機人令嬢020(レイジオー)

他山小石

第1話 少女が見た流星はお嬢様

「リーシャ・タチバナ! 王子からは生死を問わないと命じられている! さっさと投降しろ!」

 王国から派遣されてきた王国兵治安維持班から、拡声魔術が森中に響く。


「大罪を犯した名無しは死んだ! あとはお前たちだけだ!」


 名無し?

 白々しい! お嬢様は殺された。

 公爵令嬢ラナリア・アッセルド、バカで見栄っ張りな第3王子と婚約が決まり複雑な気分だったけど。

 お嬢様は嫌な顔一つしないで運命を受け入れていた。

「公爵家と王族の縁は国を安定させます」

 なのに!!


 国家反逆罪。

 そんなもの嘘に決まってる。

 公爵家としての身分も、すべての公的な記録から名前まで削除して“名無し”などと呼ばせて!!


 やりやがったんだよ、あのバカ王子!!

 隣国と通じて国を乗っ取るつもりだった。

 それをお嬢様に感づかれたから全ての罪をお嬢様にかぶせて、……地獄に落ちろ!!


 お嬢様が魔導機工学に強い私のために用意してくれた魔導側車(サイドカー)でここまで逃げてきたが……。


 刺客に追い詰められた。

 木々の隙間から見える緑色の月は東の空に輝いている。月が緑に染まる夜は魔力が地上に満ちる時。

 ならば!!


 私の、2丁魔銃(ツインバスター)も全力を出せる!

 魔力を収束させて撃ちぬく魔導銃を改良した私の秘密兵器。

 まさか、同じ王国の兵に向けることになるとは……。


 やるぞ! やってやる!!

 お嬢様の亡骸は、あるべき場所に安置できた。せめて刺客を返り討ちにしてやる。

 お嬢様からの最後のプレゼント、片手に収まるような小さな宝剣の鞘に紐を通し首から下げた。


 お嬢様はもういない。

 私の友達、メイド仲間のマリーは敵をひきつけてはぐれてしまった。

 首の鞘を握って祈る。「今から、敵をせん滅します」

 木々が倒れる音がした。煙も出始めている。

 森を焼き尽くしてでも、私を始末するつもりだ。


 お嬢様が愛した森で、お嬢様が愛した思い出ごと灰にするつもりだ。

 記憶のない私を拾ってくれた優しいお嬢様の思い出が!!

 この森にピクニックへ出かけた日々を思い出す。

「ほんとの自分が分からない? でもリーシャはここにいるじゃない」

 私が何者かわからなくて、そんな私に、新しい記憶をくれたお嬢様。一緒にたくさんの時間をくれたお嬢様。

 今のわたしを作ってくれたお嬢様!!


 ここで終わりにしてやる。震える足に活を入れ動き出す。

 魔導銃(バスタ-)で不届き者にまずは一発。暗い夜の森に一筋の光、そして爆発。

 

「公爵家侍女リーシャ・タチバナが返り討ちにしてくれる」

 最新の魔導銃で少数ならば王国兵たちにも対抗できる。

 騒ぐ王国兵、魔法戦術に切り替えようと夜の闇は私の味方になる。

 森の影に隠れながら、各個撃破していく。精密狙撃モード、まずは一人。

「狙撃だ! 気をつけろ! うわっ!」

 二人。いける。

 森の地形に詳しい私ならば、王国兵相手でも。


「公爵家の森か……。反逆者め!! 魔導装甲をだせ!!」

 そんな戦力まで持ち出して!

 機械の兵隊、魔導装甲(ゴーレム兵)だ。 人間相手に出す兵力ではない。

 徹底的にこちらを滅ぼすつもりだ。

「……起動前なら」

 ツインバスターモード、最大火力。

 二丁の魔導銃を合わせて一つにする。

 出力最大で、撃ち抜くのだ。装甲に魔力がこもる前なら、ただの鉄の人形にすぎない!

「ファイアっ!」

 直径100センチの魔力光(ビーム)が一直線に伸びた。

 森の木々の隙間を縫って、または削りながら、光の暴力は直撃した……が。


 鳴り響く、人工音声。

<起動シークエンス>

<マーベラスロック、完了>

<王国に栄光あれ>


 巻き上げた煙がはれはじめて、ゴーレムの全身があらわになる。

 3メートル程度の銀色の全身鎧。青く光る目、金属の関節がきしむ音。


 私の愛銃(バスター)では傷一つつけられなかった。


 この技術は、知っている。

 ゴーレムの表面を覆うのは隣国で開発が進められていた最新のエナイリウム合金。

 魔力による攻撃を極限まで霧散させるという。

 敵の技術を王国兵が使う? ここまで王国は汚染されていたの……。

 ツインバスターの魔力光は、ゴーレムの表面の輝きを増すだけだった。


 敵の技術を使いながら得意げな指揮官。

「反逆者め。死体にして持ち帰ってやる」

 後ろから複数のゴーレム兵があらわれる。

 くそったれ……。


 月の横から流れ星が見える。……星に願いを。

「お嬢様、私に力を」

 ゴーレムたちは腕に装備した魔砲をこちらに向ける。

「助けて」

 つい出てしまった本音(ことば)。

 流れ星を前にして、かなうはずもない願い事(ことば)。


















「任務了解」


 首元から聞こえた声。

 空中に穴が開いた。


 何かがゴーレム兵たちを吹き飛ばした。砕けるゴーレム、爆発に似た衝突。

 何かは勢いよく森と地面を引き裂き土煙をあげる。


「リーシャね。怪我はないかしら?」

 

 散歩から帰ってきたかのような、とても穏やかな声。

 起き上がる人型から、場違いともいえる優しい言葉。


「リーシャ……?」

 その声、まさか。ラナリアさま? 

 え、何? お嬢様? そんな、私はとうとう幻覚でも見始めてるの?

 確かに亡くなったはず?

「……ラナリアさま!」

 空中の穴は閉じていく。

 木々が倒れ差し込んだ月明かりが真実を照らす。青いドレスに赤く美しい髪が流れる。お嬢様の女神のようなお姿がはっきり見える。


 でも……。

 地面をえぐってるのに傷どころか汚れすらない?


 ギギ、と音を立てて飛ばされたゴーレム兵が起き上がる。まだ動けるものが何体か残ってる。

「まだ無粋なお人形が残ってますわ」

 お嬢様は片手を頬の横まであげて指を鳴らす。

 ゴーレムたちは爆発に巻き込まれて破壊される。

 ……何が起こったの?

  あ、あれ?


  あたまに、なにかがはいってくる?


<形式ナンバー020(レイジオー)>

 月面守護令嬢機、タキオン粒子をその身に宿し、空間すら捻じ曲げる。ルナジャパニウム合金ボディ、アストラルエナジーリアクターを三基搭載した文明破壊兵器。

 神に近づきすぎた人類の罪の証。

 眠りについたはずの……。


「リーシャ?」

「あ、いえ、その」

「お加減がすぐれないようですね」

「お嬢さま?」

「顔色が、よろしくありませんね。ツインアイバー!」


 私たちのサイドカーが、ここまで走ってくる。

 ……自動運転? ってなに?

 サイドカーの船が、簡易ベッドモードに変形する。

「今は、……お休みなさい」

 お嬢様に促されるまま、横になる。


 死んだはずのお嬢様。

 謎の技術で魔法以上の事象をおこす、私の知らないお嬢様。

 でも、どこかで見たことがあって。

 わからない。

 私は一体何を知ってるの?

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