新婚旅行 第2話 過去

わたしが足りていない時の彩葉ちゃんは、わたしに触れることに夢中で手加減してくれない。彩葉ちゃんが主導して、手練手管で翻弄されていることがほとんどだった。


慣れたとはいえわたしと彩葉ちゃんは、やっぱりスキルレベルが違いすぎる。


素肌のままで広いベッドで体を重ねて、熱は引いたけれど、まだ彩葉ちゃんとは体を触れ合わせたままだった。


「大好きです。心和さん」


ごろごろと顔をわたしの肩に擦りつけてくる彩葉ちゃんは可愛い。さっきまで積極的にわたしを攻めていた存在には思えないくらいで、こう擦りよってこられるとわたしは甘くなってしまう。


「満足した?」


「とりあえず空きっ腹にチャージしたレベルです。フルコースは夜に取っておきます」


濃厚に感じていたけれど、彩葉ちゃん的にはまだまだ足りない発言に苦笑を出す。


「エロいのは自覚してます」


「わたしは比較対象がないから、よくわからないけど多分そうなんだろうなって思ってる」


「比較対象は作らなくていいです。わたしだけの心和さんですから」


「そうだね」


彩葉ちゃんの独占欲は心地いい。彩葉ちゃんといると、他はどうでもいいと思うくらいに気持ちがよくて、真っ直ぐな視線に囚われる。


「わたしは彩葉ちゃんと一緒に生きるって決めたけど、彩葉ちゃんはわたしの前にも恋人がいたよね?」


「……はい。それはいました。でも、今はもう心和さんしか考えられないです」


「それは知ってるけど、前につきあってた人は不倫だったって聞いたんだけど、本当に?」


少し前に侑子さんから聞いた情報は、気になっていたもののなんとなくタイミングがなくて今まで彩葉ちゃんに事実確認をできていなかった。


「不倫……いえ、いや、そうなるんでしょうか」


彩葉ちゃんの言葉は歯切れが悪くて、それが事実であることを知らせる。


「してたんだ」


「心和さん、私だって初めから不倫しようとしてたわけじゃないです。たまたまそうなっただけで……」


「不倫を初めからしようなんて人は少ないとは思うよ」


「そうじゃなくて、付き合い始めたのは独身の頃なんです」


「それは独身の頃からつき合っていて、相手が結婚してもずるずる付き合いが続いていたってこと?」


違います、と彩葉ちゃんは詳細を話してくれる気になったらしい。


「その人、明希あきさんって言うんですけど、明希さんは元々私の家庭教師だったんです。中学生の時、私はあまり成績がよくなくて、志望校も厳しい状態だったので、お願いしたのが大学生だった明希さんでした。私はその頃反抗期というか、お母さんとも美波ちゃんとも話をしたくない時期で、自分の出自に一番悩んでいました」


「そういう時期が彩葉ちゃんにもあったんだ。普通じゃないから、簡単に受け入れられる話じゃないよね」


「はい。私が小さい頃って、美波ちゃんは今よりももっと髪が短くて、普通にお父さんって声を掛けられるくらいだったんです。後で知ったんですけど、私が不快な思いをしないように、極力そう見えるようにしてくれてたって聞きました。だからなのかもしれないですけど、中学生になって、私は美波ちゃんの子供じゃないんだって事実をちゃんと認識して拗ねてました」


「それは彩葉ちゃんがそれだけ美波さんを親として好きだったからだよね?」


「はい。血が繋がっていなくても美波ちゃんは美波ちゃんで、私の親なんだって受け入れられるようになったのは、明希さんが人を愛することを教えてくれたからなんです」


彩葉ちゃんはずっと強いと思っていたけれど、彩葉ちゃんにだって迷いはあるし、弱さはあって当然だとわたしは気づく。


それを支えてくれた人ならば、特別で当然だろう。


「そんな彩葉ちゃん、想像できない」


「ちょっと無茶苦茶でした。女性同士で愛し合うことの意味を教えて欲しいって、明希さんを巻き込みました。明希さんは私のことは好きだって言ってくれたんですけど、基本的にはノーマルなんです。しばらくつき合ったんですけど、体だけの関係になっちゃっていたので、2年くらいで別れました。

その時は悔いもなかったんですけど、私が大学生の時に明希さんに再会して、明希さんは結婚生活に悩んでいました。私もディープな所まで明希さんに話しちゃっていた関係だってこともあって、明希さんも悩みを言いやすかったんだと思います。悩みを熱で昇華するみたいな関係になっていました」


それで、不倫になった。


悪意があったわけではないとしても、弱さを慰め合うは不倫に陥る一因だろう。彩葉ちゃんの眉間に皺が寄っていて、わたしは彩葉ちゃんを抱き締める。


「世間的には間違った行為だと思う。でも、彩葉ちゃんができる精一杯だったんだね」


「はい」


わたしの胸に彩葉ちゃんはほっぺたを載せて、小さく頷く。


彩葉ちゃんだって正しい行いじゃないとわかっていたのだろう。でも、正しさが人を救うとは限らない。


「どうやってそれを解消したの?」


「…………明希さんに子供ができたんです。私との関係では子供ができるわけがないので、旦那さんとの子供でした。不満があっても旦那さんとはセックスしていて、私は単なるストレス解消手段でしかなかったんです」


「ちょっとそれは許せない」


「有り難うございます。私も体の関係だけって割り切ってつき合っていましたし、それなら好きにすればいいって別れました。それからは一度も会ってないです」


「彩葉ちゃんは明希さんに心残りない?」


「ないです。ゼロです。そんなのどうでもいいって思えるくらい一番大事な人を見つけましたから」


心和さんのことですよ、と彩葉ちゃんが目で訴えてくる。


鈍感なわたしでも流石にそれは感じて、首を伸ばしてきた彩葉ちゃんとキスをした。


「心和さんは気にしなくていいです。ちょっとバカな私の過去なだけですから」


「でも、彩葉ちゃんにも悩んだ青春時代があったんだなって、知れたことは良かったなって思ってる。彩葉ちゃん、わたしの前で無理に強くあろうとしなくていいからね。一緒に生きるんだから、何でも一緒に悩んで行こう?」


「心和さん、何でそんなに優しいんですか。大好きです。もう絶対離しません。私だけの心和さんです」


ぎゅっと抱きついてくる彩葉ちゃんは、いつもの彩葉ちゃんで、わたしの大好きな彩葉ちゃんだった。


過去に関われなかったのはもう仕方がないし、これから先を一緒に生きる約束もした。だから繋いだ手を離さずに歩くことだけが今のわたしと彩葉ちゃんがしていくべきことだろう。


「彩葉ちゃん、それはそれでいいけど、彩葉ちゃんも私だけの彩葉ちゃんだからね。本能に誘われても、泣き落としに合っても、誘いに乗っちゃ駄目だから」


「大丈夫です。今は心和さんしか興味ないです!」


もう一回しましょう、とどうやらわたしはまた彩葉ちゃんをその気にさせてしまったらしい。


新婚旅行なんだからちょっとは多めに見てもいいのかもしれないけど、終わりがあるのだろうかと思いながら身を任せた。

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