新婚旅行 第3話 2人の時間

翌日。いつも以上に溶けている彩葉ちゃんと、手を繋いで小さな島の中を歩いた。小さいとはいえ全てを足で歩ける距離ではさすがになくて、近くを歩いただけだったけど、それでも十分のどかな島を満喫できた。


「こんな場所でのんびり暮らすっていうのもいいのかもね」


散歩の後、ビーチの日除けつきのチェアに並んで体を伸ばした。波の音と、時々聞こえてくる人の声、何の音かを想像しながら昼寝をすると最高に心地よさそうだった。


「心和さんはただでさえのんびり屋なので、全く動かなくなりそうです」


「そうかな?」


自分では普通だと思っていたけれど、最近そう言われることが何故か多い。


「そうです。彩葉ちゃんと手を繋いでるだけで満足だからって言い出しそうなので、それはなしでお願いします」


そんなこと言ってないのにと思いながらも、のんびり暮らしていたら確かに感覚も更にのんびりになるのかもしれないとは思う。


「でも、時々来るならいいですよ。これからは休みも一緒なので、会社が休みのタイミングで来やすくなりますね」


「そうだね。社長が頑張って休みをいっぱい増やしてくれるって思っておく」


「…………頑張りますけど、社長って呼ばないでください」


正確にはこの旅が終わった後に、彩葉ちゃんは社長になることが決まっている。


初めて呼んだけど、顔を顰めた彩葉ちゃんは余程嫌なようだった。


「でも、会社で彩葉ちゃんって呼ぶわけにはいかないでしょう? 会社ではなんて呼ばれてるの?」


相阪さんと以前のように呼べなくはないものの、侑子さんも美波さんも相阪なので、そう呼ぶとややこしさしかない。


「昔から知ってる人が多いので、彩葉か、彩葉さんかですね。多分私が社長になってもそれは変わらないので、心和さんもそのままでお願いします」


「それはいいけど、折角社長になるのに」


彩葉ちゃんは本気で嫌なようで、そう呼ぶことはいったん諦める。


「心和さん」


口元に拳をあてたままの彩葉ちゃんは、まだ何かを考えているようで首を傾げる。


「これから先、お客さんの前以外では、私のことを社長って呼ばないでください」


「嫌なら言わないようにするから、そんなに心配しなくてもいいよ」


「違うんです。えと……心和さんは私のパートナーで、プライベートだけじゃなくて、仕事でもこれからはそうなるって思ってます。だから、私にとっては心和さんも一緒に社長なんです」


それで悩んでいたのか、彩葉ちゃんらしいな、とわたしは口元を緩める。


「わかった。彩葉ちゃんを手伝おうかなくらいだったんだけどな」


「駄目です。私に決心させたのが心和さんなんですから責任取ってください」


「分かった。侑子さんと美波さんに負けないような関係になれたらいいね」


不意に隣のチェアで体を伸ばしていた彩葉ちゃんが起き上がって、わたしのチェアの淵に腰掛ける。


しっかりした作りのチェアだから不安定になることはなかったけれど、斜めになっているわたしを彩葉ちゃんが見下ろす格好になる。


「心和さん、私は心和さんを幸せにできる自信なんてないんですけど、私が幸せになる自信はあるんです。心和さんがいてくれたら、世界中の誰よりも私は幸せになれるって思ってます」


「彩葉ちゃんが幸せなら、わたしも幸せってことになるんじゃない? これからは何でも二人でするんでしょう?」


頷いた彩葉ちゃんの体が被さってきて、わたしは目を閉じた。


そこから先に触れる感触をわたしは知っている。





ちょっとだけ懐かしい夢をわたしは見ていた。


「相阪です。よろしくお願いします」


黒いリクルートスーツは、その容姿には浮いて見えた。光の加減でブロンドにも見える淡い色の髪質に、肌理の細かな肌は、もっと可愛い格好が似合うだろうと、まず思った。


わたしの説明に一つ一つ頷いて、まめにメモを取る姿勢が可愛らしくて、きっちり教えようという気になった。真面目な姿勢は仕事を覚える早さに表れて、成長を見るのが楽しくなった。


どこからわたしは彩葉ちゃんのことを好きになったんだろうか、とは今考えても良く分からない。


離れるのが淋しかったのは事実だとしても、その時点ではまだ恋ではなかっただろう。


よく分からないまま流されてだったけれど、もう離れられなくなった。



可愛くて、大胆で、真面目で、一途なわたしの彩葉ちゃん。

今ではもう毎日隣に寝ているのが当然になった存在。



わたしに背を向けて眠る彩葉ちゃんの腰に、わたしは腕を回す。さっきまで十分求め合って、お互い疲れて離れたはずなのに、離れるとやっぱり触れたくなる。


「心和さん? どうしたんですか?」


寝ぼけ声で彩葉ちゃんが聞いてくる。


「なんでもない。このままでいさせて」


睡眠欲の方が勝ったのか彩葉ちゃんは再び眠りに落ちる。


「おやすみ、彩葉ちゃん」


これから先ずっと一緒にいようと約束はしたけれど、今はそれでも特別な休暇に違いなかった。


この時間が永遠に続けばいいのに、と思うくらいにはわたしはこの旅行を楽しんでいた。


明日は2人で何しようか、と彩葉ちゃんの温もりを感じながら目を閉じた。




end


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最後までお読みいただき有り難うございました。


自分の感情を自分の中で言葉に定義できる人と、できないままでなんとなく続けてしまう人がいる。心和は後者のタイプで、どう書けるかを模索し続けてやっと形にできました。


2人で自営業になるので、本当に大変なのはこれからですが、2人でを選んだのでなんとかなるはず。

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愛し合うことの意味をわたしは知らない 海里 @kairi_sa

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