第2話 夢


 気付くと自宅のリビングに立っていた。

 目の前に、2、3歳くらいの歩き始めたばかりの俺が泣いている。

 

「いったん! いったん、どこ!?」

 

 その可愛らしい俺は、泣きながら必死に何かを探している。


 夢? そう思った時、忘れていた前回の夢も思い出した。猫のぬいぐるみを買ってもらった夢だ。

 

 小さな俺は、俺の足元まで来て

「いったん、どこ?」

 と聞いてきた。

 

 俺は、同じ目線まで座り「いったんって?」と、聞き返した。

「いったん、いないと寝れない……」

 小さな俺は、そう言って泣き出した。


 いったん──。


 ◇◇◇◇◇◇


 次の朝、登校時に例のゴミステーションを覗くと、西洋人形の姿はなかった。


 ──まぁ、やっぱり考え過ぎだよな……。


「つまんねーの」

 

 力漢は、何かを期待していたらしい。

 すると後ろから爆音でHIPHOPが聴こえてきた。

 俺達の横を車並みのスピードで過ぎ去る。 

 

「どけよブスッ!」

 罵声と共に女子生徒の間を、あのぶっ飛んだママチャリで走り抜ける。

 

「さすが、金剛こんごうくん。朝から〝ちゃんと〟おかしい」

 力漢は、爆笑している。

「金剛くんは〝ずっと〟おかしい」

 いつもの会話を繰り返す。


 たまに金剛くんは、どんな脚力をしているのか気になる事がある。

 自転車のスピードとは思えない。

 オービスに引っかかった事があるのだから。

 

 愛車の〝ヤマハ マジェスティ〟には、ほとんど乗らない。いつだか一度、理由を訪ねてみたら──


「チャリのが速ぇ……」


 と、言っていたことを俺は生涯忘れる事はない。


「おっは〜、朝から、ちょちょ切れる笑い振りまいてんね、金剛くん」


 鈴蘭すずらんが、俺と力漢の間に入ってきた。セーラー服の胸元を揺らし、香水のいい香りがほのかに漂う。

 

「おう、おはようさん」


 力漢も挨拶を返す。


「おはよう、お前、めずらしく早くね? 朝見るの一年ぶりくらい?」


 あまりの驚きに、真夏に雪でも降るのかと心配になった。

 

「んー、まぁ、このまま一回帰るよ」


 ボタンの空いた胸元が揺れる。


 ──どうやら、雪が降る事はなさそうだ。

 

「はぁ? 何しに来たんだよ」

「朝の散歩ッ!」

 俺と力漢の肩をポンと叩いて駆け出した。

「ねぇ、ねぇ、来来軒らいらいけん三人組! 進撃の小人の新刊もってる?」


 と言いながら前の三人組の元に走っていく。

 

 鈴蘭が言う〝来来軒らいらいけん〟とは、ラーメン、チャーシュー、もやし、の事である。

 ややこしいが、食い物の事ではない。

 

 同クラスにいるアニオタ三人組。

 標準体型の黒縁メガネのラーメン。

 小太りの金縁メガネのチャーシュー。

 ガリガリの銀縁メガネのもやしの三人組だ。


 IQ157のスーパーギャルの鈴蘭すずらん なぎさ

 不良が恐れる不良の中の不良、竹内たけうち 力漢りきお

 人類みな平等にカスと言う、金剛こんごうくん。

 

 この三人は、誰もが一目を置く存在だが、分け隔てなくどんな奴も平等に振る舞う。

 金剛くんに至っては、分け隔てなく罵倒の対象である……。


 ブン、ブン、ブン──、とりんごマークのスマホのバイブが作動した。

 画面を見ると〝非通知設定〟の文字が映し出された。

 

 心当たりがある。

 昨夜見てた、エロサイトの架空請求。

 今朝から、ショートメールで攻撃を仕掛けてくる。

 

 今の、このご時世に誰が非通知着信に出んだよ、と思いながらそのままポケットに閉まった。

 

「もしかして、メリーさん?」


 力漢がふざけて言った。


「バカ言え、昨日引っかかったエロサイトの架空請求かなんかだろ」

「お前もちゃんとおかしい」


 力漢は笑った。


「今日、集会あんだけど、一護もどうだ?」

 

 力漢は、暴走族の総長である。

 力漢のチーム〝暴霊ぼうれい〟は総勢50名からなる、この地区の一大勢力だ。

 集会とは、チームで集まり単車バイクで走り回る暴走行為の1つ、迷惑行為だ。


「いや、今日はいいや。千鶴と映画の約束がある」

「妹思いのやつめ」


 俺はチームのメンバーではないけども、たまにゲストとして参戦する。

 愛車は、暴走族には相応しくないアウトドア好きの代名詞〝スズキ Vストローム250〟


「どこ走りに行くん?」

「日光かなー! 今回は普通に走りてぇ」

「あぁ──、いいなぁ」

 

 ちょっと行きたいなぁーと、思いつつ学校に向かう。


 ◇◇◇◇◇◇


「現実は、小説よりも奇なりッ!」

 

 自動販売機の前で千鶴は突如とつじょ、叫びを上げた。

「なんだよいきなり。うるせーぞ」

 

 たった今、見た映画「ロマンは沈まない」の影響をモロに受けている。

 遠からず、決して近くもない、それっぽいセリフを発した。

 

「わかってないなぁ〜いちごさん、──いや、國枝くにえだ 一護いちごさん」

 俺の顔を上目使いで覗き込む。

「何がだよ?」

 

 既に時刻は、午後8時を過ぎている。

 辺りは真っ暗で、街灯の光の演出が千鶴を詩人の道へと駆り立てているのは間違いない。

 

「非日常とは日常の延長線上に、突如として訪れるものである──」


 千鶴は、くるっと回り短いスカートをヒラっとさせた。

 微かにパンツが見えた。

 

 ──今日は、ピンクか……。


「ゆ・え・に!」

 今までで、一番大きい声を出す。

「その非日常が流れ込む事により、幸せとは日常にあったのか──、などと気付くものなのだよ」


 ──文学少女か、てめぇーわ。

 

「んで、何、飲む?」

「一緒でいいよ〜」


 俺はコーラを2本買った。

 

「芸術は──、爆・発だッ!!」


 両手を大きく広げ、キチガイのような妹が奇声を発する。

 

「お前……、もう別の世界になってんぞ、それ」


 狂人と化した妹に右手でコーラを渡す。


「ありがとう!」

 

 千鶴は右手のコーラを受け取り、今度は俺の左手のコーラと入れ換えた。


 ──やはり、どこまでも隣の芝は青いらしい……。


 ブン、ブン、ブン──、携帯が鳴る。

 ポケットから出し、画面を確認すると〝非通知設定〟と表示されている。


「またかよ……」

「だれ?」

「しらねー。非通知なんよ」

「出なよ」

「嫌だよ」


 目を細めて俺を、じーと凝視する。


「しつけーな……」


 もう、30秒くらい鳴り止まない。「はぁ──」

 とため息を吐く。

 大した動画もないくせに、よくもまぁ、こんな請求だけは熱心だよな。

 もっと興奮する動画を増やせよ、と小言を頭に浮かべポケットに入れた。

 

「ほら」


 ピンク色でバブル型のシェードが装着された、千鶴のヘルメットを内心「くそ、だせーな」と思いつつ手渡す。


「ほい」


 と、昭和時代を匂わせる、そのだせーヘルメット を受け取った文学少女は、それを緩く被り、バイクの後部座席に座った。

 

 エンジンキーを回し「──ヴォンッ!!」

 と千鶴が唸る。


 ──お前かいッ!

 

 そもそもVストロームのエンジン音は、回転数が低いから「ヴォンッ!」ではなく「ドゥルル」だ。

 

「──そして僕達は風になったのだ」

 耳元で千鶴がささいた。

「うるせーよ! わけわかんねー事ほざくなッ」

 

 ──ったく、この文学少女はアホみたいにすぐに影響を受けちまう。まったく呆れちまうぜ。困った妹だ。

 

「掴まっとけ!」


  アクセルを吹かし、俺達は風になったのだ──。


 ◇◇◇◇◇◇


 自宅の限界前にバイクを止めると、また〝非通知〟の着信が鳴った。

 俺は、ヘルメットを外しながら舌打ちをした。


「また、鳴ってるよ?」


 バイクから降りた千鶴が言う。


「あぁ」


 と空返事。

 

 いつもの様に、違和感のある間を感じた。

 視線を文学少女に向けると。

 やはりあの、したり顔だった。

 

 ──なんか企んでやがるな?


「なんだよ……」

「えいッ!」

「あっ、てめぇー!」


 したり顔の哲学者のたまごは、俺のスマホを奪い、ピンクのパンツを見せびらかして走る。

 

「彼女ですかぁ〜?」

 携帯を空高く突き上げ、少し離れた場所でニヤつく。


 5秒で侵略可能な、安全地帯で余裕をこいている。

 

 ──なめやがって……。

 

 ひょっとしたらこの妹には、偉大な哲学者の道が開かれたのではないか──と、一瞬だけ思っていたのだけど。

 残酷な現実を突きつけてやらねばならない。

 

 この愚かな妹は、文学少女レベルであって、偉大なる哲学者に成る素質が皆無という事が──、

 たった今判明してしまったのだ。

 

 ちょっと、考えればわかるはずだ……。

 どこの世界に、非通知で電話をかける彼女がいるというのか。


「えい!」

「あっ!」


 ピンクパンツの少女は、ピッ──と非通知着信に出た。


「もし、も〜し」

「………………」


 相手は、無言のようで千鶴は、首ん傾げながら応答を求めている。


「もし、も〜し」

「コラコラッ、返せよ」

 

 俺は、電話を取り返そうと妹に近く。


 ──前言を撤回する。5秒ではなく、15秒だ。

 

「オラッ、返せよ!」

「やーだーよ!」


 意地の悪い笑みを浮かべる千鶴。

 

 スマホの奪い合いの最中に、スピーカーモードのボタンに触れる。

 ザ──という、音がスマホから聞こえる。


「あっ、コラッ!」

 

 手からスマホが滑り落ち、地面にバウンドした。

「はぁー」と深いため息を吐き、スマホを拾おうとした途端──、聞こえた言葉に凍りつく。


「私メリー……、今、ゴミ捨て場にいるの……」

 

 非日常の足音は、迫って来ていた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る