第5話 呪いの人形メリーさん


 鳴り響く電話の着信音。

 予想だにしていなかった事態に頭が困惑する。

 時間はまだあると思っていた。

 

 ──盲点だった……。

 俺の電話にかかってきていたが──

 最初に電話に出てしまったのは、千鶴だ!

 

『順番は変わらない』


 赤羽が言っていた言葉に安心しきっていた。

 自分の犠牲なら覚悟はしていた。

 しかし、他人の、それも大切な人間の犠牲などとはハナから頭になかった。


「くそッ!」

 

 焦りと、もどかしさが込み上げてくる。

 俺は千鶴の携帯をとり、電源を落とした。

 スマホの画面から光が消えて、真っ暗に


 電源は確かに落とした。

 これで電話は、繋がらない


 ……。

 

 なのに──、ピッと画面から光りが浮かび上がる。

 

「なんでだよッ! なんでだよッ!」

 

 俺の叫び声を嘲笑うように、着信音が響き渡る。

 心臓に冷や水が流れ込んだかのように、ゾッとした。

 

「いやァ──」

 千鶴はかぶりを振りながら、耳を塞ぐ。

「ざけんなッ! くそッ!」

 

 スマホのSIMを抜いても鳴り止まない。

 勝手にスピーカーモードとなり電話が繋がる。

 ザーと、砂嵐のような音が鳴り

 スピーカーがハウリングをし、音が消えた──


 その瞬間

 

『私メリー……今ゴミ捨て場にいるの……』

 

 囁きにも似た。

 微かな声なのに

 鮮明に鼓膜に刻まれる言葉。

 そういい残し、プツリと切れた。


 ──くそッ! 何がなんでも出なきゃならねぇのか!?

 だが、四回目でゴミ捨て場?

 家じゃないのか?


「一回目は、どこだった?」

 怯える千鶴に聞く。

「最初は、大洗駅おおあらいえきって言ってた……」

 

 茨城県大洗駅いばらきけんおおあらいえき? となりの県?

 赤羽が言っていた事が脳裏をかすめる。

 金剛くんのおかげで距離を稼げたのか? それで平均回数より増えた?


「二回目は!?」

宇都宮駅うつのみやえき……」

 

 ──地元の駅だ。

 

 そして三度目、いや、初めてを入れると四回目の電話はゴミ捨て場。

 

 ──次が家の前か? 考えろ。

 何か手はないか?

 守らなきゃ、妹を……。

 冷静になれ、赤羽の話を思い出せ。


「お兄ちゃん?」

 千鶴は不安そうに俺見つめる。

 

 冷静になれず、ぐるぐると千鶴の周りを歩き周りながら思考を張り巡らす。

 一つ一つ、赤羽とのやり取りを思い出していく。

 背中を取られない。背中を取る。電話に出たら……、順番は変わらない。


 ──くそッ、ほかにないのか?

 いっその事、タイマンを張るか?

 何もしないよりマシだ。

 だが、しくじれば妹を失う事になる……。

 はやとちってミスは、かんべん。

 最後は、決まって後ろにいる……。

 ん? 待てよ?

 

 メリーさんの話って、基本的に全部同じだよな?

 電話があって、後ろにいて、振り向くと……。

 他の怪異も、基本的には全部同じパターンじゃねぇのか?

 見聞きした限りでは、基本的に似たり寄ったり。

 そして最後は、どんな話でも同じ現れ方をする。

 

 


 ──もしかして、怪異には呪いや、力を発揮するための、怪異それぞれ独自のがあるんじゃないのか?

 じゃなきゃ被害の話が、統一されているのはおかしくないか?

 同じ方法で、同じ手順を追わなきゃ、ダメなんじゃないか?

 

 メリーさんなら……、電話の回数は距離で変わる。おそらく現れるまでの電話は制約ではない……。

 確定要素は最後に後ろに立っていて、振り向くと──。

 

 ──だけど、何故かけてくる?

 いきなり現れた方が、手っ取り早くはないか?

 何故、後ろに立つ?

 電話が来るたびに、何を感じた?


 


 この怪異は近づくたびに恐怖を与えている。

 つまり、ずっと追いかけられている感覚なわけだ。


 制約から外れるなら、後ろに立たさなければいい。

 そして、追われる側から追う側に。

 いや、それは不可能か?


 ──なら、待ち構える側に。

 やるしかない。これに賭けてみるか。

 ダメならそん時は、タイマンでもなんでも張ってやるぜ。


「千鶴ッ!」

「は、はいッ!」

 驚き、飛び上がる千鶴。

「お兄ちゃんを信じろッ!」

「えッ?」

 俺は妹に、いやらしい指使いをしながら迫る。

「え、え、何? え、えぇ!?」

 後退りをしながら、困惑する千鶴。

 

「ちょ、ちょっと! こんな時に何……、なに考えてんのぉ!? いや……、やめてって! あん……」


 ──今日のパンツは、赤と黒のレースか……。


 ◇◇◇◇◇◇


 静寂を切り裂くように、五回目の電話が鳴り響く。


「……はい」

 恐る恐る千鶴が応答する。

『私メリー……、今あなたの家の前にいるの……』

 

 鼓膜を通して、精神に恐怖を植えつける声。

 再び、プツリと切れる。

 突然フッと、家の明かりが消えた。

 

 ──電気が!?

 

 二人の空間を暗闇が染める。

 千鶴が「え?」と声を漏らす。

 

 ──停電? いや、多分メリーさんか……。


「大丈夫。俺を信じろ」

 怖がっているであろう妹に声をかける。

「う、うん」

 頼りない返事が暗闇を泳ぐ。


 ピンポーン、とインターホーンが鳴る。

 

 こんな真夜中に、まず普通の来客はない。

 これもメリーだろう。

 恐怖と生唾を飲み込む。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、はじめはゆっくりとインターホーンが鳴り、

 それが次第に──ピンポン、ピンポン、と早く短く鳴り出し──、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、何度も──、何度も──、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン──、何度も連打されて、インターホーンが壊れたように鳴り続ける。


「ヒィ──!」

 妹の裏返った声が聞こえた。

 

 狙われていない俺でさえ、心臓が凍りついている。

 千鶴の恐怖は計り知れない。

 

 ──ごめんな、怖い思いさせて。

 お兄ちゃんが、絶対守ってやるかんな。

 握り拳をグッと握り締め。

 死んでも守ると心に誓う。

 

 スッと、インターホーンが鳴り止んだ。

 

 戻った静寂が、逆に不気味さを倍増させる。

 安堵のない空間に、二人揃ってため息を吐く。

 

 カチ、パンッ、パチン──バンッ!

 

 と小さな音が至るところで鳴っている。

 家がうめいているかのようなラップ現象。

 

 すると今度は、コンッコンッ──

 

 と玄関を軽くノックする音が聞こえた、と思った矢先──、

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッドンッ! と強く叩く音に変わり──、ドンドンドンッドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッドンドンドンドッンドンドンドン、ドンドン、ドンドンドンドンッドンドンドン、ドンドンドンッドンドンドンドンッドンドンドンドンドンッ──ッ! 

 と激しく何度も玄関が叩かれた。

 

 張り詰める緊張感。

 夏の熱帯夜と恐怖によるじっとりした嫌な汗が混じる。

 たった数分の出来事なのに、時間がまるで永遠のように感じる。


 それも、しばらく続くとピタリた止んだ。


 カチャンッ──。玄関の鍵が開く音がした。

 ギィィィィ──と玄関が開く音。

 微かな風が、家を吹き抜ける感触がした。


 ──来やがった……。

 つーか、開けられんなら最初から、そうしろっつんだよ。ビビらせやがってッ!

 

 ギィィィ──、バンッ! とリビングのドアが一人でに開く。


 運命の六度目の着信音が心臓をノックする。

 ピリリリリリリィ──、ピリリリリリリィ──。


「……はい」

 千鶴がささやくように応答する。

 

『私メリー。今……あなたの後ろにいるの……』


 ──ま、まじか。


 目を疑った。

 声を押し殺し、唖然とした。

 

 千鶴のそばに、一〇才くらいの幼女がまさにあの西洋人形と同じ格好で、どこからともなく突如として、闇に浮かび上がる。

 その空間に不相応ふそうおうな姿が、恐れの念を抱かせる。


 ──頼む、上手くいってくれ!!

 神を信じない俺は、何に祈っていのだろうか?

 もう、そんな事もどうでもいい。

 今は、ただただ妹の無事を祈るだけ。


「いえ……、メリーさん。あなたが立っているのは──」

 

 千鶴は、後ろ髪をかき分けた。

 すると千鶴の顔が髪の中から浮かび現れた。

 

「私の前です!」

 メリーに向かって指を差して叫んだ。


 ──後前作戦。これが俺の切り札だ!


 チカチカと電気が点く。

 前後ろ逆に着た長袖の服が光であらわになった。

 足の向きを誤魔化すために足元には、箱が置かれ、前と後ろの隠蔽いんぺいのために、髪を全部前にもってきて顔を隠していた。

 後ろと前を逆に装っていた。

 その姿にメリーは無言で立ち尽くす。


 ──動かない? 予想してなかったか!?

 

「後ろは取ったぞコラァ!」

 隠れていたソファーから飛び出し、メリーの背後をとる。

 

 メリーは、ぐるっと首だけを回して俺を見た。

 人形とはいえ首だけが、180度回転させられると恐怖を覚える……。

 

 そして、俺の顔を見て、くしゃっと握りつぶされたようにシワをよせおぞましい表情で睨んだ。

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