第22話 妖狐たちとの協力戦

 妖狐たちは確かめるように、手のひらを握ったり開いたりしている。

「これならたくさん捕まえられるねえ」

「そうだねえ」

「ちょっと動きにくいけどねえ」

 言うなり、人型となった妖狐たちが動いた。同時に白夜も動く。

 土蜘蛛が糸を吐きだした。この土蜘蛛、尻と口から糸を出すことができる。十匹が同時に糸をだし、その数二十本。

 それを間髪入れずに次々と出してくるため、瞬く間に部屋は糸で満ちる。それを白夜の背後から伸びた黒姫が切る。切る、切る、切る。

 一瞬できた空間に妖狐が飛び込む。真横からまた糸が伸びる。黒姫が薙ぎ払って防ぐ。

 加えて剣を構えた白夜が部屋を駆け回り、張り巡らされた糸を広範囲に断ち切っている。

 その攻防は、もはや人の目ではとらえられぬ。

 家屋の中を時たま光る無数の白い糸と刃のように鋭い闇が縦横無尽に動き回り、その中を薄桃色の被衣が踊るように舞う。

 妖狐たちは作り出される隙間をくぐっては土蜘蛛に迫る。時には己の爪で迫り来る糸を断ち切る。とらえようとすると土蜘蛛が素早く動く。その先には新たな糸。まるで鬼ごっこのようだ。

「待ってえ」

 妖狐も必死だ。行く手を阻まれて動きを止めると尻尾が糸に絡みつき、宙ぶらりんとなる。

 それを瞬時に黒姫と白夜が断ち切る。

 終わりのない攻防に思えたが、黒姫の方がやや速さが上回る。徐々に糸のない空間が広くなり始めた。

 白夜が剣を振り下ろした直後、妖狐が土蜘蛛をとらえた。黒姫が糸を断ち切り、妖狐がつかまえる。

 とらえた土蜘蛛がまた糸を出さぬように、黒姫がしゅるりと土蜘蛛に巻きついた。

 その隙に妖狐が術を切る。

 ぽんと目の前に葉っぱが現れて、それをぺたりと土蜘蛛に貼り付けた。

「もう、大丈夫だよう。黒姫、ありがとう〜」

 睡眠の術である。これを貼っておけば、ずっと眠ったままだ。

 その辺に転がしておいても良かったが、まだ仲間がいるから術を解かれたら元通りになってしまう。だから脇に抱えたまま動く。

 それを幾度となく繰り返し、妖狐が抱える土蜘蛛が一匹から二匹となり、三人の妖狐の両脇に土蜘蛛が収まった。

「残り、四匹!」

 戸口に立つ妖狐たちにちらりと目をやって、白夜は次の獲物へと向かう。

 ここまで来れば糸の数もそれほどではない。いまなら黒姫の手数の方が蜘蛛の糸より多い。

 剣を凪いだそばから黒姫の手が伸びて土蜘蛛を巻き取り、そこに妖狐が飛びついて葉っぱをぺたり。

 そこからは、あっという間だった。

「ふう。ようやく終わった。疲れたね……」

 白夜はドサッと腰を下ろした。

 背後では黒姫に巻取られた土蜘蛛が四体、浮遊していた。

「殺すのは簡単だけど捕まえるのは難しいよねえ」

「難しいねえ」

「難しいねえ」

「でも、楽しかったねえ」

 一人がそう言うと、妖狐たちは声をたてて笑った。白夜も笑みをこぼす。

「けっこう時間くっちゃったな」

 こりゃ大目玉を食らっちゃうなあ。

 帰ってからお館様と玉藻に怒られることを想像してげんなりとした。

 正座をして軽く一時間は説教を聞かなければならないし、その合間合間に特大の拳骨も落ちる。

「早く行かないと辻が閉じちゃうよう」

「白夜、早く帰ろう〜」

 妖狐が袖を引っ張る。

 白夜はため息をついて、頷いた。

「うん。行こう」

 戸口をくぐった矢先、

「おや」

 ばたり、と人間と遭遇した。立烏帽子を冠し、紫色と浅葱色の直衣のうしを纏った男が二名。

 顔を突き合わせるほどの距離で鉢合わせしてしまい、互いに慌てて動きを止めたのであるが。

「鬼か?」

 浅葱色の直衣を着た方が目を光らせた。

 年は十七、八。少し日に焼けた健康的な肌に太い眉。体つきも白夜よりしっかりしていて体術に自信のありそうな男だ。白夜を真っ直ぐにねめつける瞳は大きく、野生の獣を思わせる鋭さがあった。

「後ろにいるのは妖狐ですかぁ」

 紫色の直衣を着た男は両脇に土蜘蛛を抱えた童に目を細める。

 こちらは不健康そうな青白い肌をしている。細められた目元は三日月を思わせ、薄い唇がにんまりと笑う。秀麗な貌の男だが、なんとも不気味な笑いかたをする。

 隣の男と年はそれほど変わらないようだが……

 白夜は警戒心を跳ね上げる。

 妖狐を見ても怖じ気づかないなんて普通の人間じゃない。

 それに、まったく気配に気づかなかった。

 感知能力には長けた白夜である。いくら妖力のない人間といっても気配くらい察知することはできる。

 ――もしかして気配を消してきたのか?

 そこまで考えた時、男らが二本にそろえた指で素早く印を切った。

 白夜は目を見張る。

 印が結ばれる間際、わずかに生み出される霊力を感じたからだ。

 (陰陽師か!)

「逃げろっ!」


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