第22話 奇奇怪怪


『春馬が壊れた』


 ──は?


 登校前に力漢から電話が来たのは、暴霊解散式の次の日だった。


『帰ったら精神的におかしくなっててさ……』


 元々悪い意味で、頭がおかしい竹内春馬は、チンピラの舎弟しゃていとして借金の取り立ての仕事をすることがよくある。解散式のその日の夜、あったらしい。


『まぁ、元々クソみたいな奴が、なっただけさ。こいつが不自由なく元気な方がおかしいんだよ。人間のクズさ』


 幼い頃からこの兄弟を知っている、俺からすれば気持ちはよくわかる。


 ──いや、でも突然人間ってそんなになるモノ?


 春馬はクズだが、精神を病む様な人間というよりは、病ませる方の部類だと思っていた。


『だよな? これじゃ、まるで──』


 ──赤い人。


『つーことで、しばらく学校は休むぜ。みんなによろしくな!』


 ──プツリと電話が切れた。


 まさかなとは、思った。赤い人が近隣に現れている噂は、鈴蘭や来来軒からもよく聞いていた。

 だけど春馬がな……。


「どうしたにゃ? まるで童貞みたいにゃ顔して」


 ──言ったな、KO・NO•YA・RO•U!

 

 俺の動揺に反応したのは、猫娘の怪異いったんだった。当然のごとくベットの上で足をバタつかせながら雑誌を見開いている。

 

 怪異との同居。


 事故物件でもないのに怪異が二体も居座っていて、たまに洗面台の鏡には奴らのお友達ブラッディメアリーが映る。國枝家の奇妙な生活。


「赤い人って知ってるか?」

「にゃ、半端もんの怪異にゃね」

「半端もん?」

「新参者で、半端もんにゃ」


 ──意味がわからない。


「なんにゃ、そのまるでわからない童貞フェイスみたいにゃ顔をして」

「おいおい、いったんよ。ちょっとお前……、俺がモテないとでも思ってんの? リア充まっさかりのこの俺を?」

「思ってるにゃ」


 ──即答!? 即答ならぬ即刀。


 カロリーゼロの無表情でバッサリ斬るいったん。

 

「HAHAHA──! 俺がぬいぐるみ如きに熱くなるとでも思ってんの? まぁ、そうやって勘違いをしていてくれても、別に俺はかまわないんだぜ?」


 俺は余裕ある大人の応対で、まるで世間知らず小娘、いや猫娘をさとすかのように紳士的対応を見せた。


「なんでかわかるか? そんな事ねぇーし、そんな事ねぇーから余裕をこうやって、これがみよしと見せつけられるわけだが──」

 

 ──絶対、見返してやる!

 ぬいぐるみ如きに絶対見返してやる!


「んで、半端もんってのはどういう意味だ?」

「そのままの意味にゃ」


 パタンと雑誌をたたみ、起き上がったいったんは、自分の隣をボテっとしたその手をポンポンと二度ついた。

 いつものように座れと言う意味らしい。


「赤い人自体の発祥には、いくつかの原点があるにゃ」

「原点? 赤い人は赤い人じゃないのか?」

「にゃーは、なんにゃ?」

「ん? 付喪神だろ?」

「付喪神のいったんにゃ。その発祥は、お前の幼き頃の念にゃね?」


 ──何を今更。


「んにゃ、かにゃ?」


 ──あッ! なるほど、そう言う事か!


 つまり怪異の個体には、原点から発生された〝それ〟とは別に、たくさんの付喪神と言う怪異が存在するように、赤い人には赤い人で、たくさんの赤い人とパターンが存在すると言うわけか。


「正解にゃ! 特別に童貞を一回追加にゃ!」


 ──この世で一番恐ろしい怪異は多分、お前なんじゃないかな?


「都市伝説で有名な赤い人には、そもそも赤マントや口裂け女からの分岐で別れた節があるにゃんね」

「へ〜」

「全国で有名な赤い人と近隣で噂になってる赤い人は、別物と見ていいにゃ。だけど──」


 ──だけど?


「その呪力は本物にゃ。模倣犯もうほうはんにしては恐ろしく強いにゃんね。むしろオリジナルより、強い節があるにゃ。にゃーも会ったことはにゃいのだけど」


 ──オリジナルより強いだって? チートじゃねーか。


「んにゃけども、歴史の浅い怪異がそんな強力な呪力を持つとは思えにゃい。おそらくなんらかの強い縛りがあるにゃんね」


 ──縛り? 強い制約のことか?


「例えば?」

「そもそも一人の怨霊ではにゃいとか……、生き霊のように変化していくとか、にゃーの憶測でしかにゃいのだけども……」


『お兄ちゃん、遅れるよッ──!』


 下の階から、千鶴の急かす声が聞こえてきた。


「──おうッ! 今行く!」


 そう言って部屋のドアノブに手をかけた。

  

「あぁ、千鶴に言っておいて欲しいにゃ」


 ──は? 千鶴に? 何を? お前ら繋がってたっけ?


「にゃー達が、迷惑してるって……」

「なんの話だ?」

「知らんにゃいか? お前の愚かな妹。人形化してるにゃー達に──」


『はっは── お願いです。メリー様! バズるために動いてる動画を撮らせて下さいませー!』


「とか、言って毎日このタンスの前で土下座してるにゃ……、いい加減やめろと……」


 ──あいつ……、俺のいないところで馬鹿すぎる。


「ところでメリーはどこに行った?」

「お出かけにゃ」


 蘆屋あしやが探してることを考えると、少し放浪を我慢させた方がいいな。

 それにお市……。三雪ちゃんの時を思い返してみれば、少し変だ。制約がないし、強力に見えた。陰陽師オブ陰陽師に成り損ねた陰陽師と謎の市松人形の怪異──、よく考えるとかなり危険だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「ねぇねぇ、やばくない!? これこれ、首無しライダーの動画めっちゃバズってんですけど〜」


 鈴蘭がSNSに首無しライダーに襲われた時の動画をアップしていた。

「いいね」が六〇万件も付いている。

 そりゃそうだ。本物の怪奇現象だもの。


「お前、本当によくあの状況でこれ撮ったな……」


 ──逆に呆れる。


「すごいっしょ〜。しかも、これのっけたら芸能人のフォロワーまで付いたしッ!」

 

 普通に美女JKの鈴蘭だ。元々フォロワー数は多かったけど、五十二万人!? 芸能人レベル!?

 

「くだらねぇ……、芸能人だろうがカスはカス。原子レベルでくだらねぇー」


 間入れず舞い上がった鈴蘭にカウンターをぶちかましたのは、金剛くんだ。


「えー、だって見てよこれ! フランク・ビットからもフォロー来てるよ? ハリウッドだよ? ちょちょぎれる程やばくない? 見てよこれ。このパンケーキとかめっちゃシャレオツだよ〜!」


 負けじと鈴蘭がフランク・ビットの掲載したセレブリティ溢れるパンケーキの写真を見せる。


「は! 何がパンケーキだよ。んなもん、明日の便所に流すクソ見せびらかしてるだけじゃねーか。逆に恥を知れッ」


 ──明日のウ○コ!!


「世界中の人間が、明日フランク・ビットから出てくるウ○コにいいね付けてるだけだぜ」


 カンカンカンッ! 金剛くんのK.O勝ち。

 栄えるSNS写真をこんな見方をするのは、おそらく彼くらいだろう。

 うちの愚かな妹は、鈴蘭の影響を受けてのメリーの動画を撮ろうとしたんだな。


「國枝くん。例の頼んだブツは持ってきてくれた?」


 半泣きの鈴蘭の前を華麗に鼻メガネが横ぎる。

 突如、会話を遮り現れたキテレツ女子赤羽。


「あぁ、大変だったぜ。なんせ横浜まで行ったからな」


 俺の言葉に赤羽は、無表情にズレた鼻メガネの鼻を激しく揺さぶりかけ直した。

 多分、喜んでいる。


「それじゃ、一緒に帰りましょう」


 頼まれていたモノとは、謎の書物「人怪化」

 見た事もないほど不気味な真っ赤なボロボロの本で世界でもかなり希少な本……らしい。


「バイト代を払うから」そう言われて、赤羽に横浜の除霊師のところまで取りに行くことを頼まれた。


「その本、何が書いてあるんだ?」

「人怪化の資料よ」

「人怪?」

「そうね。ヴァンパイアや人虎、キョンシー、狼男、口裂け女に至るまで人間が怪異になってしまった例の珍しい資料よ」


 ──これまた奇奇怪怪ききかいかいな本だぜ。


「はい、これ」


 赤羽から茶封筒を手渡された。


「別にいいぜ。マブダチの頼みだ、バイト代なんていらねぇよ」

「そんな事を言わないでちょうだい。マブダチだからこそ、甘えたくないの」

「まぁ、そこまで言うなら……」


 茶封筒の中身を確認すると

 なんと、一──、二──、三──、四──、五

 個のどんぐりが入っていた。


「あの〜、赤羽さん……、これなんですか?」

「バイト代よ。奮発したのは気にしないでちょうだい」


 ──どんぐり五個


「俺は、森の人怪か何かか?」

「あら、國枝くん。そもそも人間とは、何をもって人間なのかしら?」


 そりゃ、この見たまんまのホモサピエンスだろ。


「そう、でもね國枝くん。あなたがもし、事故を起こして右手を切断してサイボーグになったら、見たままのホモサピエンスではないけれども、それは人間じゃないのかしら?」


 いや、手がロボットだけど人間だろ。


「じゃあ、足は? 内臓は? 胴体は? 頭は? それらを次々とロボットに変えていったら、それは人間なのかしら?」


 ──ん? んん? ほぼロボット……、だけど人間? あれ?


「デカルトは言った『そう思うのなら、そうなのでしょう』と」


 ──いや、言ってねーよ!

 

 それは知ってるぞ。ヤンキーの俺でもわかる。けしてそんな事を言っていない。正式には『我、思うゆえに我あり』だ。

『そう思うのなら、そうなのでしょう』は似ているが全然違う──、赤羽紅音のセリフだ。


「私たち人間が人間であるための理由は、もっとずっと多くを必要とするの。母から産まれたこと、幼い頃の記憶、人間同士のコミュニティーに所属すること、二足歩行であること、肺で呼吸すること、知能があること、死ぬということ──その他もろもろとね」


 お前が言わんとしてる事は、なんとなくだがわかったぜ。

 だが、どんぐりを通貨とするのは、どこにも含まれていねぇと思うのだが……。


「だけどね。そのどれか一つだけ欠けても、そのどれか一つだけでも……、人間たる理由や、人外たる理由にはならないわ」


 ──どう言う意味だ?


「例えばさっき言ったように、手が生身じゃなかったとしても、例えば不老不死になったとしても、例えば記憶がなかったとしても、例えば母から産まれなかったとしても、コミュニティーに所属してなかったとしても、報酬がどんぐりだったとしても」


 ──ここでどんぐりをねじ込んでくるか……。


「そのどれか一つだけが欠けたくらいでは、人外たる理由にならないのよ。私たち人間とは、もっとずっと曖昧の集合体で形成されているものよ」


 ──つまり、報酬がどんぐりであっても俺は森の民にはならないと?


「そう思うのなら、そうなのでしょう」


 ──デカルトに見えてきた!


「ところで竹内くん。最近、学校こないわね」

「あぁ……、兄貴が狂ったらしい」

「竹内くんのお兄さんは、もともと評判は狂っていると存じ上げていたけれども」

「赤い人に出くわしたっぽい」


 赤羽は立ち止まった。


「赤羽?」


 夕日の逆光が、シリアスに鼻メガネのレンズを光らせる。どんな感情かイマイチ把握できない。


「赤い人に……」

「どうかしたか?」

「いえ……」


 それからは、別れるまで俺たちは終始無言で帰った。何か触れたか? 俺はよくわからなかった。

 ひぐらしの鳴く声だけが二人の間に流れる。


 ──まぁ、明日になればいつも通りだろう。


 そう思って、いつも通り帰宅した。

 だけど、人は毎日変化する。

 人の変化が日常が生み出し、時代を形成する。俺が思っていた事と日常には、少しずつズレが産まれて、そのズレに生活を合わせて、人の日常はなんとなく変化していく。

 

 赤羽が言っていたように、人間が人間たる理由がずっと多いように、当たり前の日常も、ずっと多くの人間の日常で形成されているのかも知れない。

 

 いつだか、金剛くんが言った

『明日が、いつもと同じ日常で来るとは限らない』


 赤羽 紅音は、その日以来──、不登校となった。

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