オールユーニードイズ……


 まだ足取りの覚束ない幼児が、きゃらきゃらと笑いながら歩いている。

 その後ろを長身でつらいだろうに中腰を保ったままの姿勢で父親が付いて回っている。いつでも子を受け止められるよう、両手を差し伸べながら。


「ままっ!」


 少し先にいる小柄な女性に視線を置き、幼児が弾けるように声を上げた。


「ママ、あそこにいるねぇ」


 父親の低い応えには、どこまでも優しさがこもっている。


「まま、いたーっ!」


 幼児が走る。短い脚を精一杯に動かし、笑い声を振りまきながら。

 鈴の入った毬が弾むのにも似た疾走は、ストッキングに包まれた母親の脚に衝突することで停止した。

 成熟した女性の肉感を備えた柔らかな脚に全身でしがみつき、幼児は満面の笑みで真上を見あげた。


「ままっ!ままっ!」


 幼児の言葉はもはや笑い声とほとんど判別がつかない。

 我が子にしがみつかれた母親は、ことさらにびっくりしたような表情で足元を見下ろし、愛おしさで溢れる笑顔を咲かせた。





「よう、お待たせ」


 しゃがみ込んだ母親が幼児を抱き上げる様子を見守っていると、横合いから親しげな調子で声をかけられた。


「うん」


 一呼吸置いてまばたきをし、それから声の主へ振り返る。

 ボクの親友、ボクの大好きな人がそこにいた。


「早いな、つかさ。俺ももう少し早く出りゃよかった」


「ボクもさっき来たばっかりだよ」


 そう答えると、ボクの大好きなくしゃくしゃの笑顔を浮かべて、おどけるように彼は言った。


「小説と同じセリフを本当に言う奴っているんだな」


「本当に言う人がいるから小説にも出てくるんじゃない」


「なるほど、事実は小説より奇なりって奴」


「それは違うと思うなぁ」


 彼のお馬鹿さんな返しに笑顔を浮かべる。

 こんな風な何でもないやり取りが、胸が張り裂けそうなくらい愛おしい。


 これはボクがおかしいんだろうか。

 それとも他の皆も同じように感じているんだろうか。

 抱き上げた幼児を真ん中に挟んで笑い合っている親子の元へ向かって行って、質問をぶつけてみたい衝動に駆られる。

 ママと呼ぶ我が子を見ただけで泣きそうなくらい優しい笑顔を浮かべるあの人たちなら、答えを知っていそうな気がした。


「つかさ、行こうぜ。何見てんだ?」


 取り留めのない思考を振り切り、ボクは軽くかぶりを振った。


「ううん、何でもないよ、まーくん」


 てらいのない笑みを浮かべてボクを促すまーくんを見て、小さく頷く。

 先ほど自分に問いかけた疑問の答えはすでに分かっている。


「まーくん、手ぇ繋ご」


 彼のすぐ傍らに並びながら、了解を得るより先にするりと大きな手を摑まえてしまう。

 ボクの手を振り払うことができないまーくんは、かといって自然体で受け入れることもできず、何だか「ああ」とか「うう」とか唸っていた。


「まーくんの手、大きいね」


「……つかさのが小せぇんだよ」


 わざと少し荒っぽい口調を使うのがおかしくてくすりと笑いを零すと、照れ隠しのためかまーくんがボクの手を握る力を強めた。

 少し痛くて、すごく嬉しい。


「あったかいね、手」


「別に誰だってそうだろ」


 こっちを見ずにぶっきらぼうに答えるまーくん。

 まだ女の子のボクとの距離を測りかねているのか、単純に恥ずかしいのか。

 少しだけ耳が赤くなったまーくんの横顔から視線を外して俯いたボクは、大事な大事な秘密を明かすように、そっと呟いた。


「誰でもじゃないよ」










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

続きというか番外編のための序章。にやにやしながら読んで頂ければ本望。


親友以上恋人未満。


これまでずっと登場人物の名前を出さないという謎の縛りで続けてきたのですが、お話も一区切りしたので名前解禁します。受け付けない人はごめんなさい。

主人公はまこと。親友くんちゃんはつかさ。

大体7話目くらいまで本当に二人の名前は考えていませんでした。

後ついでに副題も付けます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TSしたい親友と止めたい俺の攻防戦 @pantra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ