第一怪 知らぬが仏に祟りなし


 小林堂前様


 このたびは、このような形であなたにお願いすることになったのをお許しください。水無川茜みながわあかねさんと同じ明暁めいぎょう高校一年の仁鳥にとりと申します。昨日、水無川さんが学校に来られるということを知り、急いでこの手紙を書きました。本来なら小林さんに会って直接話をすべきなのでしょうけれど、僕自身が今回のことについてよく飲み込めていないというか、どう説明すればいいのか思い悩んでしまい、そうかと言って、ひとりで抱え込むのも何だか気味が悪いし怖いものですから、こんなまわりくどいやりかたをとらせていただきました。でもそれは結果的に説明下手な僕の口から聞くより、小林さんにとってはかえって理解する手間が省けていいかもしれません。


 小林さんが、水無川さんと知り合いだということは、もともとクラスメイトから聞いて知っておりました。水無川さんとはクラスも違うし、それ以前に本人が学校に来ることがあまりないため、接点のない僕のことは、おそらく知らないでしょう。ですが水無川さんのことについては、小林さんもご存じかと思いますが、入学早々に起こった出来事のせいで僕らの学年ではなかなか有名です。僕自身は彼女について当初から悪い感情は持っていません。実際、気の毒に思いますし、自殺の件に関しても、単に言いがかりだと思います。彼女に不思議な力があるにしても、人間の強固な意志を、何も知らない他人が容易に左右させることなど、相手を洗脳でもしない限り、無理な話なのではないでしょうか。


 どこの世界でもそうですが、幅を利かせる連中というものは、外部の人間には体裁良く見えても、中身は腐っている場合がよくあります。学校でもそれは変わりません。先生や世間の大人には利口そうに見えても、実際は打算的な外面だけ良い生徒はざらにいます。水無川さんのことも、そんな幅を利かせた生徒たちの鴨にされただけでしょう。僕は学校だけでなく、世間のそうした日常的欺瞞には、ほとほとうんざりしているのです。


 すいません、話が脱線してしまいました。本題に入ります。


 その水無川さんの噂の延長として、小林さんの存在を知り、そのことがずっと心に引っかかっていたので、今回の件で思い切って相談させていただこうと思ったのですが、小林さんにお願いしたいことはほかでもありません、妹の兎のぬいぐるみをぜひ調べてほしいのです。


 というのも、最近、小学六年の妹の様子がおかしく、夜中に叫び声を上げたり、夢遊病のように階段を上り下りするようになり、家族一同、心配と同時に気味が悪くなっていました。妹にどうしたのかと聞いても、自分が寝ているときに起こっていることだから、心当たりがないと言います。その受け答えが、兄妹の勘と言うか、僕にはなんとなくよそよそしく感じられたのですが、ある日、その原因のようなものがようやくわかったのです。


 その日も、いつものように妹が隣の部屋で叫び声をあげたので、僕は真っ先に妹の部屋に向かいました。妹はベッドの上でうなされていたのですが、いつもと違って何かぶつぶつとつぶやいています。僕は妹を起こさずに、近づいて耳を澄ませてみました。すると妹は本人らしからぬ声で「あいつが憎い」「あいつが憎い」とささやいているのです。その声はとてもか細く、恐怖を誘うものでした。ふと気がつくと、掛け布団の端が少しだけ浮いていて、どかせて見てみると、妹は左腕を持ち上げて部屋のある場所を指さしていました。その場所には、妹が好きなぬいぐるみをたくさん並べた棚があり、僕がそちらに目をやった途端、驚くべきことに、手前にある兎のぬいぐるみだけが、何の前触れもなくコトンと棚から落ちたのです。僕はおそるおそる、そのぬいぐるみを手にとりました。


 それは妹が幼い頃から大事にしていたぬいぐるみでした。茶色くて、短い二本足で直立した格好をしています。妹の生まれる前から家にあったもので、毛並みは古く、手触りもザラザラしているのですが、保存状態は良いです。僕も小さい頃は妹と一緒にぬいぐるみ遊びをしていましたから、そのぬいぐるみはよく覚えているのですが、仔細に見てみると、首の付け根に僕の知らない丸い傷がありました。比較的新しいものらしく、毛並みの色で遠目には目立たないものの、煙草のようなもので押し付けたような焼け跡になっており、触るとその部分の毛が溶けて、硬く凹んでいるのがわかります。


 朝になって、僕は妹にぬいぐるみのことを問いただしてみました。


 妹は今まで以上に動揺していましたが、それでも頑なに口を閉ざして、なにがあったのかを語ろうとしません。しかも、そのぬいぐるみの件は、親には絶対に言わないでほしいと懇願までしてきます。だったら、そのぬいぐるみは気持ちが悪いから処分したほうがいいと言うと、泣いて嫌がります。妹によると、他のぬいぐるみは良くても、どうしてもこれだけは手放したくないのだそうです。


 僕としては、どうすればいいのか途方に暮れているところです。そのぬいぐるみを一度お祓いか何かしたほうがいいのではないかと思うのですが、小林さんから見てどう思うのか、一度ご意見を聞かせてほしいです。そして出来れば、妹が苦しむ原因を調べてほしいです。妹は近頃、金縛りにもあっているようで、日に日に寝不足になり、衰弱しています。小林さんがもし力になって頂けるであれば、妹もきっと言うことを聞いてくれるにちがいありません。


 ぬいぐるみの現物を一度お見せしないことには判断もできないでしょうから、水無川さんを介してでも後日日程を調節していただければ、そちらの事務所に伺いたいと思っています。家に来ていただいても構いませんので、その時は連絡をお願いします。

 


 長々と書いてしまい、申し訳ありません。お忙しいところ失礼いたしました。それでは、よろしくお願いいたします。



                                  仁鳥健二


 P.S. 水無川さんがいつ学校に来るかもわからないので、こちらに携帯番号を記しておきます。何かあればこちらに連絡をお願いします。いつか水無川さんが安心して学校に来れるよう心からお祈りしています。僕らの仲間うちでは水無川さんのことを悪くいう者はいないので、また気が向いたら学校にも顔を見せてほしいと、お伝えください。                                

                                    敬具

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