128.子猫は成長して獅子になった(最終話)

 成長するたびに遠くへ遊びに行こう、そう約束した。その願いをシェンは叶えてくれたから、次は私の番。エリュはそう考えた。


「シェン、私の準備は出来ているよ」


 神との契約は二つ。すでに幼い頃にシェンがひとつ結んだ。庇護される権利と、神に捧げる義務。私は権利しか受け取っていない。エリュはそのことを、ベリアルとリリンから説明されていた。


「まだ全然早いと思うけど」


 一緒に成長したシェンは、困ったような顔で首を傾げる。甘いね、私のことになると緩いんだから。くすくす笑うエリュが、はいっと手を差し伸べた。


「受け取ってくれないの?」


「断ったら僕が叱られそう」


 蛇神であるシェーシャを叱る人なんて、魔族にいない。でも、今のシェンを叱る人はいる。その違いが、シェンの心に執着を生んだ。侍女のマリナやケイト、バーサ、手伝いで入ったメレディス。元帥であり女将軍も務めるリリン、宰相として国を束ねるベリアル。周囲の大人は、シェンをエリュの姉として扱った。


 神として長く生きる中で、きっと二度と起きない奇跡だ。そう認識するから、シェンはこのバランスが崩れることを恐れた。契約の完成で、何かが変わるのか。


「私達、ずっと一緒でしょ?」


 エリュは、胸元のペンダントを取り出した。以前は革紐だったが、今は立派な宝石のように銀鎖で仕上げられている。宝石の粉をまぶした、お揃いのペンダントトップが揺れた。


 銀色を身に付ける皇帝が、黒銀の飾りを持つ蛇神に願う。祝詞のような呟きに、シェンは両手を上げて降参した。


「わかった! エリュの勝ちだよ。謁見の間で正式に行おう。僕とエリュの大切な儀式を、リビングで片手間に終わらせるのは嫌だからね」


 言葉通り、数日後に謁見の間を用意させた二人は壇上で微笑みあった。準備に奔走したベリアルは「事前にある程度用意していてよかった」と安堵の息をつく。シェンと契約する準備して置いてくれと頼まれた時は、どうなるかとヒヤヒヤしたものだ。


「立派になったわ」


 リリンが母親のように涙ぐむ。隣でベリアルが静かに頷いた。壇上で向かい合うシェンへ、エリュが言葉を紡ぐ。


「我ら魔族は守護神たるシェーシャに願う。種族の存続と繁栄を。享受する魔族の対価を受け取り給え」


 無言のエリュが静かに手を伸ばす。跪いたエリュが、シェンの手を額に押し当てた。淡い光が謁見の間を満たす。


「蛇神シェーシャは、幾久しくそなたの傍らにあり、共に栄華を極めるであろう」


 決められた通りの作法を終えたエリュの頭を、シェンが優しく撫でる。にっこり笑って立ち上がった彼女は、笑顔でシェンに抱きついた。守護神であり庇護者でもあり、誰より大切な家族だ。やっと誰からも否定されない皇帝として、エリュの立場が肯定された。


「感激の場面だな」


「ナイジェルは選んだのか?」


「もちろん、俺だけ先に退場する気はないぞ」


 参列を許されたリンカとナイジェルは、ひそひそと言葉を交わし……ナイジェルが一歩進み出た。


 完成した制服を纏い、皇帝の専属騎士として一礼する。隣国の王族、友人、家族、さまざまな肩書きを同時に持つナイジェルの動きに、エリュはほわりと微笑んだ。


「我が神を蛇神シェーシャ様と定め、この命を差し出す者なり」


「我が眷属として迎え入れよう」


 名乗りは不要だ。蛇神に命を差し出す行為は、すなわち人から魔族への移動を希望する意味を孕んでいた。長く悩んだナイジェルの決断ならば、尊重する。人々が見守る中で、新たな同族が生まれた。


 人が持つ短命という殻をひとつ脱いで、長寿で異質な者へと。膝をついてエリュの洗礼を受けたナイジェルは、身を起こして首を傾げた。


「何か変わったか?」


「いろいろと……その、男前になりましたね」


「ああ、うん。いいと思うぞ」


 ベリアルやリンカのぎこちない褒め言葉に不思議そうな顔をするナイジェルへ、リリンが鏡を差し出した。鏡面の中で見つめ返してくるのは、頬や首筋に鱗が生えた若者だ。皇帝専属騎士の制服を着用した、竜人は首を動かして確認し笑った。


「思ってたよりカッコいいじゃん」


「残りは風呂で確認しろ」


「え? まだ変化してるの? どこ……まさか」


「それ以上は淑女がいる場で口にしたらだめよ」


「ナイジェル、かっこいいよ」


 わちゃわちゃと騒がしい謁見の間に、威厳や荘厳さはない。だがこのくらいがいい。エリュの今後の穏やかな治世を象徴するように、広間は笑いと騒がしさに満ちた。







 次の世代も、その次の世代も。皇帝の血筋は絶えることなく続いた。エウリュアレ・アレスター・アルシエル・ゲヘナ――皇帝として特筆する才能はなく、だが誰より長い治世を誇った。彼女の治世は他国との融和を図り、争いごとを減らし、魔族史最高の繁栄を齎したという。生涯、その傍らには3人の友と2人の有能な側近の姿があった。


 銀、黒銀、赤、金、青、緑。高価な宝石ではない揃いのペンダントをつけた彼らの結束は固く、互いを決して裏切らない。後世の魔族は、6人の絆を長く語り継いだ。物語の最後のページには必ず、こう記されている。


 ――子猫は成長して獅子となった。魔力ではなく、人柄で国を征した皇帝陛下は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。













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 完結いたしました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ 外伝は特に予定しておりませんが、もしかして気が向いたら書くかも? です。また別の作品でお会いできることを祈りつつ(人´・ω・`o)



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●魔王様、今回も過保護すぎです!

●間違ったなら謝ってよね!〜悔しいので、羨ましがられるほど幸せになります〜

●世界を滅ぼす僕だけど、愛されてもいいですか?

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