第21話 人形の涙
「おはよう、愛しのプリンセス。今日はパパからアナタに素敵なプレゼントがあるのよ」
「眠い……、おはようママ。まぁ素敵なプレゼントですって!?」
「七歳のお誕生日には、まだ少し早いけどね。パパが遠くに行っても寂しくないようにって」
「パパ……、どこかに行っちゃうの?」
「えぇ、私たちを守るってくださるのよ。少し遠くにお仕事に行くのよ。しばらく会えないけど我慢できる?」
「ヘイタイさん?」
「そうよ」
「嫌だよ。パパ行かないで……」
「大丈夫、神様がきっとパパを祝福して下さるわ。私たちをお守りくださるの。信じて待ちましょう」
「うん……」
「はい、プレゼントよ」
「わぁ〜、かわいい! お人形さんだ〜」
「大事にするのよフランソワ」
「うん!」
◇◇◇◇◇◇
「はい、あ〜ん……、そうだ! お人形さん。あなたにお名前をつけてあげましょう。う〜ん、マリー? モネア? そうだ、メリーにしましょう。妹のメリーちゃん。はい、フランソワお姉ちゃんのお菓子をあげるわ」
「ふふふ、お名前をつけてあげたのね。あら優しい、アナタのお菓子を分け与えるのね?」
「うん! メリーって言うの。そうだよママ、隣人を愛せと神様もおっしゃっているわ」
「そうね。隣人を愛しましょう。みなに優しく、等しく、分け与えるのよ。正しい行いをすれば、きっと神様が、見ていてくださるわ」
「うん!」
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、ママ? ママの言う通りよ。あの人達は裁かれるべきね。けして神様は許さないわ! だって、私達のお家を、街を、教会を、学校を、こんなにもメチャクチャにするのだもの! ねぇ、メリー。きっと神様が許さないわ」
「そうよ。今に神様が私達をお救い下さるわ」
「あんなにも綺麗な夕日の下に、あんなにも酷い、醜い、センシャがあるなんて許せないもの。みんな壊れてしまえばいいのに!」
「神様が見ていて下さるわ」
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、ママ。私すごくお腹すいたの……」
「ごめんなさい。今、隣り人のお家に少し分けてしまったの……。あぁ、ごめんなさい」
「ううん……、仕方ないものね。だって隣人は愛さないといけないもの。困っている方を救えるのだもの、少しくらい我慢するわ」
「偉いわ。きっと神様が祝福して下さるわよ。メリーも偉いって言ってるわ」
「ねぇ、メリー? お姉ちゃん偉いでしょ?」
◇◇◇◇◇
「ねぇ、ママ。どうして優しく分け与えたのに彼らは、私たちのご飯を奪っていくの? お腹……、空いたよ」
「う、うっ、う……ごめんなさい。きっと彼らは心の迷子なの。神様も言ってるでしょ? きっといつか間違いに気づいてくれわよ。神様は罪を許せとおっしゃっているもの」
「泣かないでママ……、メリーも私も我慢できるわ。私お姉ちゃんだもの。ねぇメリー? 正しい行いをしようね」
「あぁ……、良い子よ」
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、ママ。どうして神様はお救い下さらないの? いつまで待てば私たちを救って下さるの?」
「あぁ……泣かないで、愛しのフランソワ。今はまだ待つのよ。信じるの、神様を疑ってはダメ。きっといつか来てくださるわ」
「でもママ……、いくら正しい行いをしても、隣人を愛しても、許しても、分け与えても、みんなみんな、どうして私たちのご飯も服も、持っていってしまうの? パパはどうして帰ってこないの? お腹空いたよ……、寒いよ……」
「神様を疑ってはいけないわフランソワ。これも主の祝福よ。これを乗り越えればきっとあなたに素晴らしい世界が待っているの。あぁ……神様、愛しの我が子に光の導きを……そうだお祈りをしましょう」
「お祈りね」
「えぇ、お祈りよ。祈りましょう」
「はい、ママ」
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、ママ。どうして、何も言ってくれないの? どうして、ずっと寝ているの? どうして、分け与えた隣人はママに暴力を振るったの? どうしてママから血がこんなに流れているの?」
「……………………」
ドウシテママハ、メヲアケタママネテイルノ?
ドウシテママハ、イキヲシナイノ?
「ねぇ、ママ。どうしてずっと嘘をついていたの? 嘘をつくと罰が下るとも言っていたのに……」
信じるものは救われるって言っていたのに
隣人を愛したのに……
みんな私たちから何もかも奪ったいったわ。
「ねぇ、ママ。神様なんていないってママが暴いてしまったのよ。もういいの……。全部、全部、嘘だったのね。それでもいいの、だから……だから、信じるモノを……、次を、次のを早くちょうだい」
シンジルモノヲチョウダイ……。
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、メリー。どうしてお姉ちゃんの身体は動かないのかな? あんなにお腹も空いていたのに……、あんなに苦しかったのに、もう……何も、感じないの……」
ねぇ、メリー
私はこの狭いガレキの世界で生きたの。
愛すべきではなかった
許されない隣人の隣りで
ママは哀れに騙されて
神様なんてどこにもいなかった
私はこの世界が憎い
あぁ、どうして私たちはこんなにも惨めなの?
幸せってなんだったの?
どうして私たちから奪っていった彼らの笑い声が、聞こえてくるの?
コンナセカイ……コワレテシマエバイイノニ
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い──
ねぇメリー
もし……、もしも、だけど
こんな世界じゃない、ママの言う正しい世界があるのだとしたら
あなたはきっと私の変わりに……、ママの世界を見てきてね。
そしたら、そしたらね。
もし神様がいたら……
呪イコロシテ
◇◇◇◇◇◇
「ぶはッ!?」
溺れた水面から息を必死に吸うかのように目を覚ました。
ゴホゴホと咳き込み、乱れた呼吸がゼーゼーと真っ暗な部屋に漂う。
息が止まっていた。
──夢? 戦争の……少女の……フラン……ソワ……。
メリー?
あれは、メリーの記憶?
真っ暗な部屋の中、携帯を探す。
触れた画面が青白く光る。覗き込むと時刻は2時13分。まだ深夜だった。
上半身を起こし、部屋を見渡す。
タンスの上のいったんの横にメリーが見当たらない。
「メリー!?」
ベッドから飛び起き、布団をどけると胸元から金髪の西洋人形が顔を出した。
──ここにいたのか……。
メリーは、うんともすんとも言わず、ただの人形のようにそこにいる。
「今の夢はお前が見せたのか?」
返事はない。
「おいってば!」
時計の秒針が、動く音だけがチクタクと聞こえる。
相変わらず無言だ。
──んだよ……。
深いため息を吐き、目を閉じた。
「いったいなんの話かしら?」
ふいをついたかのようにメリーが、幼女の姿で枕元に座っていた。
──いきなりだとビックリするだろ!?
心臓止まったわ。
「さっきの夢、お前の記憶か?」
「だから、何の話かしら?」
──ん? 夢がわからない?
俺が見ていただけで、見せられたわけじゃないのか?
「あなた……、わけのわからない事を言い訳に真夜中に幼女を呼び出すなんて……、
「おいッ! ちげーよッ!」
──なんだよ、わけわかんねーよ。
「フランソワ……の夢を見た」
「フランソワ? 誰かしら?」
──わからないのか? 自分の原点が……。
でも、こいつの放浪癖は……。
『ママの世界を見てきてね』
──なんじゃないのか?
そう思った瞬間、突然ブワッと涙が込み上げてきた。
「何を泣いてるの?」
メリーが頬を涙を拭ってくれた。
お前は、自分が誰に大切にされたのか
誰の想いなのか
なんの呪いなのか
無自覚にただ存在するんだな。
死ぬまで一緒にいると誓った。
お前の涙の変わりに俺がなってやる。
「あら、情け無い。仕方ないわね、穢らわしいけども、今日くらいは抱いて寝かせてあげるわ」
──いや、お前の涙なんだが……まぁ、いいか。
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
「ちょっと、どこに手を突っ込んでんのよ、呪うわよ!」
「もう呪われてる」
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