黒髪の乙女
松竹梅
@96kami_otmが配信を始めました
「続いてのニュースです。〇〇県に通う女子高生が昨夜から連絡が取れなくなっていることが、家族からの通報で分かりました。女子高生は友人宅に遊びに行って、帰宅途中に行方が分からなくなったと見られています―――」
久しぶりにつけたテレビから気の重くなるようなニュースが舞い込んできた。疲れた日にそんな情報はいらない、今日は特に大変な日だったんだから。癒しを求めてチャンネルを変えても、私が求めている番組はない。
最近のテレビは面白くなくなったなー、とこの生活を始めてからずっと思っていることをつぶやく。
自分が面白いと思うことをやりたい。
思い立ったら行動の早い私は、すぐさま配信活動を始めた。慣れないうちは有名な配信者の真似事をして、タイトルもテーマも攻めた内容の動画を投稿することが多かった。心霊スポットに行くとか、大食いに挑戦するとか、そんなのだ。いわゆるオーラン系のありきたりなものばかりで、見返してみても面白さは少ない。
それでも当時は動画を投稿することに意義があると信じ込んで夢中になっていた。続けていけば、いつか素敵なことが私の生活に舞い込んでくると、そう思っていた。
年齢のわりに珍しく体を張った演出に好評で、いつしか「黒髪の配信者」として一部ファンがつくようになった。それからは好きな美容系の動画をやりたいと思いつき、学校からの帰りに化粧品を買い込んで、YouTubeやTikTokを見ながら昨日撮った映像の編集作業。終わったら来週公開予定の美容動画を撮り始める。そんなルーティンが生まれていた。
「これでいったい何件目になるんでしょうか?昨年の冬にも似たような事件が多かった気がします。被害者は決まって女性。女性の皆さんは特に帰り道に気を付けてください」
チャンネルの一周したテレビからは先ほどのニュースの続きが流れている。眺めていたTwitterにはニュースアカウントへのコメントがついていた。
「こわすぎ、うちの学校の近くなんだけど」
「どうせ女子高生にフラれた恨みの晴れないクソ野郎の仕業だろ」
「この子の配信好きだったんだけどな~、かわいい友達多かったし」
「被害者の方がかわいそうです。心から冥福をお祈りします」
「共通点は女性ってことだけなのかな?男だけどこういうニュースが続くと心配だ・・・」
「殺人犯に死を!」
見知らぬ人が好き放題にコメントを羅列していく。こういう光景も見慣れてしまったのか、一周回って面白くなってしまった。不謹慎なことはわかってるけど、自分に害のない野次ほどのエンタメはない。
理不尽なコメントも、愛のあるコメントも、反応してくれることには変わりないと気づいたのは最近のこと。現実では決して満たされることのない安寧。あたたかな居心地に酔い落ちていく感覚。
配信者としての私が、生活の中に居座っていた。
いろんな人からコメントが来るのは変な気分だったけど、知っている世界とは違っていた。この世界で生きていていい、そう言われているような安心感で心が満たされた。
+++
「あなたはボブの方が似合うの、切りなさい」
母親はいわゆるアイドルをやっていて、見た目には嫌というほど気を遣っていた。若々しさとフレッシュッさを彩るように軽妙なメイクを施され、かわいさを集めたような衣装に身を包んで元気いっぱいに踊っている当時の写真に写る姿は、今の私にそっくりだった。きれいな濡れ羽色の髪の長さ以外は。
「イヤ、長い方がきれいだもん」
「そんなことない!なんでいうことを聞いてくれないの!」
「だってママのカット、雑だもん」
「別に私が切るなんて言ってないわ。近くの美容室に行ってくれればいいの、ボブカットにしてくださいって。それだけでいいの!何なら知り合いの美容師を紹介してあげてもいいのよ」
「いらない、どうせおじさんじゃん」
「そんなこと言わないの!いいから行ってよ!」
「イヤ!」
待ってよアヤ!と背中に母の金切り声を感じながら階段を駆け上がり、ドアをロックする。
家での私の扱いは冷たかった。アイドル2世として育つのが当たり前であるかのように、若いころからSNSでさらされた私の顔は街行く人の興味をそそるようで、そこかしこで声をかけられた。友達と興味本位で始めたTwitterのフォロワーが急に伸びてからはもう露骨だった。
今日もかわいいね、これからどこに行くのかな?、一緒に遊ぼうよ、ウチに来ない?
自分よりもはるかに大きい男が友達といるのもお構いなしに誘ってくる。その先に待つものがわからなくても、ついていけば闇しかないということは子供ながらに想像できた。ボブにそろえた黒髪。小さな顔に大きな瞳。長いまつげの影を被って大人びて見えたのだろうか。すらりと伸びた手足を惜しげもなく見せびらかすような丈の短いスカートやガーリッシュなブラウスは、社会の何たるかを知った大人を狂わせるようで、好奇の視線が痛々しかった。服は母や母の知り合いだという男たちに押し付けられた、
どこに行っても犯されているようで気持ち悪く、寒々しかった。
「あなたは将来アイドルになるの。そう決まっているの」
しおらしい態度で泣きついてくる華奢な体は、アイドルの健康的な若さからはかけ離れて見えた。もっと食べるもの食べていれば、こんなにみすぼらしくならなかっただろうに。
言葉とは裏腹に日本人らしいつつましやかな生活を変えようとしない母親に飽き飽きして、一人暮らしを始めた私にとっては配信の世界が唯一の居場所だった。
+++
「こんにちは~。あれ、つながってる?聞こえてるかな、やっほ~」
黒のブラウスに黒のシースルースカート。自慢の長い黒髪を胸に下ろして、前髪もしっかり作っている。配信するときのいつもの格好、「黒髪の配信者」のできあがり。
「あ!こんにちは~、ちょんさんいつもありがと~。受験生さん、こんにちは~。みんなも挨拶ありがと~」
行きつけのカフェの隅、いつもの席。フロアの構造上外せない大きな柱が横にあって、他の客から見えづらいからよく利用していた。
「もうすぐ受験だよね、みんな頑張って!不安?わかる~、私も当時はすっごく勉強したな~。世界史用語集とか読むといいよ。教科書と併読すると本当にいろんなことが起きていたことがわかるの」
少しずつ数の増える視聴マークとコメント。普段は美容系をテーマにした動画投稿がメインだけど、たまにプライベート配信をすることもある。
場所は決まってこのカフェで、買い込んだ美容品を紹介することもあるけど基本はフリートーク。コメントに反応したり、休みに観に行った話題の映画の感想を言い合ったり、おすすめの参考書を教えたり。学校では清楚な委員長として、みんなの相談役になっていることがこういうところで役に立つとは思わなかったけど。
ウケるために特別なことをしていることは、特にない。ただ一緒になって他の配信者をのぞき見することが、ファンたちとの交流の中でひそかな楽しみになっていた。そこそこ好評で、この配信が視聴者を増やした一因だと思っている。だから配信は好きなことの一つだった。
「じゃあ、今日も誰かの配信を見に行きましょ~。できれば面白おかしい人がいいな~、最近暗いニュース多いもんね。みんなも知りたいでしょ?誰かよさそうな人知ってたらコメントしてほしいな~」
ちょっとだけ上目遣いでカメラに体を寄せる。ブラウスの上からわかりやすく女性のラインを出すと、猥雑なコメントが増えるけど、それと同じくらい称賛の声も上がる。等しく受け取りながら、その中に紛れたIDを拾ってもう一台のスマホで検索する。
「勝たんさん!じゃあ今日はこの人にしましょう、え~どんな人なんだろ~」
自分では見つけられない人も、ネットなら簡単に見つかる。使わずにいれば危険な目に合うこともない、なんてよく言われたが、慣れてしまえばどうってことない。自分の知りたい情報を知ることができるから、便利なツールは存在するのだ。
「え、大食い?さすがにそれはきついわ、よくあんなことやれっぺ。ウチは絶対無理、限界なんて知るもんじゃなし」
検索した先で超音波のような声を上げる配信者の顔がでかでかと映る。
「あ、音量大きすぎたみたい、ごめんね~」
下ボタンを押しながら、配信側の画面に向かって謝る。こういう正直な好感度稼ぎが、配信では意外と大事だったりする。
”勝たん”と名乗る配信者はその真逆だった。
黒い髪を振り乱しながら、当たり散らすように声を張り上げて意見を飛ばす。ニュースを扱いながら雑談をする考察実況系という肩書がお似合いな内容。取り上げるニュース自体が地方紙の片隅に載るようなものだから、何の話だか分からないし、雑談も言いたい放題の意見ばかりで支離滅裂だった。
「おお~なんか、すごい元気のいい人だね」
おっかなびっくり感想を言ってみると、コメントで同意を示す笑いマークがポンポンと送られてきた。
なぜこの人が面白いと思われているのかよくわからなかったが、次第にそのアグレッシブさがウケている理由だと感づいた。ぼさぼさになるほど必死になって大げさに意見を言う顔がアップになるたび、「いいね!」と「もっとやれ!」がコメントにあふれる。
「やけん!髪は染めたらいかんち、ウチは黒髪ロングを貫いてん!みんなも気付けて!」
一通り意見を言い終わった彼女は最後にニュースの出典元を共有して配信を終えた。自分の画面に向き直り時間を確認するが、開始からまだ30分しか経っていない。
ちょうど終わりに近かったのかもしれない。早いうちに見ていたら、もう少し配信の時間を稼げたのだけど。
「いや~、なんかすごい人だったね~」
他の配信者を見るのは1配信につき1回、最後に感想を言うのがお決まりの終え方だ。
「言ってることはなんだか難しくてよくわからなかったけど・・・。方言かな?知らない地名みたいなのが聞こえたから私の住んでる地域じゃなさそうだね。あとちょっとだけ暗いニュースだったから残念・・・。でも面白くしようと必死になってるのが、逆に面白かったかも!教えてくれた人ありがとね~」
先ほどまで見ていた配信者の顔を思い浮かべながら、フォローするように感想を述べる。さりげなく教えてくれた人へお礼も忘れないのも、”勝たん”とは反対だった。
「やっぱり今日もきれいだなー」
「一緒に見てたけど、動き激しすぎて内容入ってこんかった笑」
「こちらこそ!いつも化粧品紹介ありがたいです!応援してます」
「何この子、めっちゃタイプなんやけど」
「黒以外着ないんですか~?赤とか似合いそうなんだけどな~」
「さすが、マッドブラックの意見はみんなの気持ちを代弁してくれるな」
「また配信してね~、待ってるよ♡」
様々なコメント流れていくのを見ながら、配信停止のボタンに触れる。
「じゃあ、みんなありがとう~。また近いうち配信するね。最後!勝たんさんも、ありがと!さよなら~」
かわいげたっぷりの声で挨拶をして画面を閉じる。
冷めてしまったキャラメルマキアートを少しだけ飲み、荷物をまとめて立ち上がった。
「・・・甘っ」
***
おかしい、私は横になって寝ていたはず。自分のベッドで、お気に入りのジェラピケを着て。暖房をしっかり効かせた部屋で気持ちよく夢を見ていたはずなのに。
・・・そうか、これは夢なんだ!そうに違いない。
そうじゃなきゃ私がこんなところにいるはずないもん!
寒くて、狭くて、真っ暗な場所に立ってるはずないもん!
カタン・・・。
「!?」
何?何の音?真っ暗で見えない!何も見えない!もしかして目隠し?そういえば何となく頭が締められているような気がする・・・。それに手も足も痛いし、なんだかくらくらする・・・。
「あれ、起きたの?」
女の人?近くにいる気もするけど、やけに響く声・・・。
「起きてるとやりにくいからやめてほしいのよね。人ってどんなに拘束しても、最期を感じ取るとものすごい力で抵抗してくるんだもん」
何の話をしているのかわからない・・・、抵抗したいのに動かない。
「うぅぅ・・・」
「だから言ったでしょ?できないって。もしできたとしても、今の状態じゃおすすめしないけど」
何かが鼻先に触れた、布?かな。形はよくわからないけど、エンボス加工でもしてるのかな?その割には布のない部分もあるような・・・、シースルー?
「やだ、匂いなんて嗅いで。とんだ変態さんね。まあ現実のクソみたいな男子たちに比べたらまだかわいい方かな。私の美しさ、かわいさに憧れるのもわからないでもないけど、程度ってものをわきまえてほしいわよね」
すごくはっきりした、言い聞かせるような強い声。これはあれだ・・・、教室で一人はいた委員長タイプ。口うるさくて、規律に厳しくて。自分だって自由にしてるくせにテストの成績がいいからって先生たちに優遇されて。
清楚な乙女の皮を被った、腹黒い女だ。
「あんた・・・、だれ・・・?」
「言うつもりはないわ、だってあなたはこれから死ぬんだもの。せっかくきれいな髪で生まれてきたのに残念ね、女の髪は命だって教えられなかったの?別に染めたっていいのに、よくわからないプライドなんて持っちゃって。そのくせちゃんとケアしないからぼっさぼさ。同じ黒髪ロングとして残念。配信に必死になるうちに美意識も配っちゃったのかしらね、女の風上にも置けない最低な女よ」
「ずいぶんと・・・言いたい放題ね・・・」
「あなたの配信見たわ、ひどいものね。テーマと結びつかない意見、あけすけな媚、ただただ不快でしかない高い声。ロックミュージックでもないのに頭振り回してバカみたい・・・、いやバカなのよね」
「・・・ひどっ」
「あなたの方がひどいもん!あなたほど黒髪の似合わない人は見たことないもん!」
・・・何この女、急にヒスっちゃって。・・・ダメ、悪態付きたくても、ボーっとしてきて言葉が出ない。・・・口が回らない。・・・頭が熱い・・・、なんだかすーすーする。
カタン・・・。
また何かの音がする、近い。頭の上・・・?
「だから私はあなたのところに来たの!黒髪が似合わないなら別の色にすればいいの!知ってる?人っていろんなベース色があるけど、みんな自分の色を知らないんだって。でも安心して!誰にでも似合う色を私知ってるの、今日の視聴者さんも言ってくれてた!何色だと思う?」
うるさい・・・、キンキン響くから・・・、これ以上喋らないで・・・。
「赤!そう赤よ!赤色!山の赤、海の赤、道の赤。どこにあってもすごく目立つから素敵よね!いいと思う、目立ちたいって思う気持ちは誰にでもあるもんね。だから私考えたの、あなたの髪色を真っ赤にしてあげようって。でも私は美容師じゃないじゃない?美容配信者やってるけど、趣味の範疇だし。自分で染めたこともないからどれがいいかもわかんないの」
どんどん声が大きくなっていく・・・のに、何のことを言ってるのか全然わかんない・・・。
「着色料をそのままつけるのもかわいそうだし、って考えてたら思い出したの。子供のころ髪を切ってもらったとき、ちょっと頭に刃が当たっちゃって血が出たんだけど・・・染まっていく自分の髪がとても深く輝いて・・・まるで深海の宝石を見つけたような気持ちになったの」
カタン・・・、また頭上で音がする。
「だから、あなたの髪も血で染めてあげようと思ったの、最高でしょ!もちろんあなたの血でね。安心して、すぐには死なないように傷口は浅めにしてるから。ちょっとだけボーっとしたり意識が遠くなったりするかもしれないけど、血が溜まるまでの辛抱よ。美しくあるためには時間が必要だもの。あなたの頭の下にある鹿威し。この子は量にも回数にも嘘をつかないの、賢いでしょ?1回音が鳴って100ml。15回鳴ってようやく、あなた専用のカラー剤が出来上がるのよ。残念ながら血をカラー剤として使うには色が濃すぎるから、ちょっと工夫しないといけないんだけど、せっかくあなたの血で染めるのに密度が変わっちゃもったいないわ。だからカラー剤10回分の量が必要なんだけど、こればかりは許してね。美しさに関しては手は抜けないの。あ、髪については心配しないで!色が定着しやすいように全部抜いて丁寧にブリーチしているところだから!こうすれば血も出せるし、髪もしっかり染まるし、いいことづくめ、私ってば頭いいわね!」
カタン・・・、また音が鳴った、何回目なんだろう、もう数えてない・・・。
「髪質はきれいに整えてるわ。女の髪は命、最期まできれいでいたいもんね。あなたの言葉に間違いはないわ、髪は染めたら終わりなのよ。女が美しいのは黒髪だけ。・・・でも美しくない黒髪はいらない、美しい黒髪しか・・・」
カタン・・・。
息がつまって、よく聞こえない・・・。なんのはなしをしているんだろう・・・。
ふと、今日の配信を思い出した。
何年か前の地方紙の小さな失踪事件。黒髪の女性が狙われて、連続犯の疑いもある事件のニュースの後には、暗い話題を吹き飛ばすような楽しそうな特集が決まって組まれていた。
こぞって組まれていたのは美容。誰もが手軽に配信してコンテンツを投稿できる時代において、配信者の見た目は視聴者数を増やす重要なファクターだ。
ブランド物で身を固めるきらびやかな男性、背景の漫画棚がオタクであることの証左であるようにまくしたてるおじさん、友達や彼氏との食べ歩きを幸せそうな音楽とともに編集しているカップルたち、統一感を出すためか美容商品以外を白や黒のモノトーンで揃えた女性。
誰もがきれいに着飾っているのを見るのが嫌で、タイムラインを見るのをやめたのに、情報ソースであるニュースからも美意識を押し付けられるのに耐えられなかった。
伸ばし放題の黒髪を振り乱して、自分の思った感情を見知らぬ人にぶちまけるのは快感だった。どうせ会うことはないんだから。そう思ってからは、どんなに小さなニュースも取り上げて、言いたいことを言いたいだけ言いまくって、狂ったように配信をし続けた。
「だからあなたを見つけたとき、教えてあげなきゃって思ったの。きれいでいる気がないなら、黒髪なんてやめた方がいいよって。なのに誰も理解してくれないの、同じような人がどんどん出てくる。だからあなたはちゃんとみんなに教えてあげてね」
急に耳に自分以外の声が響く、先ほどの女の声だ。
なんで、急に回想なんか・・・、私、もしかして死ぬのかな・・・?
カタン・・・。
「あれ、聞こえてる?やっほ~?まだ配信停止出来ないのに、髪染める前に死んじゃだめだよ。配信ってのはそんなに甘い覚悟でやっちゃダメ」
薄れていく意識の向こうで、女の顔が目の前で止まった。
目隠しが外さる。
急激に照らされた光の中で浮かび上がる濡れ羽色。妖しく光る髪は丁寧に手入れがされていて、内側でらんらんと光る瞳の黒と同じように輝いていた。
「・・・まあいっか、ちょうど血も溜まったし」
にこやかな笑顔は、アイドル雑誌にでも載っていそうなかわいらしさだった。
「始めよっか、あなたの黒髪卒業記念だよ。”勝たん”さん♡」
***
「―――次のニュースです。またしても女性の失踪事件が起きました。被害者女性は長い期間自室から出てこない、いわゆる引きこもりだったそうですが、普段はきれいに食べられている食事が部屋の前にそのまま置かれており、不思議に思った母親が扉を開けたところ女性がいなくなったことが分かったそうです。当日は被害者女性以外の家族は出払っており、争った形跡はないものの玄関をこじ開けられた形跡が見られたということです。警察は強盗、誘拐も視野に入れて捜査を進めています」
夕暮れの空がカーテンの隙間から覗き見える。
テレビからつまらないニュースが流れてきて、せっかくのたそがれ気分が台無しだった。たまにはニュースを見るのもいいかなと思ってつけてみても、大して大きな収穫があるわけじゃない。失踪事件については昼の時点でタイムラインが騒いでいたし、今更だった。「大変な一日だった」報告は大事かもしれないけど、視聴者はそんなものよりも癒しを求めているはず。
だって私がそうなんだから。
「―――続いて特集です。またまた新しい化粧品が出ました!女性の皆さん、この冬の乾燥を乗り越える心強い相棒の誕生ですよ!」
おっ、と身を乗り出す。ダイニングテーブルに並べられた料理が揺れる。グラスが倒れて、中に少しだけ残っていた液体が跳ねた。
「あ、も~またついちゃった」
横に置かれたティッシュで手早くたたく。
「黒でよかった~」
白だったらきっと目立って取れなかっただろう。子供のころは白い服が多かったけど、一人暮らしを始めてからは黒しか着ていない。おかげでシミには悩まされなくなった。
配信を始めたころの視聴者からの愛称は”マッドブラック”。
狂ったように黒しか着ないからだろうか?不思議と嫌な響きではなかった。
そのおかげか、たくさんの視聴者に支えられて配信者として生活することができている。好きな美容についても詳しくなったし、私を褒めてくれる人を実感できるのは悪くない。くだらない説教を垂れる教師を手玉に取ったときのような気持ちよさがあった。
「乾燥するのは肌だけではありません!ドライヤーやパーマ、染めるなどで傷ついてしまった髪は特に乾燥しやすい!女性の命ともいえる髪、大事にしたいですよね?」
「したいしたい~!」
聞こえるはずのない合いの手を入れるのも、視聴者との何気ないやり取りへの反応に役立っている。
いつだって配信が私のよりどころだ。
「明日はみんなにこれ紹介しよーっと」
テレビ画面に出てきた商品情報をメモに取り、電源を落とす。
自慢の黒髪が、真っ暗な画面に反射して黒々と輝いて見えた。
黒髪の乙女 松竹梅 @matu_take_ume_
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