第4話 悪夢のビギンズナイト
呼んでいただけてよかった。
私の基本プログラムでは、人への反逆は許されていない。
取り調べとやらをしている兵たちも「人間と同じか剥いてみるか」などと……。許されるのならヒートエンド(握りつぶす技)ですよ。
王子(クズ)の下心はよくわかった。
人の数万倍の聴覚である機人の私は、よく聞こえましたとも。
人の身体、暖かい血の通った生命の奇跡を生まれながらに持っているというのに。
失われた古代文明の遺産に心奪われるなどと。愚かな。
愛国心でスパイをあぶりだしたいというのなら、まだ理解しますよ。
未知の技術を持つリーシャと私。警戒するでしょうよ、とてつもなく怪しいでしょうよ。
そんなことは婚約前からわかっていたこと。今さら思い出したかのように難癖をつけるのですから、何かあるとは思いましたが。
ロボット三原則のうち二つ。人には危害は加えられず、命令に逆らえない。
私は人に対して反逆できない。だからクズどもをひっぱたくことすら、自由にできない。ですが、この鋼の身体は、お嬢様とリーシャを守るためにある。
二人の声に、私は答える。
機械(にんぎょう)の私の、心を生んでくれた二人の友達のために。
「あら、お転婆なあなたも好きよ。マリー」
周囲には、お嬢様の魔法で倒された兵士が二人。
魔法始祖に連なる王族貴族の魔法はすさまじい。初歩的な魔法であってもとっさに防げるものではない。
あー、でもどこかの王子(無能)は魔法が得意じゃないんでしたっけ。力を求めるのもそんなツマラナイ理由でしょうか。
カウロスは、信じられないものを見るように私を見る。
「命令だ、何もせず引っ込んでろ」
「お断りします」
「機人は人間に絶対服従するもんだろ!」
「上位の命令系統が優先されます、引っ込んでてください王子(サー)」
お嬢様の魔法、私という盾。ここにリーシャが加われば……。
「お嬢様。魔力光(マナ)ソード、来ます」
反対側の壁をピンク色の光の刃が切り取る。大きな三角形の形に穴ができる。
「まずは風通しをよくしました。お嬢様」
「あなたもお転婆ですね」
王子は左右の壁を見渡して、状況を把握しかねている様子。
「兵たちはどうした!」
「マスター保護の観点から障害とみなし、少し寝てもらいました」
「あー、安心してください。ショックブレードモードにすれば殺傷力ないです。今は切れますけど」
王子の後ろにテクテク歩いてドアを二回切りつける。鉄の扉も何の抵抗もなく切れる。
「どこから手に入れた!」
「私が作ったものですけど?」
「ぬぅ! 貴様も、天才か!」
まるでリーシャ以外に天才がいるかのようないいぐさです。
「では、カウロス様。ごきげんよう」
「逃げられると思っているのか?」
「逃げるのではなく、帰宅するのです」
お嬢様と共に。
「待て!!」
「何か?」
「そこから一歩でも出れば言い訳できないぞ! お前は反逆者だ! スパイの疑いをかけられた身で王族に攻撃して逃げるのだからな!」
「いずれ事実は知れ渡ること。一時の評価など、ただの過程にすぎませんわ」
月の鍵とやらを狙っていると、その口で答えてたというのに。未だにスパイ疑惑ですか。
王子は放置して地下から地上へ向かう。
「ねえ、マリー。地下周辺に何かおかしなものはないかしら?」
「はい。いくつか大きな空洞のようなものがあります」
「空洞ですか?」
「備蓄、倉庫のようなものでしょう」
「秘密裏に何かを製造している気配は?」
「魔導機が動いている気配はありません」
お嬢様は王子の言葉を気にしているのでしょう。
“王家の遺産はすでに稼働している”
稼働、というからには工場のようなものを連想してしまう。
地下全体に警報が響く。
「ゆっくり探し物する雰囲気ではございませんね」
「お嬢様、兵たちの足音が複数地下に向かってます」
「マリー、私たちでお嬢様を守るよ!」
「いえ、あなたも下がってください」
「何いってるのさ!」
「私の身体は頑丈です。でもリーシャは人間なのですから」
お嬢様の手がリーシャの肩に触れる。
「わたくし達のマリーは、頼りないかしら?」
「……いえっ。あ、でもマリー、これ使って!」
魔力光(マナ)ソードを私に押し付ける。
「手加減してぶん殴るより、こっちが楽でしょ?」
本来、私は人間に攻撃できない。手加減しても、電子頭脳に負担がかかる。
これがあれば、手加減用の演算処理をしなくて済む。
「ですが、それでは……」
「いざという時は愛銃(バスター)でぶっ飛ばす!」
「わたくしの魔法もありますわ」
足音が近づいてくる。近くの階段から。
「見つけたぞ!」
「公爵令嬢! 今はななしだ!」
「とらえるぞ! 抜剣! 魔法用意!」
遅い! その気になった機人(わたし)は風よりも速い!
装備を構える前に廊下の壁に叩きつける。逆側の兵の腕をつかみ兵たちに投げる。
複数の兵を巻き込みながら吹き飛ぶ。
「お、おま、押すな」
「うお、コイツはや……」
マナソード、非殺傷モードに切り替え、撃つ。
スタンガンと同じ原理だ。兵たちは身体を痙攣させて沈んでいく。
「うわっ、私の友達……強すぎ!」
「あなたの装備も素晴らしい仕事ですわね」
そのまま地上へ。大きな広いホールに出た。外は薄暗くなっているのに灯りもない。
先ほどまでわらわらと沸いていた兵たちも、ここにはいない。
高い天井に備え付けられたシャンデリアにも色はない。
ここだけが異様な静けさに支配されていた。
「さっきので兵も使い切ったのかな?」
「いえ、何かを準備していますね。そこ!」
正面階段の上から、複数の気配を感じる。
壁に備え付けられた、魔力灯燭台をちぎって投げつけた。
サンッ、と真っ二つになった。
乾いた音をたて燭台は床に転がる。
「え、あれって」
リーシャの声。
光のない場所だからこそハッキリ見える。
「リーシャ、あなたの仕事?」
緑色に輝く刀身。
「違います! って、色も違いますよね!」
魔力光(マナ)ソード。確かに本物の。
王国兵たちの様子が、おかしい。
マナソードを持つ兵の呼吸が荒い。脈拍が激しい。
後から姿を現した他の兵たちは何かを恐れているようだ。
「お嬢様!」
階段を飛び降りマナソードで切りつけてきた。
私はお嬢様の盾になる。斬撃モードに切り替え、こちらのマナソードと威力は拮抗し火花を散らす。はじき返すも、兵は空中で身をねじり、階段の中央に着地した。身体能力が向上している?
「アアア!!!!」
興奮状態、異常だ。
「見ろ、あれで強くなれるんだ!」
「ハズレ王子についてきたんだ! このぐらいオイシイ話もなきゃな!」
兵たちは、発光する物体を取り出し首筋に突き立てる。
「あ! ダメ! あれは!」
リーシャには正体がわかったようだ。
機械音声が重なり合う。
<オーバーヒート>
<オーバーヒート>
<オーバーヒート>
<オーバーヒート>
「あれは、人間に使っちゃダメなのに!」
「リーシャ、教えてくださる?」
「はい、まだ実用化してませんし、作るつもりもなかった。私の中だけで! アイデアだけ存在してて! でも!」
首筋から光を失った物体を次々と落としていく。
「実在しないはずだったもの!」
兵たちの魔力が膨れ上がる。
「魔石を液体化して体内に取り込むんです。人体を魔導機のように、魔力を吸収するように改造する」
まだ、この世に生まれていないはずの。
「悪魔の兵器です」
機人令嬢020(レイジオー) 他山小石 @tayamasan-desu
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