第4話 消月と龍の神力
わずかに聞こえる小さな波の囁きは、月李の心を揺らす。
「その伝説が真実かどうか、試してみない事には分からないわ。もし真実なら、二人はずっと一緒にいられるわね。でも、愛しい人と一体である事がそんなに大事なの?」
波の囁きに答えるように、月李は呟く。
「そうね。そうよね。真実かどうかは、試してみないと分からないわね。今のままでも十分だけど、本当は陽光と同じように時々人間が羨ましいと思ってしまう私もいるの。」
月李はしばらく天空を見つめると、海鱗宮へ戻って行った。
月李の心は大きく揺れている。
思い出された人魚と龍の恋の伝説を、一筋の希望のようだと感じている。そんな自分に気付いてしまったのだ。
虹の島で陽光と話した日から月李は、落ち着かない日々を過ごしている。何かをしていないとあの伝説が心を占領してしまう。だからと云って、王女様に言われた通りに人間の男との恋を探しに行く気にもなれない。仕方なくいつもの珊瑚の枝に寄りかかり竪琴を弾き歌を唄っていると、人魚たちのおしゃべりが聞こえてきた。
「ねぇ、もうすぐ月が消える夜が来るわ。何だか、そわそわするの。」
「そうね。私もなんだか落ち着かないわ。たった一晩の事なのに。」
「えぇ。その一晩は、守り龍たちの神力が利かないものね。龍たちは皆、天鱗宮で眠りに就いてしまうのでしょう? 私たちも海鱗宮で大人しくしていましょう。」
人魚たちはひどく怖がっている様子で、落ちている真珠を集め終わると海鱗宮へ戻って行った。
月李は初めて聞いた月が消える話に驚いて、背中の珊瑚に聞いた。
「ねぇ、紅珊瑚さん。今の話は何? 月が消える夜って? 守り龍の神力が利かないってどういう事なの?」
「あぁ。もうすぐ月が隠される夜が来るのよ。満月なのに月が欠け、やがて新月のように姿が消えてしまうの。その夜には、守り龍たちは神力を発揮する事が出来なくなる。だから人魚たちを海へ連れ帰る事も、天空から見守る事も出来ない。仕方なく天鱗宮で眠りに就くのよ。いつも見守られている人魚たちにとっては、とても怖い事なの。だからその夜を恐れて海へは出ない。船を助けたり浜辺に近付いて、人間の男に心を奪われないように海鱗宮に籠るのよ。何かあったら困るでしょ。」
「ふーん。そんな夜があるのね。」
「えぇ。月李はまだ若いから出遭った事がなかったのね。今度が初めての消月の夜ね。」
「うん。それはいつなの?」
「七日後よ。だから月李も大人しく海鱗宮にいた方がいいわ。」
「うん・・・ ねぇ。その夜は守り龍の神力が利かず海に連れ帰される事も無いのだとしたら、もしその夜、人間の姿だったらどうなるの?」
月李は、ふと心に浮かんだことを聞いてみた。
「なぜ、そんな事を聞くの? 月李、何か危険な事を考えているの?」
「違うわ。ふと、思ったのよ。だって人魚たちは皆、とても恐れているじゃない?」
「ならいいけど。もし、その夜に人間の姿でいて突然、人魚の姿に戻ってしまっても迎えに来てくれる守り龍は現れない。海に帰る事も出来ない。水に触れる事が出来ないという事は、とても危険な事だわ。脚を失い尾ひれだけになった人魚は陸にいられない。途端に動けなくなる。そんな時に、雨を降らせて守る事が出来る守り龍も来ないのよ。死んでしまうわ。」
紅珊瑚は優しく教えてくれた。
「そうなのね。確かにそれは危険だわ。じゃぁ、その一晩は、何が起きても守り龍は現れないのね。もし、人魚が一人で陸にいても助けは来ない。いざという時に連れ帰れる守り龍がいないのね。」
「えぇ、そうよ。だから月李も、海鱗宮で消月の夜をやり過ごしなさい。いいわね。」
「うん。分かったわ。大事なことを教えてくれて、ありがとう。」
月李は珊瑚の言葉に答えると海鱗宮へ帰って行った。
海鱗宮へ戻っても月李は落ち着かず、部屋の中を行き来したり横になったりしてずっと考えている。陽光が話してくれた恋の伝説と紅珊瑚が教えてくれた消月の夜の事を。
「もしも・・・ もしも、あの恋の伝説が真実なら、消月の夜は好機だわ。海にも陸にも誰もいない。その時がきっと・・・」
そんな考えがぐるぐると巡っていた。
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