巨大化した歯磨き粉

鮭さん

第1話

 朝起きると歯磨き粉がない、つまり盗まれていた。これは寝ている間に何者かが私の部屋から歯磨き粉を持ち出した、少なくとも元あった場所から移動させた。不可解なのはなぜ歯磨きではなく歯磨き粉を盗んだのかということなのだ。私のことが大好きという人なら私の唾液などが付着している歯磨きを盗むはずじゃないか。それなのに歯磨きはここ、コップにことんと置いてある。おかしいだろ。おかしいっ!!なぜ歯磨きを盗まなかったのだ。おかしいおかしいっ!!おかしいなあ。


 ムキーッ!!


 こんなこと考えてる間にこんな時間だ遅刻するー!!スーツに着替えるー!!スツーッ!!


 たたたたたたたたたたーっ!!


 次の電車をご利用くださいという駅員の声を無視し電車に飛び乗るー。


 バゴーンッ!!


 バヒーッ!!


 間に合ったので嬉しいーっ!!


 ヌオーッ!!


 ブヒーッ!!


 キョキョーッ!!


「先輩。今日口が臭いです。」


 部下のみさと。はっきりものを言うことで知られており、よく懲戒免職されている人の発言。 


「ああ、今日起きたら歯磨き粉が盗まれてて歯磨きできなかったんだよ。」


 仕方なく、訳を説明する。冷静に対処する。上司だからうろたえない。


「歯磨き粉がなくても歯磨きがあれば歯磨きできるじゃないですか。」


 ああっ!意表をつかれた!!


 イヒョッ!!


「確かに確かにーッ!!」


 そうだその通りだ。もう帰ったら歯磨き粉なしで歯磨きしてしまおう。楽しみだな〜るんるんるん。


「歯磨き粉なしで歯磨きするの楽しみだあっ!」


 ルンルン!


「先輩、歯磨き粉無しで歯磨きするの楽しみにしているんだなっ。ウキーッ!!」


 とみさとがいいました。笑顔でした。



 仕事をしましょう。カタカタカタカタ。


 仕事をしましょう。カタカタカタカタ。


 こら!!カタカタするだけが仕事じゃないんだぞーっ!!こらーっ!!働けーっ!!


 ああ、歯磨き粉なしで歯磨きしたい。昼休みになり、私はコンビニで歯磨きを買って来てしまおうかと思うほどだったのですがしかし、それはお金がもったいないので耐えたのです。自制心があるのである。楽しみは、我慢すればするほど気持ち良くなるものなのです。


 キンコンコーン!!


 さあ!!仕事が終わり、電車でおうちに帰ろうとしたら、ニュースが。スマートフォンを開くと緊急速報が。


「新宿駅付近に未確認巨大生命体現る。」


 スライドしてみると中継動画が始まった。アナウンサーがスタジオでヘルメットを被って話をしている。


「ええ、緊急速報です。新宿駅が未確認巨大生物によって襲われているようです。詳細なことはわかっていません。」


 何、なんだと。もしかして、俺の歯磨き粉が巨大化して新宿駅を襲っているんじゃないだろうな?そんなことが起きても責任は取れませーん。


「ええ、新宿駅から中継、中継が繋がっています。ええ、大門さん。」


「はい!!こちら新宿駅上空です。ええ、ご覧のようにあちら、巨大な生物?」


 上空から映し出された荒い映像。新宿駅から煙がもくもくと上がっている。なんだ。あれは.....巨大な....青と黄緑と赤のラインが綺麗に入った... 歯磨き粉のチューブ.....だ....。間違いない、昨日俺の家から無くなったものそっくりだ。俺が昨日まで使ってた歯磨き粉だ.....。大変なことになっている。まさか本当にあの歯磨き粉が巨大化して新宿駅を襲っているなんて。でも、責任は取れませーん。


「ええ、口から白い、なんでしょう?体液のようなものを吐き出し建造物を攻撃しているようです。はい。」


 テレビにはずっと巨大歯磨き粉チューブが写されている。なにかの幼虫のように、シャクトリムシでもないが....のそのそと身をよじりながら移動しており、怪獣映画でみたやつそっくりだ。見た目は歯磨き粉のチューブなのだが、その辺のスーパーで売られているやつなのだが。


「おおおっと!!」


「グオオオオオオオオオオン!!」


「ど、どうしました大門さん!!」


「た、立ち上がりました。立ち上がりました。巨大生命体が立ち上がりました!!」


「グオオオオオオオオオオン!!」


 高い耳障りな音だ。歯磨き粉の鳴き声って感じだ。立ち上がったあいつは貝のよう。ホタテが海底を歩くようにぴょんぴょんとジャンプするように進んでいる。どことなくいつか映画で見たキョンシーのようでもありますねー。


 ドガーンドガーンドガーンドガーン!!


「ギャオオオオオオオオオン!!」


 ピシューーーーーッ!!


「ああ、今上空に向けて先ほどのように白い体液のようなものを噴射したしました。ああっ!!恐ろしい。」


「大門さん、大丈夫ですか??上空も危険なのではないでしょうか??安全を鑑みて避難してください。」


「は、はいっ!!避難させて頂きます!!」


 ブブブブブブブブ!!


 画面の中の怪獣がどんどん小さくなっていく。いい判断だと思います。某映画でヘリコプターが巨大生物が吐いた光線により真っ二つするシーンがあったがそんな感じになると思ったので。


「ええ、新宿駅近くにお住まいの方は今すぐ、今すぐ避難してください。」


 アナウンサーが画面に向かって必死に訴えかけていて、偉い!!しかし、歯磨き粉のチューブのようだみたいなことは誰も言わなかったな。まあ緊急事態だから、アナウンサーも適当なこと言えないんだろう。立派な人たちだぜー。偉い!!私は感心しながらタクシーを呼んだ。早く家に帰って歯磨き粉なしで歯磨きをするんだー!!楽しみだ。楽しみだ。ピーンと手を上げ、タクシーを呼ぶ。未確認巨大生物の影響で電車は止まっているようだからタクシーで帰らなければいけない。


「ヘイ!!タクシー!!」


「はいタクシー!!俺はタクシー!!」


 タクシーが言いました。


 ガタッと後部座席のドアが開き、中に入ります。


「お客さん。どこまで?」


「ぽんぽこ市まで。」


「了解です。」


 中年ドライバーの声と共にタクシーは発車しました。


 ブンブーン


 運転手は特に何も喋らず、ただ前を見てハンドルを右に回したり左に回したりしている。上手い。短時間乗っただけで熟練したドライバーであることがわかる。道路の上を滑るフィギュアスケーターのようだ。


 ブンブーン


 ブンブーン


 ブンブブーン


 ああ、気持ちいい。眠ってしまいそうだ。早く歯磨き粉なしで歯磨きがしたい。歯磨き粉なしで歯磨きがしたい。眠ってしまいそうだ。そんなとき、ラジオで先ほどのニュースが流れた。


「緊急速報です。新宿で正体不明の巨大生物が暴れていると言うニュースが入ってきました、新宿駅は壊滅状態ということです。近くにいる方は今すぐ避難を。絶対に新宿付近には近づかないようにしてください。政府は緊急対策本部を設置し、対応していくと言うことです。繰り返します。新宿で正体不明の巨大生物が暴れていると言うニュースが入ってきました、新宿駅は壊滅状態ということです。近くにいる方は今すぐ避難を。絶対に新宿付近には近づかないようにしてください......。」


 アナウンサーの緊迫した声から事態の深刻さが伝わってくる。タクシーの運転手は


「こわちんこわちんよー。」


 と言いました。


 ブンブーン


 ブンブブーン


 ブンブーン


 ブンブブーン


「こわちん、こわちんよー。」


 ブンブーン


 ブンブブーン


 ブンブーン


 ブンブブーン


「こわちん、こわちんよー。」


 定期的に言いました。


 フン!フンーッ!!


 幸い、ぽんぽこ市は新宿とは離れており通り道でもなかったため問題なく到着することができた。途中自衛隊の車、戦車などとすれ違うことがありました。運転手さんは


「こわちん、こわちんよー。」


 と言っていた。


「お客さん、2535円です。」


「はい。」


 財布からお札を取り出しタクシーさんとさようなら。運転手は寂しそうに泣いていました。


 さあ、歯磨き粉なしで歯磨きしよう。何年振りだろう。物心ついた時には既に歯磨き粉をつけて歯磨きをしていました。記憶の中ではいつも歯磨きは歯磨き粉と共にありました。これはもう、私史に残る出来事なのです。記念撮影です。


 パシャッ!!


 自撮りをしました。イケメンダー!!


 もう一度辺りを見回してもやはり歯磨き粉はない。巨大化したのだ。私の歯磨き粉は。まあそんなことはどうでもよくて、蛇口を捻って歯磨きに水をつけます。よし、早速磨こう。


 シャカシャカシャカ、シャカシャカシャカシャカ


 うん。歯磨き粉があった方がいたなあ。なんか、味気ないや。バットがないバッティングみたいだ。ああ、テレビでも見ようか。リモコンを手繰り寄せつけてみる。


 不自然なくらい鮮明に映るデジタル画面。相変わらず新宿の様子が映し出されている。歯磨き粉チューブの怪獣が自衛隊の戦車に攻撃されている。ドンパチドンパチドンパチドンパチ。怪獣の様子でさっきと違うのは、怪獣の模様部分にモザイクがかけられているところだ。きっとライポン社への配慮だろう。ライポン社の名前が柄の部分にデカデカと表示されていたから。どう見てもライポン社のデンダー歯磨き粉だったからそれがわからないように、風評被害から守るためにモザイクをかけているのだろう。私は新しい歯磨き粉を買うぞー!!


 家に帰ってテレビをつけると、もう怪獣は死んでいた。チューブのような体が穴だらけになり、そこから歯磨き粉のようなものが血液のようにぶちゅぶちゅと飛び出ている。昨日のこの時間まではあいつが手元にあったのか....。私は新しく買って来た歯磨き粉で歯を磨いた。



 新宿未確認巨大生命体事件。新宿駅は壊滅。死者1562名行方不明者563名という大惨事として歴史に名を刻むこととなった。人々は悲しんだ。俺も泣いた。うおお。その後の調査の結果、やはりあの怪獣はライポン社のデンダー歯磨き粉が巨大化したものだと判明。体液の成分が決め手。デンダー歯磨き粉と完全に一致したようだ。巨大化して暴れる危険性があるとして世に出回っているデンダーはライポン社に全て回収され、焼却処分された。当然のようにライポン社は倒産した。可哀想に。酷い世界だー!!酷い!!

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巨大化した歯磨き粉 鮭さん @sakesan

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