恋の伝説
第3話 虹の島で
月李たちが暮らす海鱗宮から、そう遠くない場所に小さな島があった。
人間が時々、神事を行い祈りを捧げに来る静かな島が一つ。その島の上には時々、大きな虹が現れる。人間たちはその島の事を‘虹の島’と呼び敬っていた。
自由に天空を飛び回れる龍たちは、虹が出るとこの島にやって来ては虹の橋をくぐり神力を高めていた。この美しい光景を間近に見て味わっている陽光は、いつか月李にも味わってもらえたらと思っていた。虹の橋は、無数の小さな澪の集まりで出来ている。水中に棲む人魚でも、唯一そのままの姿で通れる天空の場所だったから。
ある日、晴れた空に突然、激しい雨が降り出した。白く煙る水幕は、美しく太陽に照らされ輝いている。雨は激しく一時降り続き、次第に弱まり霧雨のようになった。
虹の気配を感じた陽光は、今この時と急いで月李を呼びに行く。陽光の願いが叶う時が来た。虹の島に大きな虹が架かっている。
陽光は海から月李を連れ出すと、背に乗せ虹の橋をくぐり幾度も虹の橋に触れた。二人とも声を上げ笑ってはしゃいでいる。そうして大きく神力を上げた後、二人は虹の橋のたもとで一休みしながら体に付いた虹の粒を払った。体から落ちた虹の粒は色を失い儚く景色に溶けてしまう。消えてゆく虹の粒を追いながら陽光は、何処かから聞いて来た人魚と龍の物語を月李に聞かせた。陽光が話す切ない物語は、二人の細胞に深く沁み込み虹の橋から授かった神力と共に記憶に残された。
今日も虹の橋に大きな虹が架かっている。波間から見た虹の橋は美しく輝いていたが、月李がひと泳ぎしている間に儚く消えてしまった。虹の橋が無くなった島には、龍たちの姿もなく静かだ。月李が虹の島の岩場にもたれ休んでいると、虹の橋をくぐっていた陽光が天から下りて来て、まだ体についている虹の粒を月李に降らせる。月李の体が淡く虹色に光る。
「ねぇ、月李。いつだったか、二人で虹の橋へ行った時のことを覚えている?」
「えぇ、もちろん。覚えているわ。あんなに美しい光景を忘れる訳がないわ。」
「よかった。あの日は、太陽が顔を出しているのに激しい雨が降って、その後に霧雨が降り続いた。そこに大きな虹が架かった。その虹の気配を感じてすぐに僕は、君を呼びに行ったんだよ。まだ雨も降っていたし、虹をくぐるのなら君の体も安心だからね。それで君を連れ出し背中に乗せ、虹の中へ入ったんだ。ずっと、君にも間近で見てもらいたい触れてもらいたいと思っていたからね。」
陽光は嬉しそうに、あの日の事を話し始めた。
「そうだったの。ありがとう、陽光。虹の橋は、とても美しかったわ。」
「そう、よかった。あの日、珊瑚の
「えぇ、覚えているわ。鱗族の伝説でしょ。人魚と龍が一体となっていられる方法だって云うのでしょう? あんなの伝説よ。きっと嘘だわ。誰かの作り話よ。」
「あははっ。君は、あの日もそう言ってたね。だけど僕は、信じているんだ。いつか、僕の代わりに君の守り龍になってくれる人間の男が現れて僕が人間の姿になれたら、僕は死を選びこの心臓を喜んで君に渡す。そして、君が僕の心臓を君の胸に納めてくれたら、僕は紅い珊瑚の痣となって君の胸で拍動する。
君の美しい白い肌に生涯消える事のない紅い珊瑚の痣となって、命が尽きるその時まで一体なっていられる。君の体に一つとなり、君の一番近くにいつも居られるからね。」
陽光は静かな笑顔で話した。
「陽光ったら。そんなバカな話を本当に信じているの? 今聞いてもおとぎ話よ。それも悲しいおとぎ話。もう止めて。たとえ違う姿形でも、私たちはこうして言葉を交わし心を寄せ合い永い生涯を共に過ごす事が出来るのよ。それで十分じゃない。今のままでも十分に心は温かくなるし触れ合うことも出来る。あなたをとても身近に感じているわ。」
月李は、冷静に心にある事実を言葉にして伝えようとした。
「そうだね。ごめん。もうこの話は止めよう。君のそんな困った顔は見たくない。ごめんよ。忘れて。」
陽光は慌てて謝ると、天空へ昇って行った。
月李は、遠ざかってゆく陽光の背を見つめている。
「あんなのただの伝説よ。誰かの作り話だわ。本当である訳がない。でも・・・ 胸がざわつく。もし本当だとしたら・・・ もし本当に、そうして恋を成就させた人魚と龍がいたとしたら・・・ もし陽光が人間の姿になって、その時私も人間の姿でいたなら、私たちの恋も成就するわ。私たちは同じ感触で互いに抱きしめ合う事が出来る。そして、私が陽光の心臓を受け入れれば、二人は一つの身体にずっと一緒にいられる。」
月李は一人、そんな事を考えていた。すると足元で波が囁いた。
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