第2話 私のアイバーは三人乗りです

 5年前、記憶のない私が見つかったのは公爵家の管理する聖地だった。

 友達でずっと一緒だったマリーが私を庇うように覆いかぶさっていたそうだ。

「あなた、もしかして~、石の遺跡に住んでるのかしら? ん? ん?」

 私は人差し指を立てゆらしながらクネクネする。

「ふふっ、リーシャったら、懐かしい」

「リーシャ、ラナリアさまはそんなにクドイしゃべり方はされてません」

 マリーと一緒に私も公爵家の侍女として雇ってもらえた。お仕事もお給料も満足な上、専用の研究施設(ラボ)までいただいた。

 ラナリア様とたまにお出かけしたり。ああ……。ホワイト企業。


「では、今日の行き先はどこにしましょう?」

「7つ湖(うみ)は少し冷えるでしょうね。月の森にしましょう」

「いえっさー、ボス!!」

「ふふっ、リーシャってたまによくわからないこと言うのよね」

 ラナリアさまと過ごす日々はとても楽しかった。

「リーシャ、運転しましょうか?」

「のんのん、新しく組みこんだ魔石の調子も見たいから私が運転手!」

 お嬢様にいただいた魔石だ。

 スカートでも駆動系に巻き込まれない安心設計のサイドカー、ツインアイバーに組みこんだ。

 この魔石、古代語による魔法陣が組みこまれたもので「馬の加護」が刻まれてるとか。



「やれやれ、です。ラナリアさま、お手を」

「ええ、では、帰りはマリー、運転をお願いね」

 マリーは少し驚くそぶりを見せて「私のようなものに……」と呟く。


「ラナリアさまはなんでもお見通しだね! マリーも運転したいんでしょ! ま、整備担当の私が先に調子を見ておくから、ね!」

 表情のないマリーから喜怒哀楽を読み取れるのは、古くからの付き合いのある私以外だと、ラナリアさまぐらいしかいない。

「世界は心を喜ばせるためにあるものです。わたくしにとっても、マリーにとっても」

「心、ですか」

「今感じてる、すべてです」

 マリーは瞼を閉じ「心」とつぶやく。

「マリー、風を感じようぜ!」

「ええ、今日の天気は快晴、高気圧で気持ちのいい一日です」


 ツインアイバーは、私が組み立てた。黒と灰色と銀で構成された渋いデザイン。シートは茶色でステッチ(飾り縫い)が激シブ。

 船には快適装備としてリクライニング機能をつけている。簡易ベッドにもなる。後ろにはティーセット入りの茶色いカバン。

 バイク側は背もたれ付きの後部座席をつけてあるのだが……。

「はいはーい、マリーちゃーん。バイクは立って乗るもんじゃありませーん」

「風を感じているのです」


 公爵領にはほとんどいないが野生の魔物が存在する。警戒するために高所から見下ろしてるという。

 けど、時速50キロは出てるのに……。どうなってるのか、背もたれの金属部分に両足で立ってる。両手は組んで、ロングスカートがひらひら。

「うーん。いつも思うけど忍者みたいだよね?」

「忍者はこんな目立つ行動取りません」

「ふふっ、また二人でヒミツの会話してる」

「あー……忍者、ですか。それはですね」

 どうも、私とマリーはズレてるらしい。たまに未知の単語で周囲を困惑させてしまう。

「そういえば、最初は隣国から逃げてきた難民と思われてたんですよね」

 ボロボロの服はともかく、裸足で国境を越えてくるなんてあり得ないので疑いはすぐに晴れた。目を覚ましてすぐに尋問されそうになったのをお嬢様に助けていただいたのだ。


「ああー、絶好調! 素晴らしい魔石ですね!」

「あなたの腕前がいいからですよ」

 なぜか私は魔導機工学の知識がある。……天才ですから!

「でも、お嬢様。出力特性が特殊なんです、あの魔石」

「ああ、これです」

 お嬢様は、肌身離さず身に着けている宝剣。宝剣!!

「ちょ! それまさか!」

「わたくしを守るための宝剣ですよ? 宝剣の付属品も役立ててね」

 鞘についていた飾りだ……。


「あー……、あとで旦那様に叱られる! あぁー!」

「いえいえ、わたくしのために使われてるんですもの、何も問題ないわ」

 たまに大胆なんですよねー。


「こうやって、お外にいくのも残り僅かですわ」

 ラナリアさまの表情が曇る。

「……、どうしてもラナリアさまが」

「それが公爵家の務めです」

 隣国との緊張状態が続いていた。

 5年前、国境で魔法による戦闘があった。あちらは魔力耐性のある金属で守りを固めていた。

 こちらの魔力の枯渇を狙ったそうだ。

 だが、水の魔法で作り出された沼地に足を止められ大規模な戦闘にはならなかった。


 数百年、魔法による大規模な戦闘は起きていない。なぜなら地上の魔力は限りがあるから。

 地上の魔力が回復するのは、月が緑に輝く夜だけだ。


 魔法は、言葉(ワード)による奇跡だ。世界に働きかけ、力をあらわす。

 しかし、地上にあふれる魔力を使いつくせば、魔法は使えない。

 魔力を動力とする魔導機も、すべて停止する。

 そうなれば、流通もライフラインもすべて止まる。大規模な戦闘は周囲の魔力を枯渇させて、国が止まる。

 最後は原始的な武器で殴り合うしかなくなる。不毛だ。

 ただし特殊な魔石で魔力をためておけばゴーレム兵は動かせる。警戒は緩めない。


「王家とも、これまで以上に連携をとって、国を守るのです」

 問題なのは、バカで有名な第三王子が相手だということ。

 贅沢三昧、遊び放題、国だの大儀だの、ぜんぜん頭にないという。

「戦争になれば、苦しむのは領民、王国の民です」

 だからといって、素行の悪い王子の子守をさせるなんて酷いじゃないか!


「ラナリアさま、せめて我々もお供できないものでしょうか」

 マリーは無表情だが、心は泣いている。

「あら、まるで結婚式場でわたくしのお葬式でも始めるようなお顔ですわ」

「そんな、縁起が悪いですよ!」

「結婚は人生の墓場とはそういう意味ではありません」

「ふふっ、珍しい。マリーが新しいジョーク作るなんて」

 私の後ろで立ってるマリーがずるっと滑り落ちそうになったようだ。


「え、えー……、そのようなつもりはないです」

「そういえば、お墓と言えば、リーシャたちがみつかった遺跡も古代のお墓だった、なんて学者の方がおっしゃってましたわね」

 そ、そうなの?

「まあ、ギリシャ神殿みたいな柱に囲まれて真ん中にピラミッドみたいな形ですから。お墓みたいってのも? うーん」

「ピラミッド? なにかしら?」

「あー、それは王様のお墓ですね」

「じゃあリーシャたちは王族に縁ある方かしらね?」

「いやいや、ないですよ~」

「これからはご挨拶も失礼のないように、ですわね」

 笑顔のラナリアさま。

「王家に栄光あれ、わたくしラナリア・アッセルド、リーシャ・タチバナさまにお目通りかないめでたく存じます」

「ちょ、ちょ、勘弁してくださいよー」

「ご機嫌麗しゅうございます」

 満面の笑顔のラナリアさま!


「ちょっと、マリーもなんか言ってよ!」

「見晴らしの良い場所です。ここでティータイムにしましょうか」

「うん、そうしよう!」

「準備します、ラナリア様。……リーシャ、さま」

「ああー、もう! いじわる!」

 楽しかった時間。二度とかえれない日常。

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