第23話 陰陽師との初戦

 白夜は男らに向かって地を蹴った。

 入り口が塞がっていては妖狐が出られないからだ。

 そこでいくらか体勢を崩してくれれば良かったが、男らは機敏な動きで大きく真後ろに飛び退いた。

 その隙に妖狐が天に弧を描きながら、それぞれの屋根に着地する。

「おまえたちは戻れ!」

「白夜は!?」

「うまく逃げるから大丈夫!」

「ええ。陰陽師とは戦っちゃだめだって、玉藻様がいつも言ってるのにい」

「ちょっと時間を稼ぐだけだよ。さあ、行って!」

「ちゃんと帰ってきてねえ」

「わかった! 悪いけどこいつも頼む!」

 黒姫はつかまえていた土蜘蛛を天に放り投げた。

 妖狐たちは宙を舞う土蜘蛛に飛びつき、つま先でぽんと蹴り上げた。両脇に土蜘蛛を抱えているので、蹴りながら運んでいくしかない。

 妖狐が蹴って、また違う妖狐が蹴り上げる。

 夜空に赤い斑点をした黒く丸まったものが、ぽーんぽーんと浮かんでは沈み浮かんでは沈む。

 その光景を地上から見上げる男はくつくつと笑う。

「器用な奴らだぜ」

「土蜘蛛を蹴鞠代わりにするなんて悪趣味だわぁ」

 対し、目の細い男は眉根を寄せた。

「まあ、いいじゃねえか。本命はこっちに残ってくれたみてえだし?」

 男が白夜を振り向いた。

 (さあ、どうしよう)

 屋根の上に佇む白夜は二人を見下ろす。

 本当なら妖狐たちと一緒に戻りたかったが、全員で向かってしまったら、彼らをお館様のもとへ案内してしまうことになる。

 だから囮となってここに残ったのだが……

 お館様には陰陽師と戦うことは禁じられているし、せめて辻が閉じるまで時間を稼がなくては。

 二人は地を蹴って同じ屋根にのぼり、白夜を左右から挟み込んだ。

「初めて見る鬼だな」

「そうですわねぇ。わたくしも初めて見ましたわぁ」

 白夜は面の奥で顔をしかめる。

 妖狐たちも語尾が間延びするけど、こいつの場合はねっとりとした話し方で三日月型の目と相まって肌がぞくりとする。

「変なしゃべりかた」

 ぼそっと白夜がつぶやくと色白の男が目をひんむいた。

「あなたぁ失礼ですわよ! 公家の出と言うのは、こういうものなのです。品のあるしゃべりかたですのにい」

「おれもおまえのしゃべりかたは気持ち悪いと思うぜ」

兼嗣かねつぐ。あなたも公家ではありますけれど、武家の出なのでぇ粗暴なのですわ。ほほほ」

「よく言うぜ。おまえんとこの親父さんはおれのように男らしく育って欲しかったから、剛範たけのりって名前にしたんだろうが」

「ちょっと! その名前で呼ぶのやめてもらえますかねぇ!」

 剛範たけのり……確かに男らしい名前だ。

 でも、この三日月の目をした男はよく見れば青みかがった紅をひいている。まさか女の子になりたい願望でもあるのだろうか。

 白夜はさらに顔をしかめた。

 見た目と名前の差異ギャップが酷い。

 そんなことを思っていると剛範がびしっと指をさし、

「あなたぁ。わたくしのことはともえと呼ぶのですよう!」

 と涙ながらに訴えた。

「剛範でいいじゃない」

「よくありませんっ、巴はわたくしの幼名なのですけどねぇ。とても品があって美しい名前だとは思いませんかぁ?」

「剛範よりは綺麗な響きだね」

「そうでしょう! あなたぁ、話しのわかる鬼ではありませんかぁ。このまま見逃してあげたいところなのですけどねぇ。残念ながらそうもいかないのですよぉ。ごめんさいねぇ」

 にやっと巴が笑いを貼りつける。

 同時に銀色の糸が束になって白夜めがめて伸びた。

 土蜘蛛のものとは違い、太くてしなやかな動きをする。まるで水流のようだ。

 とんと屋根を蹴ってそれを躱したが、糸は軌道を変えて追い打ちをかける。

 右へ左へ前へ後ろへ器用に躱し続けてみたが、速い。つま先が着地したそばから伸びてきて、また宙を飛んだら、しゅるるっと上半身を巻き取られて身動きが取れなくなってしまった。

 淀んだ夜の空に白夜の体が吊し上げられる。

 巴はにたあと唇を裂いて笑ってみせた。

「ほほほ。わたくしの念糸を土蜘蛛ごときと一緒にされては困りますねぇ」

「成仏しな」

 目の前にぎらりと輝く瞳があった。兼嗣かねつぐと呼ばれた男である。まばたきする暇すらなかった。

「破っ」

 一枚の札が火炎の大球へと変化し、目の前で弾けた。

 周囲の大気が歪むほどの衝撃と爆音が夜空に鳴り響く。 

 勢いよく首が後方にふれたが、なんとか体からは離れなかったようである。巴の糸は断ち切れ体は大きく後方に吹き飛んだ。

 まるで水切り石のように、何度も屋根に体を打ちつけて跳ねる。

 瓦を粉砕し檜皮葺を木っ端微塵にして、徐々に勢いを殺しながら都の端まで白夜の体は吹き飛んだ。

 ぱらり……と家の壁が崩れ落ち、白夜の体はよくやく動きを止めた。

 仰向けに転がる白夜の面に亀裂が入り、左右にぱくりと割れて落ちる。かくんと首を落とした白夜の額には縦に大きな傷がはしっていた。そこから、つうと血が垂れる。

 (いった……)

 しばらくした後、よくやく意識が浮上した。

 白夜は睫毛をふるわせながら、ぼんやりと目を開ける。

 これほどの衝撃は未だかつて経験したことがない。

 陰陽師というのは、こうも強いものなのか。そりゃあ、逃げろというわけだ。

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