第10話 あやかしからの攻撃
桃はまだ手元にたくさんある。
どうせ今日もお館様に頼みに行こうと思っていたし、また寝床を通らなければならない。
それならあの狐たちにも桃を持っていってあげよう。
「お館様にも……持って行ってあげようかな。そうしたら心をよくして頼みを聞いてくれるかもしれないし」
小さな腕に、ありったけ桃を抱いて立ち上がった。
いっぽ歩むごとに桃がこぼれそうになる。それをよいしょと真ん中に寄せて、また歩む。
草原の半ばころまで戻ってきた時だった。
不意にちくりとした痛みが頬にはしった。
最初は気のせいかと思った。少しひりひりする頬を肩でこすってまた歩む。
また、ちくっと痛みがさした。今度は首筋だった。首をかしげてまた歩んだ。
次は小袴からのぞく、ふくらはぎだった。
「いたっ!」
それは思わず声をあげてしまうほど痛かった。
びくっと体が跳ねて桃が腕から転がり落ちた。
一つこぼれると雪崩のように二つ三つと転がり落ちる。もう腕の中には、ほとんど残っていなかった。
「あーあ」
しかたなく、いったん抱えていた桃を地面に置いた。
(蜂にでも刺されたのかな?)
少し屈んでふくらはぎをのぞいてみると、すぱっと肉が横に切れていた。まるで刀で切られたような切り口である。
白夜は心底驚いて、そっと傷口に触れてみた。さらに驚くべきことに血がでている。
出血があれば人間らしさを感じられる。もしかしたら死ねるかもしれないと期待もできる。
だけど原因不明の痛みを伴う出血はただ不愉快でちっとも嬉しくない。
しかも、いくら待ってみても傷口が塞がらない。
「なんで……?」
自分でやったときは傷つけたそばから塞がっていたのに。
もしかして人間に戻ったのだろうか。
この傷はいったい、どうやってついたの?
しきりに首を傾げていると茂みの奥からガサガサと音がした。
風はそれほど強くないのに草が大きく揺れている。何かいるのだろうか。
不思議に思ってじっと見ていたら、ぎゃあぎゃあと鳴き声がした。
しかも一匹ではないらしい。
呼応するように増えていき、あっという間に大合唱へと変わり果てた。
ぐるりと周囲を囲まれているようである。
鳴き声は次第に大きくなり、鼓膜だけでなく全身に突き刺さって鳴り響く。
あまりに耳障りな音。ついに耐え切れず、白夜は耳を塞いだ。
「なんなの?」
これも鬼なんだろうか。
途惑う中、がさがさと揺れる草の間から小さな鬼が一匹、姿を現した。
身の丈は白夜の腰ほどであろうか。頭はつるつるで手足は細いのに、ぼろぼろの腰巻きの上には不自然にこんもりとふくれあがった腹がある。西瓜より大きな腹だ。
にやりと笑った口から尖った歯がびっしりとのぞき、だらだらと涎が垂れていた。
それが一匹二匹……ぞろぞろと現れて白夜を取り囲む。
ぎゃぎゃぎゃ!
一匹が白夜を指さして笑った。それにつられてみんな笑う。
うちの一匹がぶんっと指先を振った。そこから何かが飛ぶ。とても小さい何かだ。もの凄い速さで飛んできたそれは白夜の腕をかすめた。また鋭い痛みがはしる。反射的に顔を歪め、腕を押さえた。
少し堪えてから、そろそろと手を開いてみる。肉のない白夜の腕を切り裂いて、小さな切り傷がついていた。
ふくらはぎについた傷より小さくて浅い傷。それなのに、やはり傷が塞がらない。
そばには一粒の米が落ちていた。古くて黒い米だった。これを投げられたのだろうか。
「なに? やめてよ」
目にじわっと涙が滲む。言葉が通じるか分からなかったけど痛いものは痛い。
頼んでみたけど、やっぱりダメだった。
小さな鬼たちはこぞって指を振り、古米を白夜に投げつけた。
顔や手足に、たちどころに切り傷が増えていく。
「やめてって!」
白夜は身を屈めて叫ぶ。どうしてこんなことをするの。痛い、痛い。痛いよ!
ふいに降り注ぐ米の嵐がやんだ。
鬼の下卑いた笑い声が消え失せ、突然静けさが降ってきた。
「え?」
恐る恐る顔を上げてみると目の前に闇があった。
つい先ほどまで太陽の陽がさしていたはずなのに。いったいなぜ。
よく見てみれば、夜より深い闇が白夜のまわりをぐるりと囲んでいたのである。
ただし、それは不動たる闇ではない。晴れ間が闇に変わったのではない。
まるで回遊魚のように、猛烈な速さで白夜の周囲を回り続ける黒煙だった。
それが攻撃を弾き、盾となっているのだ。
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