第20話 辻参り
二条大路と大宮大路の交わる辻には百鬼夜行が現れるという。
いにしえの陰陽師たちは都の四方に神を祀り、結界を施した。
本来、その強固な守りによって悪しき者は都に入ることができないはずであった。
しかし陰と陽の気の流れは季節や時間によって都度変化する。
時には陽を押さえ込んで陰の気が溢れる時もある。
そんなときは小さな歪みから鬼が入りこむ。
今日もまた鬱々とした陰の気が都を覆っていた。
空は黒ずみ、暗雲が立ちこめる。
そよ風すらない夜は生暖かく重い空気で満ちていた。
どこもかしこも濁った闇が埋め尽くし、辻の少し奥からひときわ濃い闇が出現した。
ぼっ…ぼっ…と青い炎が灯り、二匹の天狗が姿を現す。
続いて、ぎぃっ……と車輪を軋ませて黒い牛車が頭をだし、異形なるものたちが姿を現した。
目尻に紅を引いた狐の面を被ったもの。
額から鼻にかけて鬼の面をかぶるものなどだ。
顔の半分を面で覆ったものは白夜であった。
白い面で額には金色のツノが二つある。
「なんでこんなもの……」
「素顔を見られないようにするためです」
牛車を挟んで、狐の仮面をかぶったもの――玉藻が答える。
そのまわりを三匹の白狐が歩んでいる。あの洞穴にいた子供たちである。
二つや三つに分かれていた尾は、みなそろって五つになった。
そうなれば、「辻参り」に参加できるのだそうだ。
白夜は三年前から参列している。お館様からお屋敷に部屋をもらった年からだ。
まさか自分が百鬼夜行に並んで歩くことになるなんて、あの時は思わなかったけど。
「別に見られたっていいじゃない」
「最近は陰陽師の動きが活発的だと聞きます。これほど大勢のあやかしがいますし、辻参りに手を出す愚かな陰陽師はいませんが、我らは時に都に潜伏することもあります。できるだけ隠しておいた方がよいのですよ」
「ふうん」
白夜は気のない返事をして辻を歩む。
まだ会ったことはないけど、陰陽師というのはあやかしとは違い、人たる霊力をもって攻撃をしてくる連中のことだ。
あやかしを目の敵にしているらしく、呪文や印、呪符など。様々な攻撃方法で仕掛けてくる。
玉藻には会ったら逃げるようにと何度も言い聞かせられてきた。
お館様まで口を酸っぱくして言うのだから、よほど面倒な相手なのだろう。
ぼんやりと考えていたら後頭部につぶてが直撃し、反射的に頭を押さえて牛車を振り返った。
「いった! 何すんだよ、ばか天狗!」
「誰が、ばか天狗だ! お館様と呼ばぬか!」
牛車の台座から簾を持ち上げて身を乗り出したお館様を薄らと涙を浮かべて睨みつける。
お館様もまた素顔ではない。額から鼻にかけて面をかぶっている。鼻は長く、面は黒い。
厳しい目つきと上に反り上がった眉は作り物であるが、表情だけで言えば本物とあまり大差はないと思う。
「辻参りの時は静かにせよと、いつも言っておるだろうが!」
「口で言えばいいだろ! なんですぐに頭をぶつんだよ!」
「言ってもわからんからだ!」
「ふん。つけっ鼻なんか、つけてるくせに」
ひゅんっ、とまたつぶてが飛んできて脳天を直撃する。
「もう一度言ってみろ。その首ここで跳ねてやる」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人に玉藻はこっそりとため息をもらす。
「あやかしは歳月を重ねて力が増すほど姿形が人に近くなると、あれほど言って聞かせたのに……」
「辻参りには品が必要だって、お館様は仰っていなかったかなあ?」
ぼやく玉藻の後ろでは妖狐が隣の妖狐にたずねていた。
「でも、いつもこうだよねえ」
「そうだねえ」
というふうに二人以外は静かに歩みを進めるのであった。
ふいに闇の中から一匹の袈裟を纏ったネズミがやってきた。
それを見たお館様が舌打ちをして簾を下ろしたので、白夜は頭をさすりながら手を差しのばす。
「おいで。一緒に行こう」
袈裟を着たネズミは「ちゅん」と鳴いて列の後ろへ回った。
その後も一行を包む炎に吸い寄せられるように、一匹二匹とあやかしが姿を見せては列をなす。
辻に白夜たちが姿を現した時、その数は両手で足りるほどであったが、いずこから生まれでた鬼が列に並んで数を増やし、いまや最後尾を見てとることもできない。
こうして都に生まれ出た鬼を抱えて黒羽山に連れ帰る。
それを管理するのがお館様の役目であり、そのために百鬼夜行は行われる。
しかし、それらの鬼たちは運よく百鬼夜行を見つけることのできた者たちであり、時には気付かず都に置き去りにされる者も……
そろそろ百はいきそうだなと思った時だった。
白夜の鼻がすんと鳴き、鬼面の奥で瞳が西へ動いた。
「いる……」
白夜は地を蹴った。
水干をはためかせ頭上を舞った白夜に玉藻が目を丸くする。
「なりません、白夜!」
続いて黒天狗が簾を蹴り飛ばす。
「戻れ、馬鹿者!」
「すぐ戻る!」
薄桃色の被衣を風に広げ、白夜は振り返って叫んだ。
屋根を駆けては飛んで屋根を駆けては飛ぶ。
辻参りの列が後方に消えたのはあっという間のことだった。
「あの馬鹿が! いつもこうだな!」
「まったくです。置いてゆけといつも言っているのですが」
「玉藻、おまえも……」
「いいえ。わたしはお館様をお守りする役目がございますから。あの子達がついて行ったので大丈夫でしょう。何かあれば知らせがきます」
黒天狗はぎりぎりと歯ぎしりをして白夜の消えた方角を睨む。
表情こそ面で隠れていたが、玉藻も不安そうな顔を浮かべた。
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