捻くれ妻と、捻くれたい旦那は似た者夫婦

「……また負けた」


 がっくりとテーブルに突っ伏する旦那に、苦笑する。

 これ以上ない見事な敗者っぷり。散乱したカードが、ボロボロの旦那の心情をそのまま表しているようだ。

 何というか、本当に。


「こういう駆け引きゲームほんっと雑魚雑魚の雑魚ね」


 昔からそうだが、いつまで経っても成長しない。

 シンプルな運試しには滅法強いのだが、少しでも小賢しく駆け引きなんてしようとなると途端に最弱になる。私も別にそこまで上手いわけではないのだが、旦那のそれはもはや異次元に見える。


「そこまで言う!?」


 心外だとばかりに私を睨むが、記憶にないのだろうか。


「何連敗め?」

「10から先は数えてないけど」


 悟りを開いたかのような、清々しい顔で微笑む旦那にため息が零れた。


「そういうことよ」


 全部顔に出るのだ。目は口に程にどころではない、顔がもはや拡声器である。嘘がつけない。

 ババ抜きをしようが、ポーカーをしようが、心理戦が絡むともうダメだ。私はババを引いたからって顔が絶望に染まる人間を漫画か旦那くらいしか見たことない。


「心が綺麗なんだろうなぁ」

「私の心が汚れてるって言いたいの?」


 明後日の方を向いて言い訳を始めた旦那に白い目を向ける、


「分かった明日香、ポーカーフェイスの練習させてよ。後、嘘吐く練習」

「無理やり話逸らしたわね。まぁ別に良いけど」


 どうやっても無駄な時間になる気しかしない。

 完全にただの暇つぶしである。

 あるいは可愛い旦那を味わう時間だ。

 ふたりでカードゲームに興じるくらいには暇だからこそ付き合う贅沢な時間の使い道だろう。


「とりあえず自然に嘘吐くコツを教えてください」

「知らないわよ、そんなの。意識したことないし」

「呼吸するように嘘を吐くと」

「喧嘩売ってる?」


 希望職種はサンドバッグかパンチングマシーンなのだろうか。

 お望みならどちらでも叶える所存である。


「そんなことはないよ。ほら先生、何かお手本をひとつ」


 そして売られた喧嘩は言い値で買う。


「私、あんた嫌い」

「嘘だよね?」

「お任せするわ」

「嘘だと言って!?」


 結婚して3年は経つし、付き合いから数えるなら6年になるというのに。そんな付き合いたてラブラブバカップルみたいな反応をされても少し困る。

 私は旦那ほど素直に生きてる人間ではないし。


「本当よ」


 ついイジワルが先に出るし。


「心抉られた……」


 顔に絶望してますと書いてある。


「どれだけ繊細なのよ」


 流石にちょっと悪いことをした気になる。


「型抜きのお菓子くらい壊れやすいから気をつけて」

「どれだけ面倒なのよ」

「手がかかる子の方が可愛いと言いますし」

「旦那は手間いらずの方が愛しいわ」


 亭主元気で留守がいいとはよく聞く言葉だ。

 留守が良いとまでは思わないが。


「つまり僕は?」

「嫌いよ」


 だからと言って優しくはできないのだけど。


「もう立ち直れません」

「そういうところよ」

「追い打ち!」


 いじらしくしょげる方が悪い。

 そんなのイジメてくださいと言ってるようなものだ。


「動揺しすぎよ。ちゃんと平静を装わないと。訓練でしょ?」

「そ、そうだった……これは訓練……」

「まぁ私のは本音だけど」


 そろそろ私の嘘くらいは見破ってほしい。


「殺しに来てるでしょ!」


 涙目の旦那が気付くとは思えないが。


「つい」

「うっかりで殺さないで!?」

「全然ダメね」

「完全に掌の上で弄ばれてる……」


 燃え尽きた灰のようである。

 風が吹けば塵と消えそうだ。


「まぁそういうところが好きで結婚したわけだし」

「……完全に殺しにきてる」


 恨みがましい目をしながら、口元のニヤニヤを隠せない旦那。

 きっと本人は我慢しているつもりだ。

 そういうところがダメなのに。


「私が嘘ついてないといいわね」


 ついイジワルしたくなる。


「え、ここで!? ここでそんな追い込み方するの!?」


 そんな驚愕です、みたいな顔をしているが、追い込むとはそんな温いものではない。


「ところであんたさ」

「何!?」

「パパになるよ」


 こういうことを言うのである。


「嘘!?」

「これはホント」


 もっとちゃんとタイミングを考えて話すつもりだったのだけど。

 晩ご飯とか考えて、それっぽい空気とか考えて、ちょっとした計画を立てたりあったのだけど。


 我慢できないのは旦那も私も一緒だ。


「どれは嘘!? いや違う、そうじゃない、え、いや、でも!」


 頭を抱える旦那にちゃんと話すのはもう少し落ち着かせてからの方がいいだろう。


「頑張って見抜いてね、パパ。さぁ、ご飯の用意しようかな」

「待って、明日香! ねぇ!」


 後ろで旦那がテーブルに足を引っかけた音がする。痛そう。


「ありがとう!」


 痛いとか、問いただすとか、いろいろあるだろうに。

 それか。

 全部放って、それから来るか。

 旦那に背を向けていて、心の底から良かったと。


 今の私は、流石に嘘がつけそうにない。

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