最終話 弟子と紅茶とブランデーと

「結局、スクルージって人は、捕まったんですね」


「ああ。一件落着だよ」


 次の日の朝。俺とクリスは時計塔でいつもどおりの時間を過ごしていた。


 つまり、俺が寝過ごして、クリスに叩き起こされたわけだ。

 

「スクルージさんは、どうしてあんなことをしたんでしょうか。賢い魔術師の人が、あんな方法でお金を手に入れようとするなんて……」


「優秀だからこそ、スクルージは傲慢になった。自分の特別さを信じ込んでいたのさ。そして、俺に足元をすくわれた」


 ゲームのラスボスであるアレク・ストリックランドも同じだ。

 どれほどの力があっても、主人公たちによって、その野望は打ち砕かれた。


 正義は勝つ、というナイーブな言葉を俺は信じていない。


 ただ、誰も彼も、それほど特別ではないのだとは思っている。悪事が無制限に許されるようには、この世はできていない。


 クリスがうなずき、そして、ポットから紅茶を注ぐ。


 俺のカップには、オレンジ色の透明な紅茶が美しく輝いていた。

 そこに俺が、ブランデーを入れようとすると、クリスが手で止めた

 

 そして、ブランデーの瓶を手に取る。


「言ったでしょう。僕がお酒の量は管理しますから」


「はいはい」


 ところが、クリスはブランデーをたっぷりとカップに注いでくれた。普段なら、ほんの少ししか入れてくれないのに。


 俺が驚いてクリスを見ると、クリスはちょっと顔を赤くした。


「本当は体に悪いから、ダメなんですからね?」


「今日は特別ってこと?」

 

「お休みの日ですし、事件が解決しましたから。それに……お師匠様が無事で本当に良かったです」


「そんなに危険なことはしていないよ」


「嘘つき。あの魔術師と戦ったんでしょう?」


「心配してくれていた?」


 俺がからかうように言うと、クリスは頬を赤くしたまま、ぷいっと横を向いた。

 まあ、たしかに、クリスのことを考えると、俺が危ない橋を渡るわけにはいかない。


 まだ、クリスには保護者が必要で、俺はその役目を果たさないといけないから。

 以前は独り身だったから、そんな心配をすることもなく、無茶をできた。


 でも、俺を必要としてくれる人がいるというのは、悪くない。


 俺は微笑む。


「師匠の俺を信じてよ。俺は平凡な魔術師だけれど、魔術戦闘は得意なんだ」


「平凡な魔術師では、水晶の魔術師を倒すことはできないと思いますけど?」


「まあ、それはそうかも」


「……お師匠様が強いことはわかっています。でも、それでも……万一、お師匠様が怪我したら……僕は……」


 クリスは小さな声でそう言い、そして、俺を見上げた。


「僕もお師匠様と一緒に戦えるぐらい、強くなりたいです。……なれるかはわからないですけれど……」


「クリスなら、なれるさ」


 俺が断言すると、クリスはこくりと嬉しそうにうなずいた。


「さて、午前は家事を片付けて、午後は魔術の授業にしようか」


「はい!」」


「そうそう。依頼人の侯爵閣下から、報酬も払っていただいたし、今日の夜は豪華に街のレストランにでも食べに行く?」


 クリスがぱっと顔を輝かせた。


「ご馳走ですね!」


 きらきらと青い瞳を輝かせ、クリスは言った。

 クリスはしっかりものだけど、こういうところは年相応で可愛いなあと思う。


 今日は平和な一日が送れるだろう。日曜日だし、今日一日は休日だ。

 そのとき、時計塔の呼び鈴が鳴った。


 俺とクリスは顔を見合わせる。


「お客さんですかね?」


「たぶんね」


 厄介な仕事の依頼でないといいのだけれど。魔術保険の依頼は日曜でも普通にある。


 俺が魔術保険の調査をしているのは、もちろん金のためでもあるが、もう一つ理由がある。


 RPG『星月のクロスライン』では王国の暗部が、ストリックランドの、そして主人公たちの戦いの原因となった。


 ストーリーの背景には、この王国の闇がある。


 王位継承をめぐる王家の暗闘や、大貴族同士の争い。

 そして、ストリックランドの出生をめぐる秘密。


 このあたりが引き金でRPGの物語は始まってしまう。

 それなら、あらかじめ、俺が問題の種をつぶしておけばいい。


 ラスボスこそ、ストリックランドつまり俺だが、それ以外にも主人公たちを襲う悪人は多数存在する。

 単純な悪といえないにせよ、王国内部の知識と人脈で解決できる問題もある。


 そうした解決策の糸口とするために、俺は保険調査の仕事をしていた。


 ライト保険組合の保険引受人はたいてい貴族だから、ストーリーに関わる人物と繋がれる可能性が高い。


 実際、ベルガモット侯爵は、RPGの重要人物だ。


 ゲーム開始時点まで、まだ時間がある。

 そのあいだに俺はできることをやっておきたかった。


 ただ、クリスはちょっとがっかりした様子だった。


「お仕事だったら、午後の授業も、夜のお出かけもなしですね……」


「ごめん。でも、明日には必ず行こう」


「はい」


 クリスはちょこんとうなずいた。


 ところが俺たちが時計塔の入り口を開き、出迎えたのは意外な人物だった。

 銀色の髪、翡翠色の瞳。そして、ゆったりした白衣。


「……ロイド」


「やあ、お二人さん、元気にしてたかな」


 ロイドはおどけた様子で言うと、俺とクリスを見比べた。

 クリスはさっと俺の後ろに隠れてしまう。


 ロイドに苦手意識があるらしい。


 ロイドは大げさに手を広げた。


「クリスくんに、そんなに警戒されると傷つくね。君のお師匠さんの友達なのに」


「ロイドが見るからに怪しいからじゃないかな」


「そうか? うん、まあ、そうかもな」


 ロイドは肩をすくめた。

 俺は呆れてしまう。いったい何の用なのか。


「いや、単に遊びに来ただけだ」


「……俺は忙しいんだ」


「旧友に冷たくするなよ。それとも何か用事でもあるのか?」


「クリスに魔法の授業をするんだよ。俺も師匠だからね」


「なら、オレも教えるのを手伝ってあげよう」


 クリスはぎゅっと俺の服の袖を握った。


「……けっこうです」


「まあ、まあ、そう言わずに」


 ロイドはクリスの頭を撫でようとしたが、クリスはさっと避けてしまった。

 俺は苦笑して、ロイドに問う。


「本当はちゃんとした用事があるんだろう?」


「ああ。急ぎではないんだがな。エーデルランド王国のジョン王子の手術に成功したのはいいが、ちょっと面倒なことになっていてな。そこでおまえの力が必要だ」


 ……ベルガモット侯爵のときよりも、面倒な依頼のような気がする。

 ロイドは昔から、俺を面倒事に巻き込んだ。


 にやりとロイドは笑う。


「これはオレの個人の頼みではなくてな。王立アカデミーの依頼なんだ」


 そして、ロイドは破格の報酬を提示した。

 俺は警戒しながらも答える。


「聞くだけは聞くよ」


 俺はまだ、このときは知らなかった。


 この依頼が、俺とクリスの運命を変え、そして、RPG『星月のクロスライン』の裏ストーリにつながっていくことに――。







<あとがき>

これにて第一章完結ですっ! 一区切りということになります。


「戦うイケメン中編コンテスト」の文字数規定の関係でいったんこれで完結とし、更新はしばらくお休みですが、状況次第では続きを書いていこうと思います!


面白かった、アレクのキャラが良かった、クリスが可愛かった、続きが読みたい!……と思っていただけましたら、


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RPGのラスボス魔術師に転生したので、弟子と気ままなスローライフを送ろうと思います 軽井広💞キミの理想のメイドになる!12\ @karuihiroshi

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