消月の夜に交わされる愛

第13話 入れ替わる守り龍

 樹令が月李に助けられてから七日。

今日が、人間の姿の月李と一緒に居られる最後の日。


 キャラバンに扮した月李の宴から目覚めた樹令は、屋敷の主に礼をして兄貴と共に商家を出た。既に月李は、夜中のうちに商家を出てしまっている。昨夜まで月李が居た部屋には、蒼海玉の扇子と置手紙だけが残されていた。


「お前が一緒に出てくれて、ひと安心だ。あのまま屋敷に居たら、あの人魚に殺されていたか、あのお嬢様に捕まっていたな。」

兄貴は笑った。

 その笑いに少しの嫌悪を感じた樹令は、黙ったまま愛想笑いをしている。心の中ではずっと、今夜の事を考えていた。


〈浜へ行かなければ。必ず月李に会い、俺は守り龍になるんだ。〉


 兄貴は昨日の酒場に戻って行ったが、樹令は途中で港へ行くと言って別れた。

 一人になった樹令は、写真館に入り人間の姿での最後の一枚となる写真を撮った。もう戻る事のない人間である自分の姿を残しておこうと思ったのだ。写真が出来上がると、しばらく眺めてガラスの小瓶に納めた。小瓶の中に小さな自分がいる。そう思った樹令は、何とも不思議な気分になった。その後は何の当てもなく港をぶらつき、夕陽が沈むのを待った。


 


 大きく丸い月が、東の空に浮かび上がった。西には夕陽の残りが棚引いている。月李は、小屋から出て浜辺に座っている。樹令が浜辺へやって来た。


「月李。お待たせ。いよいよだ。月が昇り始めたよ。」

「えぇ、樹令。あなたを待っていたわ。きっと来てくれると信じてた。あのお嬢様や船のご主人は大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫。何も問題ないよ。ねぇ、これを見て。記念に写真を撮ったんだ。人間の姿の僕だよ。」

「あら、素敵だわ。」

「君にあげる。人間の僕に恋をしてくれた君に。」


 樹令は、写真を納めた小瓶を渡した。小瓶を受け取った月李は、写真と目の前の樹令を並べて笑った。


「ピューイリリィ。」

風が鳴いて陽光が現れた。


「あっ、陽光だわ。見て。そこに。」

月李が指差す空を樹令も見る。そこに、紫がかった大きく白い龍雲が見える。


「あの大きな雲のこと?」

「えぇ、そうよ。あなたは人間だから、そう見えるのね。そう。あれが私の守り龍の陽光よ。」

人間である樹令には、龍である陽光が大きな龍型の雲にしか見えなかった。


「月李、お待たせ。月が昇ったよ。さぁ、時間がない。夕陽は沈み切って暗くなってきた。」

「えぇ、陽光。ゆっくりしている時は無いわ。すぐに樹令に大事なことを話すわね。」

月李は隣にいる樹令に向き直すと、ゆっくりと真剣な顔で話し始めた。


「いい? 樹令。これから大事なことを話すわ。よく聞いて。」

樹令は黙ったまま大きく頷いた。


「これから陽光が自分の逆鱗を剥ぎ取り、あなたの肩に埋め込むわ。少しだけ痛いかもしれない。彼の逆鱗があなたの体と一つになれば、あなたの体は徐々に龍の姿に変わり天へ上ってゆく。そこから天鱗宮までの帰り道は、肩の逆鱗が教えてくれるわ。

 明日の朝になれば、龍体にも慣れ龍笛も使えるようになる。私に合図も送れるようになるはず。安心して。これから先、私たちはずっと一緒よ。


 一番大事なのは、今晩は消月の夜で月が消えてしまうの。あなたは龍の神力が使えなくなる。だからその間は、他の守り龍たちと一緒に天鱗宮で休まなければならないわ。私が人間の姿でいられるのは、今夜の月が沈み切ってしまうまで。だからその前に人魚の務めを果たさなければならないの。

 明日の朝、月が完全に沈んでしまったら私の脚は消え人魚の姿に戻ってしまう。樹令、神力が使えるようになったら、月が沈み切ってしまう前に私を迎えに来て。お願い。」


「分かったよ。月李。これで僕は、君の守り龍になれる。これから永い永い時を一緒に過ごすんだね。」

「えぇ、そうよ。樹令。」

月李は、樹令の手を取って微笑んだ。

 

 そして天に向かい

「陽光。話は終わったわ。もう大丈夫よ。」

と声をかけると、陽光は自分の逆鱗を剥ぎ取り、その壮絶な痛みにもがき苦しんだ。


「あぁ・・・ 陽光・・・」


月李の瞳から思わず涙がこぼれた。


 その様子に動揺した樹令は、月李の手を強く握った。そして陽光が逆鱗を樹令めがけて放った。樹令が痛みに声を上げ肩が虹色に光ったかと思うと、空から人間に姿を変えた陽光が落ちてきた。目の前の樹令からは手足が消え、龍の姿に変わりながら天へ昇ってゆく。


「陽光・・・ あなたなのね。あんなに激しい痛みがあるなんて知らなかったわ。ごめんなさい。あなたに、こんなに辛い想いをさせてしまった。」

月李は、足元にいる人間の姿をした陽光を抱き起こし涙を流した。


「いいんだ。月李。僕は大丈夫。それより、人間の姿の僕はどう? 君をがっかりさせていない?」

「えぇ、十分すぎるほど素敵よ。とても素敵。」

「そう。よかった。月がだいぶ高くなってきた。早く彼を天鱗宮へ帰さないと。神力が使えなくなる。まだ慣れていない体では大変だ。」

「そうね。陽光。すぐに伝えるわ。」


月李は天に昇った樹令に向かい

「樹令。消月の夜が始まるわ。だから、もうすぐ龍の神力が使えなくなる。あなたも早く天鱗宮に戻って。天鱗宮で眠りに就くのよ。」

「でも、月李は大丈夫なの? そんな夜に人間の姿でいる君は、大丈夫なの? 心配だよ。」

「ありがとう。樹令。私なら大丈夫よ。一人で乗り切れるわ。明日の朝、必ず迎えに来てね。待っているわ。さぁ、早く。月がこれ以上高くなる前に。早く天鱗宮へ戻って。月が消え始める前に。」

「分かった。明日の朝、ここへ迎えに来るから。」


月李は手を振って答えた。

樹令は心配そうな顔をして、肩の逆鱗に導かれるままに天鱗宮へ戻って行った。

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