光が向かう先には
時計の音と雪の音だけが静かに鳴り響いていた。
「ハル君、落ち着いた?」
ハルは静かに頷いた。
二人は見つめ合いお互いの存在を確かめるようだった。
「本当にもういないの?」
「そうだよ。ごめんね。死んじゃってごめんね。」
ウミの目から涙がこぼれた。
「神様がね、ハル君とお別れする時間をくれたんだよ。」
ハルは黙ったままウミを見つめている。
この時間を忘れないように、焼きつけるような目で見つめ続けた。
「事故で急にさようならが嫌だったから、ちゃんとさようならしたかった。私のわがままで混乱させてごめんね。」
「いいや、お別れの時間をくれてありがとうって神様に伝えて。ウミも残ってくれてありがとう。」
そこから二人は思い出の話をした。
初めて出会った場所、付き合い始めた場所、初デート、初めて喧嘩をしたこと。
長くも短くもない濃い時間が二人にはあった。
時計が0時を指そうとしている。
「そろそろかな。」
ウミがつぶやく。
ハルは強くウミを抱きしめた。
「どこにも行かないで。いやだ。離さない。」
嫌だと小さな子供のように泣きじゃくる。
「ハル君、聞いて。」
ハルは顔を上げた。
「私、すごく幸せだったよ。ハル君と出会ってたくさん楽しいことができた。喧嘩もしたけど本当に幸せだったの。だからね、私のこと忘れて幸せになってほしい。新しい彼女を作って、結婚して、お父さんになって、そしてしわしわのおじいちゃんになるの。」
「ウミ以外なんて考えられない。」
「ありがとう。けど私の願いだから、どうか叶えて。」
「嫌だ。頼むから、ウミがいい。」
「私、ちゃんとハル君が幸せになるか見てるから。ちゃんとそばで見てるから。」
「俺からウミが見えないのはずるい。」
ハルは泣きながら笑った。
「ずるい女でごめんね。」
ウミも笑った。
日付が変わる。
最後にウミとハルは触れるだけのキスをした。
ハルが目を開けるとウミの姿はなかった。
ただ窓から見える夜の海が大きく優しく感じた。
「本当にずるいな。」
ハルはそうつぶやくと飲みかけのスコッチを飲み干した。
死ぬまでウミを忘れることはないだろう。
「ウミ、願い叶えてやれないや。」
ハルは何にかに取り憑かれたように仕事をした。
セツとモミジの結婚式を見てはウミのドレス姿を想像してほほえんでいた。
あれから時がかなり経ったからだろうか。
あの夜から一度も、夢や現実にウミが現れることはなかった。
ハルは夢を見た。
不思議な場所だった。
満開の桜並木の奥に輝いている海が見える。
ハルは海を目指して歩いた。
突風が吹いてたくさんの花びらが宙を舞った。
「前が見えない。」
ハルは進む方向がわからなくなっていた。
「ハル君。」
少し怒ったようなけれど耳に馴染む優しい声が聞こえた。
「ウミ!!」
視界がひらけた。
おわり。
ハルに見た夢の浮橋 五十嵐 響 @maashii55
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