第4話 ガチンコ大抗争


 恐る恐る、電話画面を確認すると──、

 鈴蘭すずらん なぎさの文字が、青い白い光に写しだされていた。


 ──なんだよ、鈴蘭かよ。

 俺はため息を吐き、電話に出た。

 

「あっ、もっし〜渚だよん!」

「何かようか?」

「今日の五時限目、生活課じゃん? 裁縫道具さいほうどうぐ貸してくれる?」

「それは別にいいけど、一つ確認していいか?」

 俺は呆れた口調で返す。

「なに〜?」

「お前、今どこにいんの?」

「家だよ──、あっはっはっは〜ウケる〜。サモさん、ちょちょぎれるんですけど〜」

 テレビに反応して爆笑する巨乳ギャル。


 二時限目の休み時間に、

 それもこいつは家から、

 五時限目の授業に、

 絶対必要であろう裁縫道具を、

 隣の席のクラスメイトに、

 電話予約をするという、

 荒技をやってのける。


 ──無敵か、てめぇーわ。


 ◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、放課後。

 俺たちは、約束の八枚山公園はちまいやまこうえんに来た。

 相手は隣の日光市にっこうしから、わざわざこちらまで喧嘩をする為に出向いて来ている。

 

 眼美羽好めびうすは、二〇人くらいのメンバーで、気合いの入った黒の特攻服を着込んでフル装備。

 対照的に俺達は、学校帰りで制服のままという地元の貫禄かんろくを見せつける。

 

 公園の駐車場には、どうやって曲がるんだ? と思わず目を疑う鬼ハンドル、突き上がったロケットカウル、三段シートだの、直管マフラーだの、ガッツリいじり倒した族車ぞくしゃが、ずらっと並んでいた。もちろん俺たちサイドのバイクも混ざっている。


 お互いの選出メンバーが、総勢七〇人くらいのサークルの内側で睨み合っている。

 こちらのメンバーは、俺、力漢りきお菱形三兄弟ひしがたさんきょうだい

 あちらのメンバーは……、まぁどうでもいいだろう。


「ぶっ殺すぞコラァ!」

「上等だクルァ!」

 ヤンキー同士の怒号が飛び交う。

 

 第一試合。

 菱形ひしがた 一鬼いっき

 菱形三兄弟の長男。暴霊の副総長でもある。

 スタンプ高の中でも、手のつけられない不良で有名だ。

 高校二年生で黒のドレッドヘアーは、この宇都宮市うつのみやしには彼しかいない。


 開始と同時に一鬼が、左手で相手の胸ぐらを掴み。

 相手の逃げ場をなくした。

 

 一方的に右拳で、鼻頭を、何度も──、何度も──


 「ぐぉ……あッ……がはッ」


 何度も──、何度も──、殴り付け──、圧勝だった。


 続く二番手は次男の、菱形ひしがた 二虎にこ

 金のメッシュが、とこどころに施されたツーブロックヘアー。

 一番の特徴は、左耳に大きな拡張ピアスをしている。

 たまに単三電池をピアスの代わりに付けている事もある。

 電池をここまでオシャレに魅せられる人間は、いまだニ虎しか俺は知らない。


 二虎は幼い時から柔道の経験者で、今でも柔道の道場に通っている。

 一〇年選手だけあって、黒帯で対人慣れもしている。一度でも掴んだら即投げられる。

 

 案の定、三秒くらいで──


「うあぁぁぁぁぁ──!」


 と相手は叫び声と共に、一本背負いで泡を吹かされていた。


 続く三男の、菱形ひしがた 三狼さんろう

 角刈りの鬼剃おにぞり頭。


 ──絶滅危惧種。


 こいつも強いが、やり方が少し汚い。

 いつも周辺に落ちている道具を使って、かならず勝ちに行くスタイルだ。


「勝ちゃぁ、いいんだよ」が口癖で、問答無用に鉄パイプやバットやら、レンガやら、なんでも使ってくる一番やばい奴だ。

 

 しかし、ステゴロの喧嘩には慣れてない。

 今回のようなタイマン勝負では、実力が発揮されない。

 奮闘するも、ボクシング経験者のボディーブローに──


「なッ……ぐはぁッ!」

 と、呆気なく沈んだ。


 そして、四番手は俺。

 相手チームは副総長らしい。

 赤い坊主頭で眉毛がない。

 身長が一七〇センチジャストの俺に対して、見下す形で前に立つ。


 ──百八十センチはあるか?


 左右の拳とも、中指の付け根に大きな拳ダコが見える。

 

 ──でけぇーな……。


 両拳に大きな拳ダコ……、殴り慣れをしている証拠だ。

 それが利き腕だけじゃなく、両方という事は、喧嘩で出来た拳ダコじゃない。

 グローブを付けない殴る競技。


 ──空手だな。


 思った通り赤坊主は、両足を広く取るスタンスで構えた。

 金的がある事を想定していない。中級の格闘技経験者は、反射的に試合のように構えてしまう。

 

 問題としては戦い慣れしているため、素人より圧倒的にタフであり、痛み慣れをしている。

 だから二、三発じゃ倒れたりしない。

 

 だが、戦闘パターンが試合のように、様子見から入ってくるスロースターターが多い。

 

 相手がプロ級だった場合は通用しないが、中途半端なヤンキークラスの場合。

 こちらが初手から全力で仕掛けると────、


 俺は全力でダッシュをし、跳び膝蹴りを放った。


「──なッ!?」

 と、想定外の攻撃に相手は驚き、ギリギリで防ぐも、よろめく。


「行くぞコラァッ!」

 大声と共に、左右渾身の大ぶりのフックをぶん回す。

 

 右──、左──、右──、左──、右右、左左ッ!

 めちゃくちゃに。

 不規則に。


 と、デタラメの攻撃への対処法がわからず、防戦一方になる傾向がある。

 

 ──こいつも思った通りだったぜ。

 そして俺は喧嘩屋だ。

 無論、手加減なんかしてやらねぇ。

 

 相手が亀みたいに顔面を必死で守っているところを──、ガラ空きの下半身目掛け──


 ──思いっきり、金的を蹴り上げるッ!


「ぎぁぁぁぁぁ──!」


 と、このように男なら誰でも戦闘不能になる。

 ついたあだ名が〝恐怖のゴーデンキッカー國枝〟ってわけだ。


 これですでに三勝、勝ちは決定した。

 ルールでは暴霊の勝利だ。

 ルールでは……な。

 

「ざけんなコラァ!」

「やっちまえコラァ!」


 が、大抵こうやって全員の乱闘になり。


「上等だコラァァァ──!」

 と、力漢が飛び出す。


 敵の頭にスーパーマンのようにジャンプパンチ。

 ゴッ! と岩が砕けたような鈍い音が響き。

 

「ぐァァァ──!」

 ぶっ飛ばさた相手側の総長が、アニメの如く吹っ飛んでいく。


 ──やっぱりこうなるんだよなぁ……。


「オラッ、かかってこいやッ!」

 更に力漢は眼美羽好を煽る。


 結局めちゃくちゃの強さで、残り全員をぶっ飛ばした。


 ──さすが力漢だよな。おかしい……。


 ◇◇◇◇◇◇


「ただいま」

 

 家に着いたのは、夜の十一時過ぎだった。

 なんだかんだで結局、無傷とはいかず口の中を切って、青タンもこさえた。


「あっ! また喧嘩でしょ!?」

 出迎えたパジャマ姿の千鶴が、俺の顔を見て騒ぐ。


「うるせーな、青春真っ盛りなんだよ」

 同じく青春真っ盛りの妹に、そう言ってリビングに入る。


 テーブルの上には、コンビニの弁当が用意されていた。俺のらしい。

 

「親父とみっちゃんは?」

「パパの握手会が温泉地で、ママも着いていったよ」

「ふ〜ん」

「誰と喧嘩したの?」

「どうでもいいだろ」

「また、こんなに怪我して〜」

 ぶつくさ言いながら救急箱を取り出す。

 

 ──母親健在で、母親ぶるこいつは何なんだろう?


「やめろ、鬱陶うっとおしい」

「ほら、じっとしてて!」

 両肩を掴み、俺をソファーに無理やり座らせる。


 母親がいるけども、母親代わりの妹も横に座り救急箱を広げる。

 ふと、テーブルの上を見る。

 そこには、親のいない兄弟が主人公で、妹が母親代わりになる漫画が置いてあった。


 ──なら息子代わりの兄になってやるか……。

 そう言えば、今日はメリーさんから着信はなかったな。やっぱり、イタズラだったか?


 そんな事を考えているうちに。

「はい! できた」

 と、母親健在でも、母親ぶる妹は治療を終えた。


 青タンの上には、湿布ではなく熱冷ましの冷却シート。

 全く怪我をしていない左腕が、隠された闇の力を封印しかのように、肘まで包帯ぐるぐる巻きになっていた。


「これ、何か封印でもした?」

 一応、聞いてみる。

「かっこいいでしょ? 次の喧嘩の時は『ようやく本気が出せそうだ!』とか言って包帯とってね」


 ──厨二かッ!


「お前、寝ないの?」

 そういえば、もう十二時近いのに妹が起きている事が不思議だった。

「ちょっと……」

 と、千鶴が何かを言おうとした、その刹那──、

 

 携帯の着信音が鳴り響く。

 

 ──ん?

 

 俺は常にマナーモードなので、俺のではない。

 千鶴のか? テーブルの上にある千鶴のスマホの画面を見る──


 〝〟の文字。


 それを見た瞬間、全身に寒気が走り、鳥肌が立つ。

 驚いて、妹の顔見た。

 千鶴は、うつむき怯えている。

 

「何回目だッ!」

 俺は叫んだ。


 誰が相手なんか聞く必要もなかった。

 今はただ、回数を知りたかった。 


「さ、三回目……」

 千鶴は震えた声で呟いた。


 最初の一回をカウントすると……、これが──。

 

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