凡才作曲家の最後に書いた曲

 コンサートが始まった。

 当然と、客席は満員。

 テレビ局の取材もいる……というだいぶ大きいコンサートだ。


 舞花は言っていた。

 音楽は手紙のようなもの。

 母との思い出を曲にしている、と。


 ……俺の手紙はあいつに届くのだろうか。



 次々と有名なクラシック曲を俺と舞花で弾きこなしていく

 今回は時代を追えるプログラムとなっている。

 最初はバッハから、そして段々と今の時代へと続いていく構成だ。


「……上手ですね、丁寧で……優しい」


「ははっ、そりゃ伊達に音大卒業してねーよ」


 ノリに乗っていた。

 楽しかった、純粋に。

 音楽を通じて俺たちは互いにコミュニケーションを取っていた。

 曲が変わるのがまるで文通のように。


 休憩が入り、そして第二部へと入った。

 第二部は俺たちの曲しか入れていない。

 つまりここからが本番だ。


 ピアノの前に立つと会場の空気感がビシビシと伝わってくる。

 久しぶりの新曲……しかも共同で作ったものだ。

 客もテレビ局も期待しているのがわかる。


 ピアノ椅子に座り、舞花と目を合わせる。

 緊張しているようだ。


 それもそう……これはガチで初見演奏だから。

 難しい曲を優先的に練習した。

 これだけはまともに練習できなかった。


 だから弾くのも初めてだし、聞くのも初めてだろう。

 ただここまでギリギリにしたのにはちゃんと理由がある。

 まぁそれはもちろん本番で初見演奏させるためだ。


 練習でこの曲を聴いたら意味がない……そう思ったから、それだけなんだけどな。


 舞花のまっすぐな瞳。

 自然とこの曲は成功する。

 そう思えた。


 手を置き、息を揃え……そして曲が始まる。


 "紫苑"……俺が初めて真面目に曲作りしたものだ。(半分だけど)

 舞花が途中までしか書けなかったのだが、曲を書いているうちになんとなく理由がわかってきた。


 舞花は母との思い出を曲にするはずだ。

 だが最近はあまり書いていない……それはあの連弾をした日、『私が作曲する意味はもうほとんどないようなものだから』とそう言っていた。

 意味はわからない。

 だがそれはもう母との思い出で曲を書かないと言うのを意味していた。


 だがこの『紫苑』はどうだろうか……久しぶりに舞花が作曲をしようとしたもの。

 実はいつもとイメージが違う。

 いつもは複雑で難解な音を組み立てていくのだが……この曲はなんというか、全てが優しい。

 曲調も、和音の響きも……そして難易度的にも。

 全て優しくて……でも不思議と飽きないし、幸せな気持ちになる。

 そんな不思議な曲だ。


 この曲は……そう、俺との思い出を書いた手紙きょくだ。

 出会いから今までをずっと書かれている。

 でも書いている途中で、俺との記憶が無くなり始めたのだろうか、真相はわからない。

 

 俺が付け足して編曲し直した。

 これがどう彼女に響くかわからない……でもこの楽譜を見た時の彼女の顔。

 見た瞬間に完成させたいと思った。

 作曲を本気でしたことのない俺が。

 ……聴衆は笑うだろうな、これが平凡、いや酷い出来の曲だと。

 けど一人にさえ伝わっていればそれでいい。


         ***


 昔から、曲を弾くたびにその人の気持ちが伝わってくる。

 もちろん私の妄想かも知れないが私はそれが本物だと信じている。

 自分の曲でもそうだ。

 母への愛……それが溢れているのが自分でもわかる。


 けれど、この曲は何だろう。

 母のとは何か違う感情になる。

 嬉しくて、ずっとそばにいたくなるような。

 でもたまにちょっぴり恥ずかしくて、怒ったりもしたくなる。


 全てが優しいメロディー。

 私が作った所もわかるし、それを太郎さんがアレンジしたのもわかる。

 何ということもない平凡な曲……けれどどうしてだろう。

 気持ちが溢れ出てくる。

 曲はずっと単調なのにさまざまな思いが駆け巡る。

 悲しいこともいっぱいあったけれど、その分幸せなことをいっぱいした。

 こんな曲、普通なら聴衆には聞かせられない……けれどなぜか自信を持って弾ける。


 わかった。

 この曲はラブレターだ。

 それも甘々な。

 誰が書いた……。

 それは私でもあるし、太郎さんでもある。


『忘れたとしても……』


 いつかの記憶。

 私が言いたかった言葉。


『忘れたとしても、私はまた太郎くんを好きになるよ』

 言えなかったのははっきりと自信がなかったからだろうか……。

 でももっと自信持ってもいいと思うのに。

 実際本当に好きになったし。


 ……でも私も何でこんなに好きな気持ちを忘れちゃうかね。

 馬鹿すぎて泣きなくなっちゃう。

 いや、もう泣いているんだった。


 弾くたびにいろんなことを思い出す。

 パズルのピースのように。


 出会い、連弾のこと、進路のこと、結婚式、夫婦生活……。


         ***


 何故かわからないけど、聴衆の中には涙を流していたものもいた。


「最後の曲、難しいけど練習通り弾けそうか?」


「大丈夫ですよ。今の曲も初見で弾けましたもん」


 ……やっぱり、記憶は戻らなかったのだろうか。

 まぁ元々一か八かレベルの賭けだった。

 そこまでショックはない。

 それは舞花の涙の跡をみてそう思ったのだろうか。

 わからない……けど、すごく良い気分だ。


「ほら! 早く行こう! !」

 

「えっ……ちょ、舞花!? 記憶戻って……!!」


「ふふふ……!!」

 コンサートは大成功だった。

 後に舞花が曲を全く書かなくなったことでこの引退コンサートとも言われるようになった。


         ***


――数年後


 蝉の鳴き声が騒がしくなる頃、私は実家に帰ってきた。

 というのも、おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったのだ。

 これが凄い話で、おばあちゃんが亡くなった三日後におじいちゃんがあとを追うように息を引き取ったらしい。

 あのラブラブ老夫婦め……羨ましいなぁ。

 私もそういう人が欲しいと、思ってしまう年頃だ。

 私の家系は音楽一家だった。

 小さい頃から好きなことをさせてもらっていたが、結局みんな音楽に行ってしまう。

 そのこともあり、今は音楽大学に通っており、その寮に住んでいる。


 まぁそんな音楽だが、音楽関連で一番世話になったのはおじいちゃんだった。

 おじいちゃんは作曲家で色んな曲を書いていた。

 そのどれもが私は好きで好きで、だから作曲家になろうって思ったんだと思う。


 まぁ、最近は少し落ち込んでいる。

 入学当初は期待の新星、ということで大きく見られていたが……今はあまり聞かない。

 みんな私に興味がなくなっているのだ。

 だがそう言う話をするたびにおじいちゃんは言うのだ。

『大丈夫だよ。いくら俺の血が入ってるからって、お前には天才なおばあちゃんの血が入ってるし……』


 いつも自分を下げて言う。

 でもこんなおじいちゃんが私は好きだった。

 もっと自信を持って良いのに……私がそう言われているはずなのに、逆におじいちゃんに私はそう思った。


 ……そういえば今日実家に来た理由は遺書を読むためだ。

 私宛にあるらしい。


「これ……かな?」


 お母さんが置いてくれたのだろうか、広い部屋にぽつんと小さな箱が置いてある。


 開けてみると無地の白い手紙と……そして楽譜。


『沙羅へ、どうしても伝えたいことがあってお前宛に手紙を書く。そんな長々書かないから安心してくれ。まずは進級おめでとう。沙羅のことだから問題なく進級しているだろう。でもやっぱり落ち込んでいるか? どうせまた大学で上手くいってない……とかだろう。本当に自分に自信ないよな。そんなわけでお前に贈り物だ。正真正銘、俺のやり残したことだ。楽譜が入っているだろう? それを沙羅に贈る。俺からのラブレターだ、受け取れ(笑) 太郎』


「……ははは、ラブレターって、孫に渡すもんじゃないよ」


 涙は出し切ったと思ったのに、次々と溢れ出てくる。

 昔懐かしいおじいちゃんの変な励まし方。

 しかも楽譜……私の名前つけてるし……。


『家の伝統でな、贈る人のタイトルの曲を書くんだ……面白いだろ?』


 そうタイトルの横に書いてあった。


 ピアノの部屋に行き、音を出してみる。

 懐かしい、おじいちゃんの曲。

 三分間があっという間に感じた。


 不思議と力が湧いてくる。


 曲の最後には一言、

『凡人の俺が書いた曲だ。天才様ならこれよりも良い曲、書けるだろ?』


 煽りの文章。

 でも、全然嫌ではない。


「ばか……テレビに出ている人が凡人な訳ないじゃん……」


 テレビに目を向けると、消音にしているが映像はついている。

 おじいちゃんとおばあちゃんの追悼番組だった。


『天才老夫婦、その一生を振り返る』


 そうテロップがあった。


「ほら……世界にも認められてるよ、おじいちゃん」


 不思議と吹っ切れた気がした。

 世界が広がる。

 まだ小さかった自分が恥ずかしい。


「……曲書かなきゃ」


 理想を夢見て

 また一歩踏み出す。


 そんな姿を二つの光が静かに見守っていた。

 やがてもう二つの光と合流して、そして静かに消えていった。

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凡才作曲家の最後に書いた曲 熊パンダ @kumapand

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