第7話 日常
勉強は一体なんの役に立つのだろう?
素朴な疑問だ。
先生や親どころか、妹にまで勉強しなさいと日々、言われる。
いつだか作家の親父に「勉強なんかやる意味あんの? 俺はやりたいように生きるわ」と言ったことがある。
親父はその言葉に対して、ありがたいお言葉を授けてくれた。
「そのやりたいことを叶えるために必要なもんなのさ。やりたい事がいつも同じだと思うのが間違いだ。変わったとき、または壁にぶつかったとき、人は簡単に理性をなくして感情的になって投げ出してしまう」
そう言って親父は、コーヒーを口に含んだ。
「薄いな……、まぁいいや。勉強はな、その理性のトレーニングなんだぜ? お前の選択肢を広げて、お前の理性を保ってくれる。だからしないより、した方がいい。しとけ、いや、しろよ!」
と不良の俺でも納得するような、心の底から感心する言葉をもらった。中卒の親父に……。
しかし、どんなに感心したところで俺の体は自分に正直なようだ。退屈なものは退屈だ。
将来後悔しようが、後悔するかどうかなんて、結局は後悔した時にしかわからない。
そう思うと、俺は机に突っ伏して
毎日、放課後を告げる鐘の音が鳴るまで……。
──時間だ。
「ふぁ〜あ……」
俺は大きなあくびをして、背伸びをする。
「今日は國枝っち、ずっと寝てたね〜」
鈴蘭が話しかけてきた。
「昨日、色々あったんだ」
俺は目を擦りながら返事をする。
「ふ〜ん。はい、ありがとう! 返すね」
そう言って俺のカバンを渡してきた。
──カバンごと……だと……!?
「
黒縁メガネのラーメンが、話しをしているのが聞こえてきた。
俺の三つ前の席に来来軒三人衆が募っている。
「昨日の話、聞いたか?」
「うむ……、聞いたでござる」
「〝赤い人〟がまた出たらしいぞよ」
「しかも、拙者のとなりのマンションからも被害者が出たでござる……」
「それはまことか、ラーメンッ!? 気をつけろよ!」
三人衆の表情から不安の顔色が伺える。
──赤い人?
そーいや、前からそんな話チラホラあったな。
つい昨日までそんな話は一切興味はなかったが……。
メリーがいる今は違う。
怪奇現象、怪異、都市伝説、オカルト全般、気になってしまう。
「えッ!? なになに!? 赤い人出たって!? まじ〜!?」
鈴蘭が席を立ち、来来軒の輪に混ざって行く。
──どんな話だっけ? 確か、真っ赤なワンピースを着ている女性の怪異だったけな?
ふと、赤羽に目を向ける。
今は〝ドラキュラ・ヴァンパイア全書〟なる本を開いていた。
──相変わらず、何考えてるかわからねぇーな。
昔はこんなんじゃなかった……。
相手をもっと知りたいのに、どんどんわからなくなっていく。人間の気持ちなんて、わからないと言う簡単な理由で薄れていくもんだよなーなんて思う今日この頃。
「赤羽、それ面白いの?」
赤羽は、目線だけこちらに移した。
「そうじゃないなら読む事はないでしょう」
──それも、そうだ。
「そのメガネ……うざくねーの?」
赤羽はパタンと本を閉じて、ふぅーと呆れ顔で吐息する。
「そうね。國枝くん。卵が先か、ニワトリが先かって言う論争あるじゃない?」
「あぁ……それなら知ってる」
生命の始まりが卵が先だったら、卵はどこから産まれたのか?
逆にニワトリが先だったなら、そのニワトリは卵なしでどうやって産まれたのか?
はたして、どっちが先に誕生したのか?
そんな答えの見えない問答だ。
「あれね……、私の場合は鼻メガネが先だったのよ」
「俺の知ってる限りでは、中三の夏からだよな」
「そう思うなら、そうなのでしょう」
──お前とは一〇年以上も共に育っているけども、そんな事実はねぇ……。鼻メガネもそのキャラも、ここ二、三年の話だ。
とは言うモノの、どう突っ込んでも「そう思うのなら、そうなのでしょう」で返されんのが落ちだろうから、反論する気にもならなかった。
教室のドアが勢いよく開く。
「おう一護、帰ろーぜ」
力漢だ。
「あいよ」
俺は席から立ち上がる。
ガラガラ──バンッ、と反対側のドアが勢いよく開いた。
「國枝、竹内、ハチマルビルにブス見にいこーぜ!!」
──フレーズだけで、誰が現れたか一瞬で悟れる。金剛くんだ……。
このスキンヘッドの男は
本名、竜ノ
何故、金剛なのかと言うと、その顔が金剛力士像のそれに瓜二つで、人相がめちゃくちゃ悪い。
そしてその名前でクラブラッパーとして、毎月クラブイベント「カスナイトフィーバー」でラップをしている。
色々と凄いが、極め付けは力漢ばりにめちゃくちゃ喧嘩が強い。
そして、青カラーギャング〝ブルーシット〟のヘッドでもある。
都会のように物騒ではないから、ギャングと族が仲が良かったりする。
むしろ同じ街、同じ学校の繋がりなら、どこのチームだろうと案外、仲が良い。
知らない奴、他の街のやつ、喧嘩対象は基本的に知らないやつだ。
「え、なになに? ハチマル行くの? 私もいく〜」
鈴蘭が乗っかってきた。
「んじゃ、みんな行こうぜ」
力漢が言った。
「俺はチャリだからよ。先に向こうで待ってるわ」
と、金剛くん。
「おう! 俺ら単車だからよ。先に待っててくれ」
力漢が金剛くんに言った。
「チャリのが早いの、ちょ〜ウケるんですけど〜」
「一護、ヘルメット二つ乗っかってるよな?」
「あぁ、あるよ」
妹のヘルメットが、いつもリアボックスに乗っかっている。
「んじゃ鈴蘭は一護のに、乗っかって行けよ」
力漢は愛車〝ゼファー400〟に跨った。
エンジンキーを回して、ヴォンッと吹かす。
「はい、はーい」
「はいよ」
と、ヘルメットを渡す。
「んじゃ向こうでな!」
エンジンを唸らせ、ゼファーが走り去った。
「よいっしょ!」
鈴蘭が、Vストロームの後部席に跨る。
「レディーが乗るんだから、事故んなよぉ〜」
と背中をツンツンする鈴蘭。
「当たりめーだろ。他人の命預かってんだ。安全運転に決まってんだろ」
「さっすが、國枝〜。かっちょいい〜!」
とちょっと前屈みに鈴蘭が囁いた。
──柔らかい、ポヨンとしたモノが背中に一瞬触れた。鈴蘭の──、巨乳──。
「おいッ! 飛ばすぞ! しっかり俺に掴まれッ! いや──、しがみつけッ!」
「ちょ、ちょっと、話が違ッ──」
ブォォォンッ! 低回転のエンジンを無理矢理高回転域まで持っていき、急発進。
鈴蘭をしがみつかせ、俺も出発した。
◇◇◇◇◇◇
ハチマルビルは、この市内のアポロン通りという若者向けの商店街にある。
服屋、飯屋、飲み屋、書店、ゲーセン、コスプレ用品、クラブ、ライブハウス、アニメグッズ専門店、薬屋まで、なんでも揃っている。
だいたい遊ぶところと言えば、この商店街だ。
放課後の高校生もここをフラついて時間を潰している事が多い。
ブン──、と携帯が振動した。
見ると千鶴からメッセージが来ていた。
【今日は、ともちゃん家に泊まります】
と言う内容だった。
了承のその旨を返し、ポケットにしまった。
「ねぇねぇ、AB型の取り扱い説明書だって〜、私ABなんだよね〜」
書店の前で鈴蘭が立ち読みをしているのは、分析本、近年まぁまぁ流行った本だ。
「お前、確かにABっぽいよな」
俺は答えた。
「俺はO」
力漢が言った。
「俺はB」
と俺。
「え〜と、天才肌で、繊細で、口下手なアーティストタイプだって、やったじゃ〜ん私ッ、あーでも二面性二重人格とか書いてあるし……」
「金剛くんもABっぽいよな」
力漢は金剛くんに話かけた。
「あん? 取り扱い説明書? 文字書いてあるだけでしょ?」
くだらねーっと付け足す金剛くん。
──そう言うところが、ABっぽい……。
何しにハチマルに来たかと思えば、月末のイベント「カスナイトフィーバー」の宣伝用のフライヤー配りに来ていた……が、それは本当に二、三件のおまけ程度にすませて
「あ〜本当ブスばっか、原子レベルでブス」
と、数時間もハチマルビルのベンチに座ってブスを眺めていた。
──本当にブス眺めにきたのか……。
「なんもなく明日が今日と同じ日常で来るって、どいつもこいつも思ってやがる。だから、あんなブサイクな顔してみんな歩いてんだ」
金剛くんは大きく背伸びをして続けた。
「大事じゃねーけど二度と言うぜ。明日が今日と同じ日常だと誰も疑わねぇんだ。永遠に生きてるつもりだから、あんなつまんねー顔ができるんだぜ?」
この「大事じゃねーけど二度と言うぜ」と金剛くんは言うのだけども、彼がこの発言をした時は、だいたい大切な事のように響いたりする。
俺もまた、永遠に今日と同じような毎日が続くと、どこかで思っていたのかもしれない。
金剛くん言葉を宿題にして、適当に遊び俺達は解散した。
◇◇◇◇◇◇
家に帰ったのは、夜の九時を過ぎていた。
すっかり暗くなり夜だ。
駐車場から二階の部屋を見上げると、電気がついている。
──あれ? 電気ついてんな……。
千鶴と親いねーし、メリー?
家に入り、水道の蛇口を捻る。
当然のように、当然の水が流れ、当たり前のように手洗いうがいを済ませ、当たり前の階段を踏みしめて二階に上がる。
ドアノブに手を回し、自分の部屋を当然のように開けた。当たりの前の日常のルーティン。
──は? 誰?
しかしそこは、俺の知っている当たり前の光景ではなかった。
ベットの上に見知らぬ浴衣姿の女の子が、鼻歌を歌いながら足をバタつかせて横になっている。
全く身に覚えがない……。
目を凝らして、もう一度見る。
──は? 誰?
女の子は、こちらに気付いていない。
よく見るとあの浴衣は、千鶴の七五三の時に着ていた浴衣だ。
そのピンクの浴衣を来て、見知らぬ誰かが、当然の日常のように雑誌をペラペラめくっている。
しかも驚く事にその女の子は、頭から全然当たり前じゃない大きな猫耳が生えていた。
俺はゆっくりと静かにドア閉め、自分の部屋の前で立ち尽くした。
──誰だ、あいつ。
どうやら、金剛くんの宿題に思っていたより早く取り掛かる事になりそうだ。
──俺の明日は、今日と同じ日常ではないみたいだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます