博打場の幽霊

外清内ダク

博打場の幽霊



 中国人は義を好む。

 最たる例は、なんといっても義兄弟だろう。劉備・関羽・張飛の“桃園の誓い”などはまことに有名だが、ほかにも、義兄弟の誓いを交わす話は文献に数限りなく登場する。

 その誓いかたが、また軽い。

 旅先で道連れになったとか、宴席で意気投合したとか、せいぜいその程度の関係しかない相手と、

「よし、義兄弟のちぎりを結ぼうではないか!」

「おっ、いいね。やろうやろう!」

 とまあ、こんな具合で実に気楽にのである。

 お前らホントはその場のノリと酒の勢いで言ってんじゃないの? とツッコみたくなるくらい軽い。

 ところが、きっかけの軽さに反して、誓いの中身は極めて重い。

 ひとたび義兄弟となったなら本当の肉親と同様、いやそれ以上の固い絆で結ばれる。

 苦境にあれば助け合う。敵があれば共に戦う。もし相手が先に死んだなら、遺族を自分の親や子と同じように扶養する。命がけになることだって無論ある。それでも義を貫くのだから立派なものだ。

 とはいえ、誰も彼もが理想的な義人になれるわけではない。

 古今東西どこの国にも、しょうもない奴は一定数いる。中国だって例外ではない。口先で上手いことを言いながら、胸では私利私欲のことしか考えないようなロクデナシも、ときには現れる。

 今回は、そんな困ったやからについての物語である。



   *



 任建之じんけんしは、現在の山東省にある魚台ぎょたいという街の商人だった。

 よその街で獣毛の敷物や毛皮を仕入れ、また別の街へ運んで売る。旅また旅の暮らしである。

 なにぶん古い時代の話だ。怪我、病気、飢えや渇き、猛獣、山賊、野盗など、危険は山のようにある。遠方への旅は命がけ……まして一人旅となれば、旅慣れた者でも不安に思う。せめて道連れくらいは欲しくなる。

 そういうわけで、たまたま出会った一人の旅人と同道することにした。

 旅人の名は申竹亭しんちくてい。これがまた話せる男で、妙に気が合うし、愛想もいい。たちまち意気投合した任建之じんけんしは、例によってもちかけた。

しんさん、あんたとは実に気が合うね。どうだ、私と義兄弟の盃を交わさないか?」

「ああいいとも! 今日から俺たちは兄弟だ!」

 と、ここまでは良かったが、災難というのは前触れもなく訪れるものである。

 ある街にたどり着いたところで、任建之じんけんしが突然の病に倒れてしまったのだ。

 義兄弟の約束をした手前、見捨てていくのもはばかられる。申竹亭しんちくていは、病床の任建之じんけんしを親切に看病してやった。しかし病状は一向に良くならない。

 やがて、己の死を覚悟したのだろうか、任建之じんけんし申竹亭しんちくていの手にすがり付き、こう頼んだ。

「私はもう長くない、と思う。だが、2千里離れた我が家では、8人の家族が私の稼ぎを待っているのだ。そこで、君を義人とみこんで頼みたいのだが……」

「言ってみてくれ。何をすればいい?」

「荷物の中に、仕入れの金が200両ほどある。そのうち半分を故郷の家族に届けてほしいんだ。

 残り半分は君にやる……そして、できることなら、立派な棺を買って私を弔ってくれると嬉しい……」

「よし、任せておけ。すべて君の望み通りにするよ」

 と、申竹亭しんちくていはうなずいた。その真摯しんしな態度に安心したのだろうか、任建之じんけんしはその日のうちに息を引き取ってしまった。



   *



 ところがこの申竹亭しんちくてい、とても信頼に値する男ではなかった。

「めんどくせえな。知り合ってたった10日の相手に、そこまで義理立てするいわれはないぜ」

 と感じてしまうのは無理ないにしても、

「死体なんかほっといて逃げちまおうか」

 これはさすがに不人情だし、

「ついでにこの金ももらっていこう」

 ここまでくれば、もう立派な悪党である。

 泊まっていた宿屋の主人には「寺で弔いを頼んでくる」などと言い残し、申竹亭しんちくていは金200両を懐に入れて外出した。そして、そのまま行方ゆくえをくらましてしまったのである。



   *



 あわれなのはじんの家族である。

 任建之じんけんしの妻は、突然消息を断った夫の安否を心配し、ほうぼうの知人に尋ねたが、誰も行方ゆくえを知らないという。

 手掛かりが全くないまま時は過ぎて、1年後。

 魚台ぎょたいに来た旅人が、不意にじん家を訪れてこう告げた。

任建之じんけんしさんは、旅の途中で病に倒れ、亡くなりました。

 泊まっていた宿の主人が仮埋葬してくれましたから、棺を引き取りに行って、正式な葬儀をなさるといい。

 ……それにしても申竹亭しんちくていというのはひどい奴ですよ。兄弟づらをしてじんさんをだまし、金を持ち逃げしたんですからねえ」

 任建之じんけんしの息子、任秀じんしゅうは泣き崩れた。

 弱冠17歳の多感な青年である。勉強嫌いの博打ばくち好き、と性格にうわついたところはあるが、そのぶん情にはあつい。父を慕うことも人一倍だ。いてもたってもいられなくなり、旅人に丁重に礼を述べるや、すぐさま旅支度を始めた。

「母上、俺が遺体を引き取りに行きます」

「待ちなさい! 一人旅は危険……あ、ちょっと、任秀じんしゅうっ」

 母の制止を振り切って、任秀じんしゅうは矢のように飛び出て行った。

 半年後、任秀じんしゅうはみごと父の棺を持ち帰ってきた。おかげでじん家は、きちんと任建之じんけんしの葬式をいとなむことができたのである。

 しかしその後が大変だった。

 稼ぎ手を失ったじん家は、ひどく貧乏になってしまったのだ。

 その困窮ぶりを、『聊斎志異』の原文では「家貧如洗」と表現している。「家貧しきこと洗いたるがごとし」……まるで家中を水で洗い流したかのように、物が何も無くなってしまった、というのだ。さぞ大変な暮らしだったに違いない。



   *



 赤貧のじん家にあって、唯一の希望と言えたのは、やはり息子任秀じんしゅうの存在だった。

 彼はなかなかの頭脳の持ち主で、“秀才”になることができたのだ。

 ここで、科挙について少し説明が必要だろう。

 隋代に始まった官僚採用試験たる科挙は、時代ごとに少しずつ制度を変えていき、清の頃には3種の試験から構成されていた。

 地方で行われる1次試験、郷試きょうし

 その合格者を中央に集めて行う本試験、会試。

 そして皇帝御自おんみずから試験官を務める最終試験、殿試でんしである。

 これら3つの試験に合格してはじめて中央官僚への道が開けるわけだが、実は、その前にもさらに予備試験というべき関門が待ち構えている。

 それが県などが運営する学校への入学試験である。県試、府試、院試の3段階があり、全てに合格すると入学を許され、同時に郷試きょうしの受験資格を得るのだ。

 この受験資格者を“生員”、あるいは美称して“秀才”と呼んだ。

 科挙が恐るべき難易度を誇ることは有名だが、それ以前の入学試験から地獄はもう始まっている。受験生は莫大な量の書籍を丸暗記した上で、試験官の眼鏡にかなうような文章を作らなければいけない。試験倍率も、地域や時代によるが、ざっと数十倍……

 これほどの難関を乗り越えたのだから、ただ受験資格を得ただけで“秀才”というのも、なるほどとうなずける。

 もし科挙に合格して官僚となれば、国から受けるろくで一族がみんな安泰に暮らせる。そこまでいかなくとも、郷試きょうしに受かって“挙人”となれば、働き口はいろいろある。

 赤貧のじん家が任秀じんしゅうに期待をかけたのも、思えば当然のことであった。

 しかし、任秀じんしゅう自身は前述の通り、勉強嫌いなたちだった。

 放蕩癖が治らず、勉強をサボって賭場に足を運ぶこともしばしば。そんな調子では、成績がみるみる下がっていくのもあたりまえ。ついには成績6等級中の第4級にまで落ちてしまった。

 母はたびたび任秀じんしゅうを叱ったが、それでも素行は改まらない。とうとう母は心労に倒れ、食事も喉を通らぬありさまとなった。

 こうなると、黙っていられないのが任秀じんしゅうという男である。

 自分が母をあんなにも悩ませてしまった……そう悟ったとたん、彼は一念発起した。もう博打はしない! と心に決めて、ひたすら勉強に打ち込み始めたのだ。

 猛勉強のかいあって、1年後、任秀じんしゅう廪生りんせいの位を勝ち取った。廪生りんせいとは、政府から生活費の支給を受ける権利を持つ、秀才の中でも最上の位である。

 もちろん官僚への道はまだまだ遠いのだが、廪生りんせいの身分だけでも仕事にはなる。科挙合格を目指す子供たちに学問を教える、などというのがその典型。任秀じんしゅうもさっそく私塾を開いて生徒を募集した。

 しかし、故郷の人たちは任秀じんしゅうの博打好きをよく知っている。

「あんな放蕩者にうちの子を預けるのは、ちょっとなあ」

 というので、あんまり生徒が集まらない。

 困った、どうしようか……と案じていたとき、都で商売をしている叔父で張という人が、折よく任秀じんしゅうを訪ねてきた。

 張叔父は話を聞くと、こう勧めた。

「それなら、私と一緒に北京ペキンに行かないか? 向こうなら君の過去を知る人もいないし、塾で学ぼうという子も多いからな」

 これこそ渡りに船だ。任秀じんしゅうは大喜びで、張叔父について都へと旅立った。



   *



 さて、その旅の途中のことである。

 南は杭州から北は北京まで、中国を縦断する大運河を、船で北上することしばし。臨清という街の近くで、任秀じんしゅうたちは船中泊をした。

 この大運河は国内貿易の大動脈であり、臨清は交通の要衝として古くから栄えた街だ。夜になると運河の岸辺に食塩運搬船がびっしり停泊し、立ち並んだ帆柱が林のごとくなる。

 たぷり……とぷり……と肌に響く波の音。あちこちの船から漏れ聞こえる船員たちの笑い声。

 夜半を過ぎて、ようやくあたりが静まった……

 と、そのときだった。船室でまどろみかけていた任秀じんしゅうの耳に、リン……リロ……リン……と、澄んださいが聞こえてきたのは。

(あ。誰かな)

 あたりにいるのは荒くれの船乗りたちである。夜のつれづれに、船の中で即席の賭場を立てるのも毎度のこと。

 任秀じんしゅうは、むくりと起き上がった。

 どうも、うずうずする。ここ1年あまり、博打好きの本性をぐっと抑えて、勉強ばかりに打ち込んできたのだ。そこへきて、勝った者の歓声やら負けた者の嘆息やらを聞かされたのだからたまらない。

 そっと財布をたぐり寄せ、中の銭を確かめてみる。

 いや、いや。

 かぶりを振って財布の口を縛る。任秀じんしゅうを危ういところで思いとどまらせたのは、1年前の、別人のようにやつれた母の顔であった。

 母は任秀じんしゅうに大きな期待を寄せている。ここでまた博打におぼれてしまったら、母に合わす顔がない。

 財布をしまい、任秀じんしゅうは寝た。

 が、横になっても眠れない。だんだん気持ちがいらいらしてくる。

(遊びたいなあ……昔と違ってそれなりに金はあるし、ほんのチョットくらい……)

 また起きて、財布を見る。

(ええい、ダメだダメだ!)

 「ほんのチョットくらい」なんて言っている奴が、チョットで済んだ試しはない。それが博打の恐ろしさ。足しげく賭場に通った任秀じんしゅう自身が誰よりもよく知っている。

 それでもまだ諦めきれない。起きる。財布を開く。閉じる。寝る。また起きる。財布を開く……と繰り返すこと計3回。

(……あーもうダメだ! ガマンできないっ!)

 任秀じんしゅうは財布をひっつかみ、張叔父を起こさないようこっそり船を抜け出して、さいの音に誘われるまま、隣の船へ渡っていってしまった。



  *



 船室をのぞいてみると、薄暗い灯火の下で、2人の男が船主を胴元にして遊んでいた。

 積み上げた掛け金もかなりの額だ。その銭山を見ていると、任秀じんしゅうの血がうずうずと騒ぎだす。

「おや? お客さんかな」

 博徒のひとりが任秀じんしゅうに気付いた。任秀じんしゅうは持参した銭の袋を卓に載せ、目尻をうっとりと垂れさがらせた。

「俺も混ぜてくれないか?」

「大歓迎だよ! さあ、そこへ座りなさい。兄さん、だいぶんお好きらしいね」

「えっへへえ……やめられないね、博打コレばっかりは」

「ははは! 私たちも同じさ。では新入りさんの親から始めようか」

 かくして、任秀じんしゅうを加えた3人の骰子さいころ賭博が始まった。どんなゲームで遊んでいたのか定かではないが、プレイヤー同士で掛け金の取り合いをしているようだから、おそらく日本で言うチンチロリンではなかったかと思われる。

 人生が上手くいき始めた時には勝負運まで回ってくるのだろうか? この夜の勝負に、任秀じんしゅうは大勝した。さいを振るたびに銭がふところに転がり込んでくるのだ。

 とうとう、相手の1人の銭が尽き、すっからかんになってしまった。

「参った。兄さん、強いねえ」

「もう種銭切れかい? なんだかちょっと、遊び足りないな……」

「じゃあこうしよう。

 船主さん! 銭はもうないけど、きんの粒なら持ってるんだ。これを質草にして、銭を貸してもらえないか?」

 と頼まれて、船主は少し考えた。胴元の彼としては、博打がもっと長く続いてくれた方が、盆頭――日本でいうところの場代が稼げてよい。それにきんを借金のカタに取っておけば、仮に貸した銭が回収できなくても損をすることはないわけだ。

「いいでしょう。いくらでも都合しますよ」

 船主はニコニコと請け合って、きんと交換に何十貫という銭を貸し出してやった。

 こうなると、アツい。鉄火場の空気に飲まれたのか、客は借りたばかりの銭をいきなり十貫も賭けての大勝負にうって出た。ますます場が盛り上がる。つられて他の者の掛け金も吊り上がる。勝負の熱気を嗅ぎつけたのか、またひとりの客が船を訪れる。船主にきんを預けて銭を借り、皆に混ざって遊び始める……



   *



 さて、そのころ。

 張叔父はふと目を覚まし、任秀じんしゅうが寝床から抜け出していることに気付いた。

 そこに隣の船から、さいの音と博徒たちの大騒ぎが響いてきたのだ。

「あ! あのバカ、また悪い病気が出たな!」

 すぐさま事態を悟り、張叔父は大慌てで隣の船へ乗り込んでいった。

 見れば、任秀じんしゅうは膝のそばに銭を山積みにして、得意満面になっている。張叔父はひとまず胸を撫でおろした。とりあえず、大負けして財産を失う事態だけは避けられたようだ。

任秀じんしゅう! お前というやつは」

「あ、叔父さん! ……あの、えー、これは、その……すんません」

「……済んだことはもういい。さあ、船に帰るぞ」

 これに文句をつけたのは勝負相手たちだった。彼らは持っている銭を残らず任秀じんしゅうに取られてしまっていたのである。

「おいおい兄さん、勝ち逃げはひどいよ」

「とは言っても、みなさん、もう銭がないじゃないですか」

きんならまだ残ってるぞ。船主さん、すまないがまた銭を貸してもらえるかい?」

 こう頼まれても、船主は苦笑するばかりである。

「といって、私が持ってる銭も、もうみなさんに全部貸し出しちまいましたからね……

 あ、いい考えがある。ちょっと待っててください」

 場代をもっと稼ぎたい船主は、そそくさと船を出て行った。しばらくして戻ってきたときには、両腕で百貫以上もの銭をかかえている。近くに船を泊めている知り合いの船主から借金してきたのである。

「さあさあみなさん、この銭でどんどん遊んでくださいな」

「よーし、そうこなくちゃ! 兄さん、嫌とは言うまいね?」

「お、おい、任秀じんしゅう、やめておけ。もう帰ろう!」

「叔父さん、もうちょっと待ってください。大丈夫ですって。今夜の俺はついてるんですよ」

 張叔父は頭をかかえた。生来の博打好きがここまで大勝してしまっては、どちらかが素寒貧すかんぴんになるまで止まるまい……

 ところが、張叔父の心配とは裏腹に、この日の任秀じんしゅうは本当についていた。

 この後の勝負にも次々に勝ち、相手の銭をことごとく奪っていったのだ。

 船主がよそから借りてきた百余貫もみるみるうちにけていき、とうとう1銭残らず任秀じんしゅうの手に渡ってしまった。

 他の賭博客は、任秀じんしゅうの恐るべき強さに感心するやら悔しがるやら。いや、負けたままでは終われない、さらにひと勝負、と意気込んで、みんなで船主に目を向ける。

「船主さん、たびたびで申し訳ないが、銭を……」

 そう言われても、船主は借金のカタのきんを数えながら、下品にニヤつくばかり。

「旦那がた、勘弁してくださいよ。みなさんからもらったきんが、積もり積もって200両にもなるんですよ。さすがにこれ以上銭を都合するのは無理ですよ」

 これを聞いて心底ほっとしたのは張叔父である。目のくらむような大勝に浮かれている任秀じんしゅうの袖を引き、耳元でささやいた。

「これで満足だろう。今度こそ帰るぞ。いいな!」

「そうっすね。もう卓が立たなさそうですから。

 みなさん! こんなに勝たせてもらっちゃって申し訳ないですね!」

 ところが相手の賭博客たちは、みんな上機嫌に笑っている。金200両以上もの大金を奪われていながら、それを惜しむ様子がまったくないのである。

「いやいや、謝る必要はない。今夜きみが稼いだ金は、だったんだからな、任秀じんしゅうや」

 言われて任秀じんしゅうは目を丸くした。

「えっ? 俺、名乗りましたっけ?」

「ふふふ……ま、そんなことはいいじゃないか。

 それよりもな、今夜の大勝に味を占めてはいかんぞ。博打なんてのは、大勝の次には大敗が待っているものなんだからな。これからは素行を改めて、まじめに働くのだぞ。なあ、任秀じんしゅう……」

「はあ……」

 なにがなんだかよく分からず、任秀じんしゅうは首をかしげながら船へ引き上げていった。

 任秀じんしゅうの胸に、何かひっかかるものがあった。あの賭博客の顔と声。昔どこかで会ったことがあるような気がしてならないのだった。



   *



 真相が明らかになったのは、翌朝早くのことだった。

 胴元をしていたあの船主が、任秀じんしゅうの船に怒鳴り込んできたのである。

 まだ眠い目を擦っている任秀じんしゅうに、船主がツバを散らしてまくしたてるには、こうである。

「昨日、借金のカタに預かったきんの粒! あれは箔灰だったぞ!」

「はあ? 箔灰ってなんだね」

「灰の塊に金箔を貼り付けてんだ。ニセ金だよッ!」

「ええ!? じゃあ、あんたは銭と交換で灰をつかまされたってわけか」

「ああそうだ! それも200両残らず全部だッ! どうしてくれる! これじゃあ俺は……俺は破産だ!」

「俺に言われてもなあ。あのときの爺さんたちに言ったら?」

「いないんだよ! あの時の賭博客は、あんた以外みんな消えちまったんだ! 奴らと一緒に遊んでたんだからお前にも責任がある! 弁償しろ、弁償しろーッ! しないなら訴えてやるぞ!!」

 これは穏やかではない。そのうえ道理が通らない。はっきり言って滅茶苦茶である。

 騒ぎを聞きつけて張叔父もやってきた。こういうときには、商売で鍛えた張叔父の度胸が頼りになる。

「よろしい! そこまで言うなら訴えるがいい。

 彼は魚台ぎょたい任建之じんけんしが長子、任秀じんしゅう。いつでも受けて立つぞ! 君の言い分が裁判で通るとは思えんがね」

 と、任秀じんしゅうの名前を聞いたとたん、船主が顔色を変えた。

(……?)

 何か、おかしい。任秀じんしゅうと張叔父は眉をひそめた。さっきまでの勢いはどこへやら、船主はもうこちらに目を合わせようともしないのだ。

 なぜ唐突に態度が変わったのだろうか。怪しんだ任秀じんしゅうが尋ねてみる。

「そんじゃ法廷で決着をつけようか。あんたの姓名は?」

「あ……姓、名、か……」

「裁判するならお互い名前くらい必要だろ?」

「いや……まあ……いい。また後で……」

 一体何をそんなに気にしているのか、船主は口の中でもごもご言いながら、そそくさとどこかへ去って行ってしまった。

 その直後、ほとんど入れ違いで別の男がやってきた。彼は目を三角に尖らせて、任秀じんしゅうたちに尋ねる。

「あんたたち! ここに申竹亭しんちくていが来なかったか?」

「誰ですって?」

「ここの隣の船の船主だよ。あいつ、私から百貫も銭を借りておきながら返しに来ないんだ!」

「ああ、そいつならついさっき……」

 ここではたと気が付き、任秀じんしゅうと張叔父は顔を見合わせた。

申竹亭しんちくていだってェ!?」



   *



 申竹亭しんちくてい……

 忘れもしない。それは、任秀じんしゅうの父親任建之じんけんしと義兄弟の約束を交わしながら、金を奪って逃げ去った、あの憎むべき男の名であった。

 ここでようやく任秀じんしゅうは夕べの出来事の意味を悟った。

 昨夜、賭場で遊んだ男たち……あれは父任建之じんけんしと、その連れの幽霊だったのだ。

 父は、憎き申竹亭しんちくていが胴元をしている賭場に任秀じんしゅうを誘い出し、わざと勝負に大負けして、申竹亭しんちくていの財産を残らず奪って任秀じんしゅうに渡したのである。

 思えば、昨夜父が申竹亭しんちくていに渡したニセ金は200両……かつて申竹亭しんちくていに奪われたのと、ぴたり同じ量である。

「そうか……

 『』とは、そういう意味だったのか……

 幽霊になって顔かたちが変わっちまってたから、ちっとも気付かなかったけど」

 そうと知ると、昨夜父がかけてくれた言葉が身に染みる。

「これからは素行を改めて、まじめに働くのだぞ。なあ、任秀じんしゅう……」

 自分は冥府の父にさえ、いまだに心配をかけている。それが情けないやら、切ないやら。死してなお自分を想ってくれる父の暖かさに、目尻へ熱いものがこみあげてくる……

 任秀じんしゅうは涙を拳でぬぐい、遠い都の空を見上げて誓った。

「ああ、やってやる! 俺は立派にやってやるぞ。見ててくれよ、親父!」



   *



 その後。

 北京ペキンへたどり着いた任秀じんしゅうは、このときの銭を元手に張叔父と共同事業を始めた。元来が賢く人あたりもいい男である。商売はすぐに軌道に乗り、その年のうちに元手が数倍に増えた。その金を上納して身分を買い、ますます商売に励んだ。

 そして十年ほどの間に、名高い富豪に成りあがったということである。



THE END.

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