第11話 もう一人の生存者
港に着くと二人は、嵐で沈んだ商船について聞いて回った。
聞いたところによると、商船は沈んだままで引き上げられる予定もなく、今もなお積み荷は海の中だと云う。商船の主については、港近くの酒場の二階に身を寄せている男が嵐に遭った商船の主かもしれないと聞いた。月李と樹令は、一縷の望みをかけ酒場へと向かう。
港から近い路地に入った所に古い酒場があった。
樹令が先に中に入り店主に事情を話すと、二階にいる男がその商船の主だと言い男に声をかけてくれた。ギーギィという軋む音を立てながら一人の男が階段を下りて来る。
「あっ、兄貴。ご無事だったんですね。よかった。」
樹令が近寄りながら声をかける。
「おぉ、樹令。お前か。よかった。無事だったんだな。他に生きている奴は?」
「分かりません。僕も村の人に助けられて、今日やっと兄貴を探せたところで。」
「おぉ、そうか。そうか。上がれよ。少し話そうじゃないか。」
そう言って男は樹令を二階へ誘った。
樹令は後ろにいる月李を気にかけて振り向く。
「よかったわね。樹令。私は、先に屋敷に帰っているわ。ゆっくり話して。」
月李は微笑んで、この場を離れようとした。
「あぁ、ありがとう。月李。じゃぁ、また屋敷で。」
「えぇ、待っているわ。」
月李は手を振って先に店を出て屋敷へ戻って行った。
樹令は、兄貴に言われるまま二階へ上がった。
「さぁ、座ってくれ。今はここで世話になっているんだ。昔からの知り合いでね。お前は今、どうしているんだ?」
「俺は、さっき一緒にいた女性に助けられました。その後、村の旦那の屋敷に運ばれて今はその屋敷でお世話になっています。」
「そうか。先ずは命があってよかった。実はな、五日後に出る昔仲間の船があってな。そこに乗せてもらえる事になっているんだ。どうだい? お前も一緒に国へ帰ろう。」
兄貴は意気込んで樹令に持ちかけた。
「それが・・・ 俺はこの村に留まろうかと思ってまして・・・」
申し訳なさそうに樹令はうつむいた。
「何だい? 何か帰りたくない理由でも出来たのか? あぁ、さっきの女か?」
「えぇ、まぁ。実は、俺を助けてくれたのは人魚でしてね。」
「ぶわぁはっはっ。何だって? 人魚に助けられただって? お前、夢でも見たのか? そんな話がある訳ないだろ。」
「いや、本当なんです。前に兄貴だって伝説を話してくれたじゃないですか。あの話、本当だったんですよ。人魚が助けてくれたんです。それで、人間の姿になってもう一度、俺の前に現れたんですよ。」
「はぁ? その人魚がさっきの女だって?」
「そうです。さっきの女性です。それでね。彼女が云うには、俺が彼女の守り龍になったら数百年も一緒にいられるそうです。人間の姿から龍の姿に形は変わってしまいますがね。それで、天鱗宮と云う処に棲むのだそうで・・・ 彼女は命の恩人ですし、あんなに美しい人とすっと一緒に居られるなら龍になろうかと思っているんです。」
照れ笑いをしながら恥ずかしそうに話す樹令を見て、兄貴は血の気が引いた。
「おいおい、樹令。何バカな事を言っているんだ。そんなもの嘘に決まっているだろう。お前は殺されちまうんだよ。人魚に命取られちまうんだよ。
いや、そもそも人魚なんて会える訳がねぇ。人魚は海の守り神だ。お前は、あの女に騙されて殺されちまうんだよ。しっかりしろ。」
兄貴の語気の強さに驚いた。
だが樹令は、
「そんな訳ないよ。兄貴。今だって同じお屋敷でお世話になっているんですから。俺を殺すつもりなら、もう出来たはずだ。」
と反論したが、兄貴は信じていない様子。
「でぇ、お前は今、何処のお屋敷にいるんだ?」
「商家の旦那の処です。うちの船とも取引があるって言ってました。」
「商家? うちの船からいつも白葡萄酒や蒼海玉やらを買い付けている、あの旦那の処か?」
「あっ。そうか! そうです。通りで見たことがあると思った。そうです。その旦那の処です。」
「ならば知らない仲じゃない。俺が一緒に行って、お前を引き取らせてもらおう。屋敷を出て早くここへ来い。でないとお前は、あの女に殺されちまうぞ。」
「そんな・・・ 兄貴、そんなはずはないよ。」
「よし、行くぞ。」
兄貴は樹令を連れて出ると、商家へ向かって歩き始めた。樹令は、困った事になったと落ち着かない足取りのまま歩き続けた。
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