第15話 黒姫の使い方

 ふと目が覚めた。

 ずきずきとする頭をさすってみれば、触れるのも躊躇われるほどのたんこぶができていた。どうも拳骨を食らったらしい。

 飛んできたのも見えなかったのに、あれじゃ防ぎようがない。本当に短気なお館様である。

「死んだらどうされるつもりなのですか! まだ白夜は子供なのですよ!」

「加減はしたに決まっておろうが!」

「意識を失わせておいて、何が加減ですか!」

「あれが弱すぎるのだ!」

「あなたが強すぎるのです! 馬鹿も休み休み言ったらどうなんです!」

「なんだと!」

 まるで夫婦喧嘩のような会話が飛び込んできた。玉藻が目をつりあげてお館様を叱り飛ばしている。

 ついおかしくなって笑いをこぼすと、玉藻がこちらに気がついた。

「白夜! もう大丈夫ですか?」

「うん、すんごく痛いけど」

 駆け寄ってきた玉藻が心配そうに頭をのぞく。

 小狐たちに桃を分けているからだろうか。最近、玉藻は優しくなった。

 最初、警戒して寄りつかなかった子狐たちは、いまではだいぶ懐いてくれるようになった。その場で桃を食べるし、話しかけてくれる。

 そう。あの子狐は妖狐といって、やはりあやかしなんだけど、しゃべれる狐だった。

 妖狐たちは他のあやかしと違って知力が高いので、攻撃してくることもない。

 妖術で色んな物を作り出せるし、それを凄い凄いと手放しで褒める白夜を妖狐たちは気に入ったらしい。ここ最近、妖狐たちの遊び相手はもっぱら白夜となっていた。

 そうして過ごしているからか、玉藻の目にも白夜が子供らの一人として映ったのかもしれない。

「こんなに腫れて……可哀想に。お館様の失態とはいえ、お詫びをしなければなりませんね。あなたが寝ている間に料理を作ったのです。人間の食べ物はよくわかりませんが、気に入るはず。食べて行きなさい」

「本当に? 嬉しい!」

 奥から赤ら顔の天狗が盆を持ってやってきた。

 目の前に下ろされたそれを見て、白夜の顔が凍り付く。

 ご飯と味噌汁がある。ご飯は麦飯ではなく白米だ。

 もう何年もご飯を食べていなかった白夜としては、涙がでるほど嬉しいものだったが……

 なぜか、ご飯の上に皮の剥かれた桃がごろんと乗っていて、味噌汁の中にも桃がぷかりと浮かんでいるのである。

 不貞腐れた顔のお館様がにこにことする玉藻の背後から盆をのぞき、目を丸くした。

「くくく。おいしそうじゃないか。せっかく玉藻が腕によりをかけて作ったのだ。残さず食べろよ、白夜」

 唇をつりあげ、肩をふるわせるお館様。

 お館様はきっと、これが正しい組み合わせじゃないってわかってる。

 そう悟って頬をふくらませたが、「さあ、召し上がれ」と笑顔を浮かべる玉藻に何も言うことができず、果汁の染みこんだ甘いご飯と不自然に甘さと塩っ辛さが調和された味噌汁を半ばやけくそに流しこんだ。

 その後、調子の悪くなった腹をさすって恨めしそうにお館様を睨みつければ、

「おまえが守りに入るから黒姫も防御ばかりするのだ。倒したいなら攻撃するしかあるまい。桃とて黒姫に取ってもらっておるのだろうが」

 と鼻で笑われた挙げ句、具体的な方法を教えて貰うことはできなかった。

 最後に「明日も待っておるからな」とまで言われて、目をつりあげて戻ったのである。

  

 そうして今日もまた餓鬼と対峙した白夜の顔には恐れなど微塵も浮かばない。

 昨日の雪辱を晴らすべく、取り囲む餓鬼を睨みつけていた。

 その根源にあるのは、お館様への怒りである。

「攻撃すれば倒せるだって? そのやり方がわからないって言ってるのに!」

 桃を取ってくれるのと攻撃を仕掛けるのとじゃ別物じゃないか!


 ぎゃぎゃぎゃ!


 餓鬼が笑い、指先が動く。怒りのおかげで怯えはないが、防いでばかりでは昨日と変わらない。

 白夜は鼻で笑ったお館様の憎らしい顔を思い出し、襲い来る攻撃にじっと耐える。痛さに奥歯を噛みしめ、切り刻まれる皮膚を守ることもしない。

 じっと耐えて、耐えて。耐えて耐えていたら腹が立ってきた。

 この小さい米が鬱陶しくなってきたのだ。

 (ただ笑って米を投げるしか能がないくせに!)

 何もできないと思って笑ってるんだろうけど、こちとら半分は人間なんだ。

 弱いものいじめなんて最低じゃないか。

 そう思ったら怒りがこみあげる。

 倒し方がわからないならそれでいい。

 全身血だらけになって歩けなくなっても、ここにいる全員倒してやる!

 そう心に決めて拳を振り上げた。 

「このっ、馬鹿野郎――ッ!」

 まず手始めに一番近くにいた餓鬼に拳を振り下ろそうとした時だった。 

 ザシュッ!

 餓鬼の体が黒い何かで貫かれた。槍のように細く鋭利な形状となったそれは、白夜の背中から生えた黒姫であった。

「え?」

 それを見た白夜は目を丸くする。

 一番驚いたのは白夜であったが、周囲の餓鬼から笑いが消えたことをみれば、彼らもまた絶句するほど驚いたのだろう。


 ――おまえが守りに入るから黒姫も防御ばかりするのだ。


 いまになって、ようやく意味がわかった。

 黒姫は勝手に動いているのではなく、白夜の意思に基づいて動いていたのだ。

 桃が欲しいと思ったから取る。怖いと思ったから守る。倒すと思えば攻撃に転じる。

 確かにお館様の言っていることは正しかった。正しかったけど。

「もっとわかりやすく教えてよね、お館様の馬鹿――ッ!」

 白夜の背後で黒姫が咲き乱れる。白夜を中心とし、円形に広がった無数の矛は一斉に餓鬼を貫いた。

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