希望
思っていたより何倍も長くなってます。
もう短編は名乗れなくなってきたかも(笑)
次でエピローグです。
よろしくお願いします!
***
送られてきた段ボールを開けると、そこには手紙と楽譜が入っていた。
「舞花……」
手紙には太郎くんへ、と俺の名前が書いてある。
『太郎くんへ、突然驚いたでしょう。でもどうしても伝えたいことがあって送りました。まずは今日は結婚記念日だね。ちゃんとお祝いできなくてごめんね。それで本題、おそらく今の私は記憶が無くなっていると思う。この手紙が君の手に届いていることがその証拠だね』
「……!?」
この手紙を書いたときにはこうなることが分かっていたのか……。
『確証があるかわからなかったから、太郎くんには言えなかったの。辛い思いをたくさんさせてると思う。それは本当にごめん。でも私は覚悟を決めました。この記憶がどこまで抜けちゃうかわからないけど、母のこと、父のこと、そして必ず君との大切な記憶は思い出します。母みたいになるのが正直怖い。でも向き合うことにしました』
この手紙だけで相当な想いが伝わってくる。
何回も消した後があり、ところどころ滲んでいる。
悩んで、苦しんで……それでも書いたものだろう。
『だから太郎くんにお願いです。私の記憶を取り戻す手伝いをしてくれませんか。いろいろ試してもらうだけでいいんです。何度も言いますが、私は絶対に諦めたくないです。大切な記憶ですし、太郎くんのことが大好きだから。この手紙の他に楽譜とノートとペンダントが入ってると思います。楽譜とペンダントは記念日のプレゼント!(多分未完成だけどね)本は今の私に渡してください。じゃあまたね。記念日のプレゼント楽しみにしてる』
ダンボールを見た。
確かに楽譜とノート、ペンダントがある。
本の表紙には『太郎くんは絶対に見ないでください!!』と書かれたノートがある。
ペンダントはロケットペンダントで前に二人で撮った写真が入っている。
「っ……」
思わず感傷に浸ってしまう。
お別れではなく、またね、と言ってくれたことが嬉しかった。
こんな時に泣いたら今の舞花が帰ってきた時に冷静になれなくなる。
落ち着こう。
深呼吸をし、楽譜を見る。
曲名は紫苑と書いてある……やはり花だ。
そして後半部分はない。
"多分未完成"というのはこの曲を書いた記憶がなくなることを考えていたのだろうか……いや、そもそも作曲家であることを覚えていない可能性もある。
そこは本人と確認しないといけない。
「ただいま戻りましたー」
舞花の声が玄関から聞こえる。
ちょうど帰ってきたようだ。
買い物はできるらしい、少し心配だったが。
「あぁ……起きていらしたんですね」
「ありがとう介抱してくれて……その、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
「……ちょうどよかったです。私も、聞きたいことがあったので……とりあえず風邪用の薬買ってきたから先に飲みましょう」
「いや、俺は大丈――」
「ダメです!」
「はい……」
彼女は確かに一部記憶を無くしている。
だが、それでも彼女は俺の知っている舞花だ。
そう思うとどこかふっと心が軽くなった。
***
「落ち着いた。ありがとう……」
「……」
微妙な空気が流れている。
見た感じ舞花は考え事をしているようだった。
「えっと……変なことを聞きますけど、私はあなたと暮らしているのですか?」
やはり……この異変に気づいてきたのだろうか。
「この家にあるもの……ちらほら私のものがあります。それに、あの玄関にある写真……」
……結婚式の時の写真だ。
「えと、とりあえずこれを見てくれないか?」
俺はノートを取り出した。
俺は見ちゃいけない本。
おそらく、今の舞花に対しての手紙? だと思っている。
何が書かれているか気になるが、仕方ない。
「……」
どのくらい経っただろうか……。
舞花はたまに深く考えたり、泣いたりしていた。
俺は何回か温かい飲み物とティッシュを運んだ。
「なるほど……状況が全て飲み込めました。なんだか現実味がありませんが私には一部の記憶がないのですね」
「……信じるんですか?」
「はい……これは紛れもない私の字ですし、それにあんなこと……」
「……?」
「いえ! 何でもないです!!」
舞花は顔を真っ赤にさせテンパっている。
本当にあの中に何が書いてあるのだろうか。
気になる……。
「それで……貴方は私の記憶を戻そうとしてる……そうですね?」
「あぁ」
「私も協力します……というか私の記憶ですし」
「本当か! ありがとう!」
協力を得るのが難しいと思っていた。
でも違った。
あのノートのことが気になるが、結果として元々の舞花が今の舞花を説得するほどのものがあそこに書いてあるのだろう。
ただこれで聞きやすくなった。
「早速聞きたいんだけど……」
これでわかったことがいくつかある。
・彼女は俺に関する記憶が無かったこと
・作曲をしていたことは覚えているが、俺と深く関わっている曲は思い出せないこと
・大学生活のほとんどを覚えていないこと
・常識や高校までの記憶はしっかり覚えていたこと
つまり、俺に関する記憶をピンポイントで忘れてしまったわけだ。
「……」
「……」
やはり気まずい。
夫婦だと向こうもわかったからだろうか。
「……そ、それでどの記憶がないかはわかった。あとは思い出し方だけど……まずはこれだ」
出したのは先程『どの記憶を忘れているか』の時に使った過去の楽譜たち。
そこからいろんな楽譜を出す。
一緒に弾いた連弾曲「カスミソウ」
舞花から俺だけに、ともらった曲「太郎」(恥ずかしい)
そして、未完成の「紫苑」
全部俺に関係するものだ。
「これは……先程の」
「あぁ、とりあえず聞いてくれ」
俺は未完成の「紫苑」以外を弾いた。
反応は……。
「……確かに私の曲らしいですね」
「わかるのか」
「はい。ただ……すごく気持ちがこもってますね」
そう微笑んだ。
「でもごめんなさい。やっぱり思い出せてないみたい」
「そうか……」
その後、本当にいろんなことを調べた。
とりあえず病院に行ったが空いていなかった。
思い出の場所に行ってみたり、実際に連弾もしたり……だが大した効果はなかった。
「本当にいいのかい? ここで泊まるって……」
「だって私の家なんですよね? 拒否する理由がないです」
彼女は精神的にも辛いだろう。
彼女からしてみればある日突然記憶がなくなり、俺のことが分からなくなったのだから。
一番辛いのは彼女だろう。
「なんとなく……わかる気がします」
「え?」
「私が太郎さんを好きになった理由……じゃあ明日もがんばりましょう! おやすみなさい」
ドアが閉まった。
今まで耐えていた涙が静かに落ちる。
「うぅ……」
声を抑えなければいけない。
余計彼女を不安にさせてしまうから……でもこれは仕方がない。
だって彼女は……舞花は記憶が無くなっても舞花だからだ。
「……よし」
俺は部屋にあった適当なハチマキを付け、しばらく自室に篭った。
結局色々試した中で、一番効果があったのが俺に関わりのある舞花の書いた曲だった。
その中でも特に。
「紫苑……」
この楽譜だけはすごく反応していた。
どこか悲しいような、寂しいような……そんな目で楽譜を見ていた。
ただ本人は自覚がない。
どんな思いでこの曲を書こうとしたのだろうか。
俺にはわからない。
ただ、何故だろうか……この楽譜がキーだと感じた。
それは本当に直感だが。
***
どうやら、私は一部の記憶がないらしい。
それはこのノートを見てわかった。
交通事故で入院してからの私の日記。
その内容は……ほとんど悲しいものだった。
最初は太郎さんのことを凄く心配していた。
中間に入ってくると文字が酷く荒れていた。
『忘れたくない、太郎くんとの記憶は絶対に』
そう何度も書いてあった。
でも途中から、文面が変わった。
そこからが私当てだろう。
覚悟を決めた、そういう内容だった。
状況説明と協力して欲しいという頼み。
そして太郎さんへの愛がひたすらに書かれてあった。
それは忘れないように、又は忘れてもすぐ思い出せるように。
でも……見ても私は思い出せない。
まだ一日目だから、そう太郎さんは言うけれど本当に辛いと思う。
でもここまで前の私に尽くしてくれる。
それを見るだけで胸が熱くなるのを感じた。
あぁ……本当にこの人は。
これは記憶がなくてもわかる。
恋だ。
同じ人を二度好きになった。
記憶はないけど言葉だけ見るとまさしく"惚れ直した"のだ。
意味は違うけど。
だから尚更、記憶を元に戻したいと思った。
今まで通りこうやってノートに書こうと思う。
***
何日経っただろうか……。
病院にも行ったし、できる限りのことも色々した。
……キスもだ。
俺は当然嫌がった。
『そんな、今の君は俺のことが好きでもなんでもないはずだ。む、無理してそんなことまでする必要はないよ』
言っていて辛かった。
『太郎さんが私のことを想う気持ちはそんなものですか? 私の方が太郎さんのことが好きな気持ち、多分すごーく勝ってますよ』
気がつけばキスをしていた。
舞花の二度目のファーストキス。
『私、言ってましたよ。多分記憶を無くしてもまた貴方のことを好きになるんだろうなぁって……』
彼女なりの励ましなのだろう、とそう思った。
正直嬉しかった。
そして深夜には作業。
慣れないことをやるのはやはり難しい。
だが俺には確信があった。
これをすることで舞花の記憶はどうにかなるのではないか、と。
***
「えっと……どこに行かれるんですか?」
あれから数日後。
私と太郎さんは今とある場所に向かっている。
見せたいものがある、と太郎さんは言っていたけれど。
「まぁ、お楽しみってことで」
「はい、到着ー」
「……ここは、ホール?」
案内された場所はホールだった。
幼い頃何度か来たことのあるホール。
最近は来ていないホールでもある。
「申し訳ないんだけど……はいこれ!」
渡されたチラシを見る。
「えっと……『誰もが見たかった!! 山田太郎、山田舞花夢の夫婦初共演!!』……え?」
「突然だけどここで僕とコンサートを開くよ」
「本当に突然ですね……! しかも今日だし……私なんも持ってきてないよ? ドレスとかメイクとか……」
「平気平気。全部車に持ってきた!」
本当に準備万端といった感じだった。
本気らしい。
「こっち、見てみろよ」
「……!?」
まだ開演二時間前なのに凄い行列ができていた。
『久しぶりに大瀬戸舞花みるなぁ……本当楽しみ』
『おま、もう結婚しただろう? 山田舞花だって』
『あぁ、そうか、はは』
ここまでの沢山の人……今日はほぼ満員で間違えない。
よく見るとお父さんも来ている。
……お父さんはこの状況を知っているのだろうか。
「太郎さん。お父さんは今私に起こっていること。知っているんですか?」
「いや、知らない」
「……そっか」
***
「思ったんだけど、なんの曲するの?」
「あぁ、それはこの八曲」
見せてくれたのはよくあるクラシック名曲……そして以前太郎さんが弾いてくれた内の二曲だった。
「これは……連弾曲?」
「あぁ。一つは舞花が書いた"カスミソウ"。そしてもう一つは半分舞花が書いてそれを俺が仕上げた"紫苑"だ」
「へー、太郎さん作曲出来たんだ?」
「……まあな」
ていうか今思ったけれど、これ私弾いたことないじゃん。
「舞花ならちょっと練習すれば余裕だろう?」
本当、こういう時私の夫なんだなと思う。
不思議な感覚だけれど、何故か嬉しい。
「当然! 初見でもできるわ」
……流石に嘘だけど。
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