時計の針の音
夜にかけて風が強くなっていった。
「乾杯!」
二人の声が小さな箱庭に響いた。
「スコッチ減らないね。」
「ウミが飲まないからだよ。」
「飲んでるよ。」
笑顔が絶えない団欒に一つの音が鳴り響いた。
ピンポーン
「誰かな。」
ハルが訪問者の確認をする。
扉を開くと勢いよくハルに抱きついてきた。
「セツ、危ないでしょ。離れて。」
頭の上からもう一人小鳥のような声がした。
ハルは声の主と自身に覆いかぶさっている男を確認した。
「セツ…モミジちゃん…」
ハルは気が動転していた。
その声を聞いてウミは急いで台所の死角に隠れた。
「とりあえず、上がっていっていくれ。」
セツとモミジは目配せをして家に入ってきた。
「かわいい家だな。」
「そうだろう。すごく落ち着くんだ。」
リビングに入るとコップが二つ並んでいる。
時計は22時を示していた。
ハルは台所から少し顔を出して様子を伺っているウミの元へ駆け寄った。
「セツとモミジちゃんだよ。すぐ帰ると思うから。」
「大丈夫。私ここにいるから。」
「ありがとう。ごめんね。」
「気にしないで。」
リビングに戻るとモミジが尋ねてきた。
「さっきまで誰かいたの?」
「ああ、ウミと飲んでたんだ。ウミが事故後の姿見られたくないみたいでさ、隠れたんだ。ごめん。」
セツは目を見開き、モミジは今にも泣きそうになっていた。
「どうした?」
ハルは空気ががらりと変わったことに気がついた。
「ウミちゃんと飲んでたのか?」
セツは問う。
「そうだよ。完治してるから飲めるだろ。何かまずいか?」
「いいや。」
何か言いたげな顔でこちらを見てくるのでハルは強く言い返した。
「何かあるなら言えよ。急に来て、なんなんだよ。」
「ハルくん、なんで半袖なの?家の中だけならわかるけど外に出てる
時も半袖だったよね?」
「お前たち跡をつけてきたのか?」
「そうだよ。ハルくんの跡をつけて家を探したんだよ。セツの連絡も私の連絡も無視するから心配してたんだよ。」
「それは悪かった…、けどなんで俺の服に対してそんなに言ってくるんだよ。」
セツはハルの肩を掴んで叫んだ。
「今、冬なんだよ!なんで半袖で歩いてたんだよ。風邪引くだろ。それに今日雪も降ってるだろ。」
「何言ってるんだ?冬なわけないじゃないか。買い物に出た時も寒くなかった。それにウミだって半袖着てる。」
「外見ろよ。」
セツは勢いよく窓を開けた。
白い小さな結晶たちが木目の温もりへと落ちていった。
「なんで、雪が降ってるんだ。」
ハルは窓から身を乗り出し外を確認した。
ウミと談話していた時、確かに雪は降っていなかった。
「ほら、天気予報も一日中雪になっててずっと関東は降っていたんだよ。」
「寒い。」
生まれて初めて感じるような寒さがハルを襲った。
「せめて長袖を着ろ。」
「そうするわ。ウミの上着も。」
「ハルくん。」
モミジが大粒の涙を流しながら呼ぶ。
「なんで泣いてるんだ。」
「ウミちゃんはね、もう死んでるよ。」
「そんなわけないだろ。さっきまで一緒に話して、お酒飲んで、昨日だって一緒に飯食って、寝て。」
「本当にウミちゃんはもういないの。」
頭を殴られたようだった。
「うそだ、嘘だ、うそだ。」
膝から崩れ落ちるハルをそっと支え椅子に座らせる。
「ハル、大丈夫か。落ち着け。」
セツの声はハルには届いていなかった。
「帰ってくれ!!」
声を荒げた。
その声に慌ててウミが飛び出してきた。
「ハル君。」
ウミがハルに声をかけた。
「ウミ…」
「落ち着いて、一旦二人でお話ししよう。」
ハルは深呼吸をしセツとモミジの方を見た。
「すまない。少し放っておいてくれ。」
「わかった。俺たちは駅前のホテルに泊まって明後日までいるから何かあったら連絡してくれ。」
「また明日くるね。」
二人が帰ったあとも窓の外には白い花びらが降り注いでいた。
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