第20話 首無しライダー


「逃げろぉぉ──ッ!!」


 その異形なモノの姿が遠くに見えた。

 真っ赤に光るボロボロのバイク、真っ黒なライダースーツ、そして首がない。

 

 今までの怪異は、生きているのか幽霊なのか、それすらもわかりづらいモノが多かった。

 あからさまに異形のその怪異は、細胞レベルに生命の危機を鳥肌に植え付けた。


 ブォォォォーンッ! と慌ててニュートラルのギアのままフルスロットルで空ぶかしをし、エンジンの吹き出し音が騒音となって鼓膜を震わせた。


 鈴蘭の顔も青ざめて言葉を失っている。

 俺の慌てぶりをみて、力漢もただならぬ心境を汲み取った。俺より先に状況を把握したようだ。


「落ち着け、ギアを一段から慌てずに行くぞ!」


 力漢は怪異に遭遇したというのに、冷やかすことなく冷静に対応してみせた。

 そんな毅然きぜんとした力漢をみて、頭が冷えた。


 鈴蘭も千鶴も力漢がいるから恐怖に耐えられる。

 そんな頼もしい男が、一緒で本当によかった。

 

「お兄ちゃんッ!!」

「大丈夫だ。しっかり掴まれ」


 千鶴の震えが背中越しに伝わる。

 急いで俺たちは、バイクを走らせた。


 モノクロと化した風景の中、他の車両一つ見当たらない。この異世界のようなバイパスをひたすらに走しり抜けた。

 

 八〇──、九〇──、百──、百二〇──。

 俺のVストロームの限界値スレスレのスピードですっ飛ばす。振り返る余裕はない。


「鈴蘭ッ! 実況を頼むッ!」


 ビュンビュン風がつん裂く中、届いているのかどうかわからない言語を腹の底から叫ぶ。

 このスピードで走らせる中、言語を届けるのも命懸けだ。鈴蘭は首を縦に振って答えた。


 ──どう考えてもおかしい。いつからだ?

 

 気づいた頃には世界が白黒になっていて、俺たち以外の人や車が、一台たりとも見当たらなくなったいた。

 

 ──この状況をどうする? か、考えろ……。


「ヤバイッヤバイ! あいつのバイク燃えてるんですけど〜!?」


 

 赤い光──、不自然に旗のように揺れるし、赤すぎると思った。


 ──あの光の正体は、燃え盛る火炎だったのか!?


「どうするよ、一護ッ!」


 力漢が並走する俺に向かって叫ぶ。

 俺は考えさせてくれと目で訴えた。


 時速一二〇キロのスピードの緊張感と、背後に迫る首無しライダーの恐怖と緊迫感で頭が、ぐちゃぐちゃになっていた。

 追い詰められた人間とは、自分が今どうなっているのかすら理解できないんだと悟る。

  

「千鶴ッメリーの時を思い出せ! 制約を検索してくれ!」

「なに〜?」

 風の音のせいか、真後ろで聞き取り辛いらしい。


「だ・か・らッ! せ・い・や・くッ!」

「せいやく?」

「首なしライダーを検索しろッ!」

「あぁね」


 千鶴はスマホを取り出し首無しライダーを調べ始めた。


「鈴蘭ッ! 距離はどんくらいだ!?」

「まだ余裕あるよッ! あんまり速くない」

「あいつのバイク多分、いじりまくったネイキッドだ。そこまで馬力はないと思うぜ。しかも燃えてるし」


 ──だといいけどな……。


 何せ相手は人間じゃない、怪異だ。予想はつかない。

 首無しライダー、勝手にアメリカンバイクのイメージがあったけど、どうやらネイキッドの族車らしい。日本の暴走族の亡霊か?


 そこまでスピードは出せないのかもしれないが、力漢のゼファーはともかく

 俺のVストローム250もまた、そこまでスピードは出ない。


 ハンドルのビリビリとした痺れ。

 つんざく風の音。

 夏なのにヒヤリとする風が体に吹き込む。

  

「お兄ちゃん。わかったよ!」

「どんな感じだ!?」

「えぇとね。、どっちが先がいいッ!?」


 ──どっちも悪いのかよッ!

 てかお前、この状況ちょっと慣れ始めてない!?

 こういう時は、悪い方から聞いとくべきだろう。


「先にすっごく悪い話から聞かせてくれ!!」

「首無しライダーはどこまでも追いかけてきて首無しライダーに抜かされてしまうと──」


 ──抜かれてしまうと? どうなる?

 え? おい、なんで黙った!?


 肝心なところで黙ったので、思わず振り返り顔を確認した。


 いつものあの──、したり顔だった。


 ──お前な……、こんな時までそれする?

 可愛いなこの野郎ッ!


「死ぬような事故に遭うって!」


 ──事故系の呪い。ありきたりだな。


 いますぐどうこうと言うよりは、呪われてしまう系の系譜。そしてこの認知度が高い存在の制約からいって、その呪い強さは恐らく相当なもんだろう。

 抜かれたら死ぬ事故……。

 

 一見なんちゃないシンプルな制約論。

 いったんが、言っていた複雑な手順を踏むとより強力な呪いがふりかかるという理論をもとにすると、手順はただ抜かすだけだ。なので、弱い呪いかとも思う。

 

 しかし──


 あの燃え盛る遅いバイクで抜かすという手順を考えると、それもまたより高度な複雑な手順を踏んだと言える気もする。

 結局わからない、だから抜かれるわけには絶対にいかない。


「次の悪い話はッ!?」

「実は、すっごく速く走れるッ!」


 ──さ、最悪だ……。


 ブォォォンと突然、後方から高音域のエンジン音が鳴り響く。俺のVストロームでも力漢のゼファーでもない。もっとレーサーよりの高音。

 同時にキ──ンと酷い耳鳴りが鼓膜を揺さぶる。


「ヤバイッて! 急に迫ってきたじゃんッ!」

 鈴蘭が焦る。

「おいッ一護ッどうすんだ!?」

「お兄ちゃんッ!?」

 皆が騒然とする。


 ──こっちが聞きてぇーよ。どうすりゃいいんだよ!


「もう近いよ、八百メートルくらいまで来た。國枝っち!」


 サイドミラーを確認すると燃え盛るバイクに首のない黒いライダースーツの怪異がすぐそこまで迫ってきていた。


 首元から血しぶき吹きあがっている。

 襲われてからはじめてその姿を近くで確認したが、異形すぎて直視ができない。

 

「何か抜かされない方法はねぇーか!?」

 俺は力漢に助けを求めた。

「んなこと言ってもこの状態じゃ……」

「怪異には制約がある。この怪異は抜かれなきゃ呪われないんだ!」

「だが、俺らのバイクより圧倒的に速ぇーぞ!」


 ──打つ手なし。

 このまま黙って抜かれるしかねーのか?

 くそッ!


「國枝っち!」

「なんだ?」

?」

「そうだ」

だけなら方法があるよ!」

 

 ──なんだって?


 スーパーギャルの鈴蘭が何かを閃いた。

 鈴蘭の目には、強い意志を感じた。


 ──その目と聡明な頭脳を信じるぜ!


「教えろッ!!」

!」


 ──は? Uターンだと?

 バカ言ってんじゃねーよ。

 それじゃ…………


 はっ!? そうか!


「なるほど、わかった!!」

 力漢とアイコンタクトをとり、お互いに頷きあった。


「千鶴、しっかり掴まれ──ッ!」

 

 叫びながらクラッチを握り

 急激にギアを落とす

 思い切って急ハンドルを切る。

 

 ギュルルルルゥ──と


 音をたてながらタイヤが地面に焼け付く。

 左足を地面に擦り付け、傾きながらバランスを保ち、車体が百八十度ターンする。

 前方を向くと、俺と力漢のその間、センターライン四〇〇メートル付近をこちらに向かって首無しライダーが走ってくる。


「いけぇぇぇ──ッ!」


 ──ブォォォン──ッ!!

 エンジンを唸らせ、首無しライダーに向かって俺たちは走り抜けた。

 わずか一、二秒で異形なモノとすれ違った。

 

 ──ギリギリッ!

 

 〝追い抜かれる〟から〝通り過ぎる〟に切り替えられたのはこの一、二秒しかなかった。


 スーパー天才ギャルの起点でギリギリ間に合った。

 そう──、Uターンする事によってのだ。


 ──切り抜けた?

 

 振り返るとそこには、もう首無しライダーの姿はなかった。


 ブゥゥゥ──ッ!!

 急に大きなクラクションが鳴り車が通りすぎていった。


「うおッ!?」


 いつのまにか風景も色をとり戻し、車通りも戻っていた。

 あの異世界のような空間から抜け出せたようだ。

 周囲を確認して、大きなため息が出た。

 四人で顔を合わせる。

 お互いの無事を確認できた途端、大きな笑いが吹き出た。


「本当にビビったぜ──、ははははは」


 ──生きててよかった……。

「帰ろうぜ。まじで疲れた……」

「疲れたんじゃなくて、憑かれたりして……」

 したり顔の千鶴が、後からヒョコッと顔出す。

 

「冗談やめろよ。そりゃキツい」

「写真とったんだ〜! 見てみて首無しライダーだよ。これバズり間違いなし!」

「お前、あの状態で写真撮るとか、まじですげーな。ある意味サイコだぞ」

 力漢が呆れていた。


 暴霊解散式に亡霊に襲われながらも、無事に終わりを迎えた。


 ──帰ろう……。

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