守り龍の決意

第9話 嫉妬と告白

 陽光ヤングアンは、月李が助けた青年がいる屋敷から天鱗宮へ戻っていた。どうにも落ち着かない。胸の中が嵐のように蠢き気持ちが定まらずにいる。


〈このまま月李があの青年の子を得て戻って来るのは、人魚の掟通り。そうなれば喜ぶべき事なのに。なのに僕は喜べない。受け入れたくない。嫌だ。そんなの嫌なんだ。僕は、月李が好きなんだ。ずっとずっと、二人が同じ姿形で触れ合えたならと願って来た。

 そうか。今は好機だ。僕が今、代わりの守り龍となる男を見つけ人間の姿になれれば願いは叶う。月李も子を得て戻って来られる。人魚が人間の姿になった務めは果たせる。

 そうだ。あの伝説が真実なら、もし真実なら僕はもう一つの願いも叶えられる。僕が心臓を差し出せば、月李の生涯が尽きるまでの間ずっと、僕たちは一つの体に存在していられる。そうだ。今すぐ月李に話しに行こう。〉


 陽光は天鱗宮を飛び出し白みゆく空を駆け、月李の元へ急いだ。



「ピューイリリィ。」

風が龍笛の音を運ぶ。


「はっ。陽光だわ。どうしたのかしら? こんな時間に。」

月李は起き上がり庭へ出ると天を見上げた。

陽光は月李の姿を見つけると、そっと尾で包み屋根へと抱き上げた。


「ごめんね。月李。こんな時間に。どうしても月李に話したい事があって。」

「どうしたの? 陽光。何かあった?」


「うん。実は・・・ 僕がずっと君を好きなのは知っているよね。それでね。僕やっぱり、君が人間の男と恋をするのは嫌なんだ。どうにも嫌なんだよ。その事を思うと胸の中が嵐のようなんだ。

 それでね。月李、今が好機だと思う。虹の橋で話したあの伝説を、信じてみる好機だと。」

陽光は意を決して告白した。


 少し驚いた様子の月李は

「陽光、何を言っているか分かってる? どういう事?」

「あぁ、分かってるさ。僕が今、あと三日の内に人間の姿になれれば、君と恋をし君が子を得る相手は僕になるって事さ。

 そしてその後、僕は君にこの心臓を差し出し、珊瑚の痣となって君の体に生涯寄り添い一つになっていられるって事だよ。」

陽光は、少し微笑んでいる。


「何をバカな。あの伝説を信じるって言うの? もし嘘だったら、あなたはどうなるの? 死んでしまうの?」

「分からない。でも、それでも構わないよ。このまま君が人間の男と恋をするのを、ただ見守っているよりマシさ。君は僕が嫌い? 同じ姿形で触れ合い僕と、一瞬の恋をしたいと思わない?」

今度は少し悲し気な顔で月李を見つめている。


「それは・・・ でも、代わりの守り龍はどうするの?」

「それはあの青年に頼むに決まっているじゃないか。君に恋をし始めているだろう?」

「でも・・・ でももし、樹令が守り龍になる事を選んだとして、どうやってあなたが入れ替わり人間になるというの?」


「大丈夫。その時は僕が、この逆鱗を剥ぎ取り次に守り龍となる人間の男の肩に埋め込めばいいのさ。」

「本当にそれで入れ替われるの? あなたが人間になれるの?」

「あぁ、成れるはずさ。そうすれば、今の月李と同じ姿形になれる。君と恋をしたい。一瞬の恋でもいい。君に触れ一つになる喜びを、初めて一緒に感じられるんだから。」

陽光は、まっすぐに月李を見つめている。月李はその視線から動けないでいる。


「陽光・・・ あなたは、それほどまでに私との恋を望んでいたのね・・・」

「うん。ずっと夢見ていたんだ。でも、そんな事は無理だと思っていた。

 けれど、あの伝説を知ってしまってからは、いつか叶うかもしれないと希望が湧いた。今がその時だ。三日後には消月の夜が来る。

 その日が人間の姿の最後の日だけど、最大の好機だ。その直前に僕が青年と入れ替わり人間の姿になれれば、守り龍は天鱗宮へ帰るしかなく神力が使えない。

 だから誰にも邪魔されず僕たちは、朝日が昇るまでは同じ姿でいられる。月が沈み朝日が昇り始める前に守り龍に迎えに来てもらえば、君は安全に人魚に戻り海鱗宮へ帰れる。そして海鱗宮で僕たちの子を産んで欲しい。その時僕は珊瑚の痣となって、君の胸に共にいるはずだ。」

「陽光・・・ でも・・・」

月李は戸惑っている。言葉が見つからない。


「あの青年ならきっと、君を心から慕うはずだ。そういう瞳をしていた。人魚の歌声はそういう神力があるのだろう? 大丈夫。この計画は上手くいく。僕のたった一度の恋だ。生涯で一度の恋。そして、その恋の中に僕は君と居られるのなら、それでいい。」


「分かったわ。陽光。あの青年に話してみる。消月の夜に、浜辺で会いましょう。」

「うん。待っているよ。月李。」

陽光は、より優しく月李を包み庭へと下ろした。


 月李は手を振って陽光を見送ると、部屋に戻りまた横になった。そしてたった今、陽光が話した事を思い返している。


〈私だって陽光が好き。そう・・・ 陽光が好きだから戸惑っていたんだわ。人間と恋をして鱗族の血脈を繋がなければならないのなら、人間になった陽光がいいわ。ずっと好きだったもの。ずっと見守ってくれてた陽光が。朝が来たら樹令に話してみましょう。〉

月李は目を閉じ、わずかな時間の眠りに就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る