすぐに諦めるでしょうけどね。日本では個人の敷地は法律で守られた城みたいなものですから。」

「了解しました。」

 「ホビーさんは宇宙船との連絡が可能ですか。」

「常時可能です。」

「そしたら対応に分からないことがあったら連絡して下さい。」

「了解しました、川本三本様。」

 「そしたら私の姿になってみて下さい。」

「はい、川本三本様。」

ホビーの体の表面が上部から変わってゆき10秒も経たないうちに目の前の三本の姿になった。

三本が着ている服も同じものだった。

「凄い。どのようにして表面を変えることができるのですか。」

「はい、川本三本様。私の表面はナノロボットでできております。ナノロボットが顔と皮膚と洋服を形成します。背の高さは大きくは変えることができません。」

 「転送機といいコピー技術といいホムスク国はナノロボットを自在に操る技術があるのですね。でもホビーさん、洋服は本物の私の服を着て下さい。農作業では土汚れが着きます。長靴(ながぐつ)も履いたほうがいいですね。・・・長靴と言えば、この家の庭にはモグラがいてモグラ穴ができます。モグラ穴を見つけたら穴を押し潰して下さい。私はこの庭のモグラと30年間戰い続けているのです。なかなか退治できません。モグラを穴ごと押しつぶしても構いません。」

「分かりました。」

 三本はしばらく黙ってホビーを見ていたが、やがて静かに行った。

「ホビーさん、前の姿に戻って下さい。」

ホビーは「かしこまりました」と言って元の若者の姿に戻った。

「ホビーさんはやはりその姿がいいですね。ホビーさんはホビーさんであるべきです。ホビーさんはその姿で私の留守を守って下さい。立場的にはホビーさんはこの家の留守番に私に雇われた若者ということです。私は外国旅行に行っており、連絡は可能であるという状態です。先ほど言った留守中のお願いは変わりません。留守番をお願いします。」

「了解しました、川本三本様。」

 「千さん、これでいいですか。私はホビーさんが私の姿になることに違和感を感じました。ホビーさんも私の姿になることには抵抗があるかもしれません。」

「問題ありません。先生はやはりロボットに理解がおありなのですね。先生がロボットを引き連れてロボットの国をお創りになったのが納得できます。」

 「恐竜見物の外国旅行はできそうですか。」

「目星をつけることができました。行って見なければ分かりませんがおそらく恐竜時代が続いていると思います。」

「楽しみですね。転送機で宇宙船に行くのですね。」

「そうです。私が最初に行きます。次が先生です。電話番号を覚えておられますか。」

「8までのフィボナッチ数列でしたね。行きが0112358。帰りは逆の8532110でした。転送機のボタンを押してもいいですか。」

「ふふっ、どうぞ。」

 三本は部屋の隅に行って黒いアタッシュケースの蓋を開け、中の赤いボタンを押した。

アタッシュケースは前のように平らになり、盛り上がって電話ボックスになった。

その間に千はホビーに言った。

「ホビー、私たちが転送された後はいつでも戻ってこられるように転送機の扉を閉じておきなさい。誰も転送機の中に入れてはいけません。非常時でやむを得ない時には分子分解銃で転送機を壊しなさい。」

「了解しました、千様。」

 千は三本に言った。

「先生、心の準備はできましたか。」

「心の準備はできております。銃といつも腰に巻いているサバイバル用品が入ったウエストポーチを持って行こうと思っておりました。でも千さんの宇宙船にはこの家の正確なコピーができていて冷蔵庫も動いているのですね。それなら手ぶらで行くことができます。」

「埃(ほこり)も含めて全て同じ状態のはずです。屋根の落ち葉や蜘蛛の巣もコピーされております。畑のミミズも昆虫などもコピーされております。ですから先生と私の家の周囲は今の所シールドされており、出入り口以外は外部に出られないようになっております。」

「対応はおいおい考えればいいことです。先ずは至高の技術を持つ国の宇宙船に行きましょう。」

「了解。」

 千と三本は転送機の前に行き、千が扉を開けて中に入り扉を閉めた。

千は緑色の受話器を取りダイヤルを回した。

7回目のダイヤルが回り終えると千の姿は瞬時に消え、受話器が掛かったままの電話ボックスになった。

三本は宇宙船での千の行動を推測して少し間を取ってから扉を開けて転送機に入った。

受話器を取りダイヤルした。

7回目のダイヤルが戻る前に、三本は転送機の前に立って見守っていたホビーに右手を上げて振った。

 三本からすると転送機の前の風景はほとんど変わらなかった。

転送機の前のホビーの代わりに千がこちらを見て立っていただけだった。

三本は受話器を戻して転送機の扉を開き外に出て千に言った。

「こんにちわ、千さん。ここが宇宙船の中のコピーの居間ですね。」

「いらっしゃいませ、先生。宇宙船にようこそ。」

 三本は机の前の窓に行き、外の風景を眺めた。

アスファルトの道路は無くなって芝生に替わっていた。

道路に続いていた石の階段の先も芝生だった。

三本の家はもともと傾斜地に建っていたのだがここでは傾斜のあるのは三本の家の周りだけのようだった。

 三本は千と共に外に出て周囲を眺めた。

上空は青空で太陽はなかったが明るかった。

三本の家は芝生の低い丘の斜面に建っており、周囲に家は建っていなかった。

家の裏庭に続く裏山の一部は残っており、高さ15m直径60㎝もある橅科(ぶなか)の大木3本が子分の中木数本を横に控えさせて残っていた。

他に椿(つばき)、紅葉(もみじ)、桜(さくら)、孟宗竹(もうそうちく)、そして三本が知らない名前の木立も残っており、芝生の丘の一角に異様な木立群を作っていた。

 芝生の丘は全体が白い低い柵で囲まれていた。

まるで芝生の丘が三本の庭のように見える。

「素敵な広大な芝生の庭ですね、千さん。」

「お気に召しましたか。」

「気に入りました。でも千さんの家が見えないですね。」

「ここからは見えません。雑木林の向こう側にあります。昔住んでいた家を参考に建ててみました。昔の家は山の中腹に建てておりましたから丘の斜面を利用して建てました。」

 二人は三本の家を迂回して雑木林の向こう側に行った。

千の家は神社のような瓦葺きの家だった。

家は周囲が雑木林を除いて土塀で囲まれ、大きな木扉の門を入ると石畳が続き、式台がある広い玄関に達していた。

玄関の奥には中が見えないように鶴が描かれた大きな衝立(ついたて)がおかれていた。

 「千さんの家は古風な家なのですね。江戸時代の武家屋敷のように見えます。」

「色々な家に住んできましたがこの家が一番落ち着いて過ごすことができました。見かけは不便そうですが中には最新式の装置が入っております。ウォッシュレットもシャワー設備もありますよ。もちろん広いお風呂も。武家屋敷の冬は風通しが良すぎるので過ごしにくいのですが、宇宙船の中なら寒いことはありません。」

 「それにしてもこれが宇宙船の中とは驚きますね。千さんの宇宙船は加速による加速度を中和しているのですか。」

「はい、加速度は下方の加速度だけです。加速度は地球の重力加速度にしてあります。それでは宇宙船の操縦室にご案内します。場所はここからすぐ近くです。宇宙船は1㎞と大きいのですが実際に人間が動ける範囲は広くはありません。」

 千は三本を連れて芝生の先の花で縁取られたアーチ型のゲートに向かった。

ゲートの向こうは芝生が続いているように見えたのだが、三本がゲートをくぐるとそこはたくさんのディスプレイで囲まれた金属壁に囲まれた部屋だった。

一見して操縦室だと分かった。

三本は後ろを振り返るとそこには金属で縁取られたアーチ型のゲートがあり、その向こうは廊下が続いているように見えた。

 三本は「千さん、ちょっと待っててくださいね」と言って金属アーチゲートをくぐってみた。

そこは芝生の庭だった。

三本は再び花ゲートをくぐって操縦室に戻った。

「ドラ・・・の『どこでもドア』かハリー・ッターのキング・クロス駅の『9と4分の3番線の入り口』みたいですね。」

「ホログラムを応用した魔法のゲートです、先生。」

「了解。ここが操縦室ですか。」

 「そうです。ディスプレイは宇宙船の周囲の様子を示しております。一応、操縦桿と操縦席はありますが緊急の場合を除いてはほとんど使うことはありません。この船の航行は航宙士の電脳が行います。その方が安全ですから。」

「そうでしょうね。」

千は三本を操縦席の後ろにあるキャップテンシートに座らせ、シートの背越しに右にあるコンソールに向かって呼びかけた。

 「ミミー。」

コンソールの奥が少し小さめのサイズの部屋になり、椅子に座っている少女が現れて言った。

「はい、千様。何かご用でしょうか。」

「搭乗者を紹介するわ。川本三本先生よ。しばらくこの船に乗ることになるわ。」

「了解しました。・・・初めまして川本三本様、航宙士のミミーです。よろしくお願いします。」

三本はシートから立ち上って「初めまして。川本三本です。しばらくご厄介になります。よろしくお願いします、ミミーさん。」と言った。

 「ホビーは先生のお宅で留守番をしているわ。ホビーから連絡が入ったら即刻知らせなさい。」

「了解しました、千様。」

「そしたらホムスク時間の5000万年前の銀河星系を出してちょうだい。」

「了解。」

コンソールの少女の前に見慣れた銀河系が現れた。

 「先生、これが私がホムスク星を出た時の銀河星系です。地球時間では80万年くらい前です。この時代はホムスク星の大航宙時代が終わって大宇宙の全ての恒星と惑星の調査が終わった頃でした。その後の詳細な調査はなされませんでした。恒星の動きは分かっておりましたから後はシミュレーションでその後の恒星の位置がわかるようになったからです。恐竜がいた恒星系はいくつかありました。その当時から数百万年ほど経っていると思いますが恐竜時代は長いでしょうからまだ恐竜がいると思われます。これからそこに行こうと思います。最初の目的地は銀河系166セクターにあった886恒星系です。」

「銀河系って形が良く綺麗ですね。」

三本はそれしか言えなかった。

銀河系の詳細なんて知らなかったからだ。

 「ミミー、目的地は166セクターの886恒星系です。マークしなさい。」

「了解。」

銀河系の中心部に近い星群の中に赤い点が点灯した。

「現在の銀河系を出して886恒星系をマークしなさい。」

「了解。」

銀河系は少しだけ形を変え、赤のマークは少しだけ移動して緑のマークになった。

「緑マークか。問題はなさそうね。ミミー886恒星系に行きなさい。遷移しても構いませんが安全を確保して行きなさい。」

「了解しました、千様。太陽系を出てから遷移します。」

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