第3話 大脱走! 囚われのお嬢様

 第三王子カウロス・ラーアルドの住む王家別宅で事件は起きた。

「婚約破棄だ」

 わざわざ公爵家令嬢を呼び出して、第三王子は何を言い出すのかと思えばお嬢様との婚約破棄をするというのだ。

 侍女兼護衛である私の顔は引きつっている。腰に収納してある愛銃(バスター)に手をかけそうになってしまった。この金髪クソ野郎!

 この部屋には兵士や法務長官まで呼んでいる。


「わけをおっしゃってくださらない?」

 お嬢様は冷静、さすが鋼のメンタル。


「そこの二人に聞けばいいだろう!」


 お嬢様の後ろには私とマリーしかいない。

「何をおっしゃりたいのか、さっぱりです」

 お嬢様は、首をふる。


「スパイなのだろう? その二人は」

 かつて、私とマリーはスパイ疑惑をかけられたことがある。


「ここに報告書がある。そこの侍女が作ったとされる実用兵器の一覧だ」

 私はアッセルド公爵家のお役に立とうと得意な魔導機工学の研究をしていた。


「最新の魔導銃、高効率の魔導側車(サイドカー)、空を飛ぶ兵器、他にも多くの兵器が公爵領で実験されている。違うか?」

「ええ、間違いありませんわ」

「これらはすべて軍事目的のものだ」


 違う、それだけじゃない。水路、下水処理の効率化や魔力蓄積装置の改良なども実用化している。


「技研の研究者を呼んでいる。意見を聞きたい」

 部屋の端にいた白衣の研究者が近寄ってきた。

「画期的な技術であり、その性能は我ら王国技研ですら再現不可能です」

「具体的には?」


「魔石動力を小型化する技術です。効率化と小型化を両立する技術は我々の理解を超えております」

 鼻で笑う第三王子、憎たらしい顔だ。

「二十歳にも満たん女がなぜ我が国最高峰の魔導機工学を凌駕する知識を持つのか」

 隣国の技術を取り込んでるに違いない、と。


「もっとも疑わしいのは、そこの機人だ」


 機人(きじん)とは、機械で人を模したもの。


「美しい機人だ。見れば見るほど人と区別がつかない。このように精巧な機人、我が国の技術では製造できないのだよ」

 表情のないマリー。マリーは機人だ。確かに、この国でマリー以上の機人は見たことがない。


「聞けば、大破した機人を修理したのも、お前なのだろう?」

 五年前、私をかばうように倒れていたマリー。意識が回復した私はその損傷を治した。

「リーシャは確かに才能が有ります。才あるものは取り立てる。それだけのことです」

「それが怪しいというのだ」

「わたくしの大切な侍女にやましいことなど何一つございません」


「では侍女、お前の知識は誰から得た?」

 私に昔の記憶はない。だけど、断片的に思い出せることがあった。

「父からです」

「その父の名は?」

「……ダイゴロウ・タチバナです」

 顔も思い出せない父。


「はっ、聞いたこともない。技研の者はどうか」

「これまで聞いたことはございません」


「すぐれた技術者なのに、名前も知られていない。そして王国ではタチバナなどという姓など存在しないのだよ」

「名前だけで何がわかるのでしょう?」


「庇うのか? スパイを庇うことが何よりの証拠だ」

 無茶苦茶だ。証拠もないのにスパイ呼ばわりして、何言ってんだ!


「公爵家としてどう責任をとられるのか」

「何も起きていないというのに、責任のとりようもございませんわ」


 王子(クソ)は舌打ちし、マリーを指さす。

「人を上回る能力を有し、人と見分けがつかぬ機人だ。市井に紛れてしまえば、どのような企みも思うがままだろうよ」

 マリーは絶対、人に危害を加えない。


「これほどの技術を持ちながら王家への報告は一度もなかった。この機人もひそかに開発していたとするならば」

 王子は、いかにも悪い顔だ。

「謀反の準備あり、ということでいいのかな?」


 お嬢様は王国の安定のために、第三王子(おまえ)との婚約を受けたんだぞ?

「今なら穏便に治めてやろうといってるんだよ」

「わたくしたちは潔白です」


「スパイ疑惑、謀反の疑い、となれば公爵家そのものも危ういであろう? 法務長官、これをどう見る?」

 白髪の老人が事務的につげる。

「疑惑が真実であれば、ですが。公爵家といえど王への反逆は許されないでしょう」

「この女の所業が王を討つ目的であれば?」


「死罪、軽くみつもっても追放刑となります」

「王国を守るため、やることは一つしかない! 元婚約者としての慈悲をかけ、この者の身分をはく奪する!」

 なにを言ってる? 何を言ってるんだコイツ?

「これより、この女は“名無し”としてすべての文献から名前を削り、王国の歴史に存在しなかったものとする」


※※※


 魔封じの手かせをつけられる。幽閉でもされるのかしら?

 スパイ疑惑、王国の情報が隣国に流れている噂はありました。でも、公爵家に二人はずっといるんですからスパイをする暇はない。

 それにしても、準備のいいこと。第一王子第二王子が留守の間にわたくしを呼んで、法務長官まで集めて裁判ごっこ。

 本当にあやしいのは、どなたかしら?


 王子と兵士に連れられて、地下牢につく。

 尋問されるとして、そんなのは兵士にでも任せるものでしょう。カウロス王子まで、一体なんの目的でしょう?

 鉄の扉に閉ざされ、粗末な椅子に座らされる。趣もない……。

 レディーの扱いがなってませんわ。

 机を挟んで椅子に座るカウロス。

「月の鍵はどこだ」


 月の鍵、あぁー……。俗物の考えそうなこと。


「公爵家で代々受け継がれた、古代の秘宝だよ。お前が月の鍵を持っているはずだ」

 古代に栄えたとされる超文明の遺産を、人類は受け継いでいる、だったかしら。

 そんなおとぎ話、未だに信じてらっしゃるの?


「忘れましたわ」

「王家の遺産はすでに稼働しているぞ?」

 稼働? 何をおっしゃってるのでしょう。


「あらあら、悪いお顔ですわ」

「古代文明の力は、俺が管理してやると言ってるんだよ」

「また忘れましたわ」

 苛立ってますわね、カウロス。まるで呼吸のできない豚のようでしてよ?

「……拷問すれば、思い出すかも」

「あなたのお顔も思い出せなくなりますわ」

 大物ぶっている小物ほど醜いものはありませんわ。


「ふざけた女だ。まあいい」

 王子は立ち上がり、にらんでくる。


「拷問するのはお前ではない。まずはリーシャ、あの女だ」

 ん?

「次はマリー、だったか? 中身を調べたいのでな。解体してじっくり調べるとしよう」

 へー? なるほど、なるほど。そのための冤罪ですのね。

 わたくしにも理解できましたわ。

 思った以上に下品な方ですわね。

「赤は世界に混じる」

「バカが、詠唱しても魔封じの力で魔法など使えんだろう?」

「赤の力は焼き尽くす力」

 周囲の魔力はわたくしの言葉を叶える。

「待て! なぜ魔力が!」

 慌てても、遅いのです!

「ファイアボール!」

 魔力が炎の球体と化して王子の後ろに控える兵にあたる。

「魔封じ対策(いたずら)させていただきましたわ」

 リーシャの開発していた魔封じ対策の指輪、つけておいてよかったですわ。

「だが、手かせは外れないぞ! 逃げることなどできん!」


「マリー、聞こえていますね? わたくし、風にあたりたい気分ですわ。リーシャとあなたで迎えに来てくださるかしら」


 壁が吹き飛ぶ。

「お嬢様、少々強めにノックをしてしまいました」

「あら、お転婆なあなたも好きよ。マリー」

 マリーの力強い手がわたくしの手かせを破壊した。

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