第10話 時計塔の魔術師アレク・ストリックランド
実力行使に出るかもしれないとは思っていたが、予想通りだ。
案外、水晶の魔術師エリック・スクルージは愚かだと思う。
これでは自白しているようなものだ。
「神よ……我が手に火と光を!」
スクルージの杖に輝く光が集う。
その杖が黄金色に煌めいた。
俺は静かに言う。
「あなたは優秀な魔術師なのに、残念ですね。どうして人を殺してまで金が必要なんです?」
「私が優秀な魔術師だからこそだよ。君にもわかるだろう? 優れた人間には、ふさわしい対価を受け取る権利がある」
「わかりませんね」
「本当にそうかな、ストリックランドさん。君もその若さで称号持ちの魔術師になったんだ。周りが愚かに見えて仕方がないだろう?」
俺は黙った。
ゲームのラスボスだったアレク・ストリックランドなら、スクルージと同じ考えを持つ。
彼は選民思想の持ち主だった。つまり、魔術師であり、王族の血を引く自分のために世界はあるのだと信じていたのだ。
そして、自分から王族の地位を奪った王家を憎んだ。
自分をふさわしく評価しない世界を憎んだ。
称号持ちの魔術師になったとはいえ、ストリックランドは、満たされなかった。
魔術師こそが、いや自分こそが世界を支配するべきだ、と。
その気持ちが、俺にもまったく理解できないわけでもない。
前世の俺も、自分が正当な評価を受けていたとは思えなかった。
過労死するまで働いて、それでも得られたものは何もなかった。
だから、何かを手に入れたいという人の気持ちがわからないわけじゃない。
「だけど、スクルージさん。あなたは間違っていますよ」
ストリックランドも、スクルージも、それぞれ必死に自分のために生きて来たことに間違いはないだろう。
その目的を否定するわけではない。金に汚いことも、出世したいことも人間の普通の感情だ。
だが、スクルージのとった手段を俺は肯定するわけにはいかなかった。
人を私利私欲のために殺し、魔術に溺れたとき、俺も「ラスボスのストリックランド」となる。
俺は言う。
「ブラックさんが良い人間だったと、あなたは言った。あれは嘘だったんですか?」
「嘘ではないさ。あいつは優秀で善良な技術者だった。だが、それだけだ。魔力導出機の開発の栄誉と大金を手にすれば、俺はもっと上に行ける。カジノの借金を清算すれば、王立アカデミーの研究員にも問題なくなれるんだ。そして、社会のためになる研究ができる」
「だから、ブラックさんを殺したわけですね」
「それの何が悪い? ブラックが死ぬことと、俺の研究で世の中が良くなることを天秤にかけてみろ。魔術の研究には莫大な金と高い地位が必要だからな。俺は間違っていない」
「間違っていますよ。あなたは、自分で思っているより特別な存在じゃないですからね。もちろん、私もです。天秤にかけて善悪を量るのは人間ではなく、神のなすべきことです」
スクルージは顔を歪めた。
「そういうおまえも、薄汚い保険組合の金で動く人間じゃないか」
「保険はあらゆる人間に訪れる理不尽に耐えるための仕組みです。この社会に必要な仕組みだ。私は私なりに保険調査の仕事に誇りを持っているんですよ」
俺は杖を抜いた。魔法大学の卒業のときに、恩師に贈られたものだ。樫の木に、銀の取っ手がはめられている。
この世界での俺の名前「Aleck Strickland」が杖には小さく彫り込まれていた。
スクルージがにやりと笑う。
「おしゃべりが過ぎたようだな。すぐにおまえもブラックと同じ消し炭にして――」
スクルージの杖から、火の塊が放たれる。凄まじい速さと正確さだった。
さすが一流魔術師。
普通の人間なら、即死だっただろう。
そう。
スクルージが相手をしたのが、普通の人間であれば。
俺は杖を軽く横に振った。
たった、それだけで、スクルージの攻撃魔法はかき消えてしまった。
スクルージが驚愕に目を見開く。
「なっ……! 無詠唱で私の魔法を防いだだと……!」
俺はそのまま杖を高らかに掲げた。
「相手が悪かったですね、スクルージさん。あなたは優秀な魔術師だ。だが、私がなぜ『時計塔の魔術師』という称号を受けたのか、ご存じなかったのですね?」
「なに?」
「私はもともと、軍の特殊部隊にいたんですよ。MFSFGというね」
「MFSFG? まさかあの――魔術師との対人戦闘に特化したRMFSFGか」
スクルージの顔に、怯えが走った
俺はうなずく。MFSFG――Royal Magic Force Special Forces Group(王立魔法軍特殊部隊群)の略称だ。
「通称もご存知ですか?」
「魔術師殺し……だったな。くそっ、だが、私も称号持ちの『水晶の魔術師』だ。貴様に負けたりなど――」
俺は一瞬で間合いを詰めて、そして、スクルージの腕に二発の風属性の魔法を叩き込んだ。
スクルージが悲鳴を上げ、その手から杖が落ちる。
俺はスクルージの首筋に杖を突きつけた。
「あなたは特別な存在なんでしょう? 私ぐらい倒せなくてどうします?」
「貴様……」
「さあ、降伏するか、それともここで私の魔法に意識を奪われるか、どちらがいいですか?」
スクルージは俺を金色の瞳で睨みつけ、そして、数秒の沈黙を経て、がっくりと肩を落とした。
これでスクルージは、もはや保険金の受け取りはもちろん、王立アカデミーの研究員になる道も閉ざされた。
俺の殺人未遂の罪で逮捕されるからだ。俺はスクルージを拘束すると、王都警視庁の知人へと連絡を入れる。
これで侯爵と保険組合からの依頼は果たせた。
報酬も手に入る。
ここから先は警察の仕事だ
亡くなったブラックも、少しは報われるだろうか。
俺はそう考えて、心のなかで否定した。
ブラックのために何かができたなんて考えるのは、思い上がりだ。
俺にできるのは、生きている人間、それも依頼者、そして自分に近しい人間のために働くことだけだ。
帰ったら、クリスにブランデー入りの紅茶をたくさん飲むことを許してもらおう。
俺はそう考えて、くすっと笑った。
<あとがき>
決着です! 次話で第一章のエピローグですっ!
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