2話 平原の戦い(2)

 日が暮れると、大地は雪の反射だけで照らされているみたいだった。

 寒さはいっそう厳しくなり、孤独はいっそう悲しみを帯びた。


 ブリタニーは気晴らしに歌を再開しようとしたが、あたりを見回しても歌を想起させるものは何もなく、無言のまま、ときどきブルゴに合図をしながら機嫌よく道を進んでいった。


 突然、風に混じって大きな轟音が聞こえた。

 それは海からの力強い息吹であり、その波は嘆きながら、数キロ先の海岸の岩の上で砕けて死のうとしているのである。


 農夫に言われたとおり、ブリタニーは長い時間を歩き続けた。

 ふと、月や見えない星からではなく、どこから来るかわからない夜光のような光がひとつ見えた気がした。数キロにわたる遺跡の「巨大な石モノリス」の影に何かがいる気がしたのだ。


 ブリタニーは勇敢だが、昔気質のブルトン人で、つまり迷信家でもあった。


 平原に点在する「一枚岩モノリスの軍団」がまるで巨人の兵士のように持ち場に立っているのを目の当たりにしたとき、彼は農夫の忠告を思い出し、ブルゴを止めて警戒した。


 巨石にまつわる伝説の真相を見極めたいと考えたが、いっそのこと地底を探った方が何かを得られたかもしれない。

 このような時間、このような天候では「花崗岩の幹を持つ森」はその詩的な神秘を何も見せてはくれなかった。


 石の迷路で迷わないように、ブリタニーはできるだけ方向を定めて馬を走らせ、二リーグ(約8キロメートル)ほど続く「巨石の墓地」に入った。そこは三インチほどの積雪に覆われていた。

 ブリタニーはこの草と苔で覆われた「巨石の遺跡」を感嘆しながら眺めた。巨石は突風を堰き止めて、次から次へと走らせ、びゅうびゅうと荒々しい旋律を奏でた。巨石の障害物にぶつかるたびに咆哮した。

 ブリタニーはこの突風に混じって、まだ見えない敵——悪霊でも狼でも——の接近を知らせる音が聞こえないかと耳を澄ませた。


 しかし、聞こえるのは海鳴りだけだ。

 世界が呼吸しているような、あの大きな息吹である。


 馬のブルゴは動揺を隠さなかった。

 まるで農夫の警告を理解していたかのように、そしてそれが実現することを察知したかのように、耳をすませて立ち止まった。ブリタニーが馬の名前を呼びながら手で撫でてあげると、ブルゴは勇気づけられて歩みを再開した。


 ブリタニーは地歩を固めていた。

 すでに平原をかなり進み、足場に慣れ始めていた。

 空は少し晴れてきた。雲の切れ間から、白い角笛のような月が見えている。


 ブリタニーは、平原を照らすこの幻想的な光景を目の当たりにして、「農夫のいう恐怖は素朴な想像の産物」だと確信した。悪霊どころか、狼に見間違えそうなものは何もなかった。


「存在しない敵を恐れて、のろのろと歩を進めるのは馬鹿げている」


 次第に、そう考えるようになった。

 ブリタニーは「悪霊か狼の襲撃」と「カルナック城での歓迎」を想像して天秤にかけた。


 最後にもう一度周りを見渡し、雪上をなぞる月光と巨石の影しか見えないことを確認すると、ブルゴの腹に拍車を入れて、巨石の迷路を全速力で走り出した。


 バラッドで歌われる騎士の幻想的なレースのように、10分ほど快走しただろうか。


 ブルゴは突然、石になったように立ち止まった。

 鼻の穴から大きく空気を吸い、頭を右に向けて震えながら前進をやめて後ずさりし始めた。


 深刻な事態を迎えつつあった。


 ブルゴはずっと右側を向いている。視線を引く何かがいるらしい。

 ブリタニーはポケットからハンカチを取り出して、闘牛士ピカドールが「暴れる牛」を馬に見せたくないときにするやり方を真似てみた。ブルゴの首の上からハンカチをかぶせて目隠しをすると、安心したのか数歩歩けるようになった。


 その一方で、ブリタニーは剣の位置を確認すると、左手に手綱を持ちかえ、いざとなったら右手を使えるようにして、巨石の路地から何か見えないか目を凝らした。


 暗闇の中で、何かが動いたような気がした。

 ブリタニーはそれをじっと見つめた。


 ほとんど同時に、夜の恐怖にふさわしい遠吠えが上がり、ブルゴはびくりと震え上がった。遠吠えは左から聞こえた。ブリタニーがそちらに顔を向けると、そこには先ほど右側で見えたものがあった。しかし、それは二つの目ではなく、四つの目だった。


 平原の別の場所から、最初の遠吠えに呼応した別の遠吠えが近づいてきた。


 ブルゴは怯え、全身に汗をかいて震えながら、狼の遠吠えに恐怖のいななきを返した。馬を目隠ししても無意味だ。目の代わりに聴覚と嗅覚があるのだから。


 ブルゴが緊張の面持ちで跳躍すると、ブリタニーはこれから恐ろしい戦いが始まると悟った。目隠ししていたハンカチをほどき、手綱を取りまとめて、膝を締め、拍車を腹に当てて暴れるブルゴを制御しようとしたが、これは容易なことではない。


 馬はたったひとつ、危険を察知したときにそれを回避する方法——つまり「逃げる」ことしか頭になかった。動きを制御しようとする手綱に噛みつき、口は泡を吹いて白くなった。ブルゴは自分を制御・拘束する腕から逃れるために身を躍らせて跳躍し、騎手を振り落として自由になろうとした。


 しかし、ブリタニーはそう簡単に落馬しない騎手だった。石像の兵士のように冷静に獲物を見定め、亡霊のように無音で近づいてくる狼を見失うことなくペースを保った。


 白い雪原の真ん中で、狼の燃えるような眼光がきらめく闇の中で——、「逃げたい馬」と「逃げない騎手」が戦っているのは、それはそれで不思議な光景だっただろう。


 その苦労は、想像以上に大変なものであった。

 恐怖で馬の力は倍増し、寒さで騎手の力は低下する。

 ブルゴの努力も空しく、口からは血が流れ、どんなに暴れても拘束は解けず、さらに傷を増やすだけだった。


 ブリタニーは石像のように冷静だった。

 ただ、その目だけが、訓練された歩哨のようにすべてを警戒していた。


 しかし、ブルゴの勢いはすさまじく、二度、三度と衝撃を与えてブリタニーの鉄腕は折れてしまった。

 馬と狼は、まるで目に見えない糸で繋がっているかのようだった。ブルゴがスピードを上げると狼たちはより速く近づいてきて、ブルゴが後退せざるを得なくなると、狼もステップを踏んで後退するのだ。

 ブリタニーはカルナック城の砲塔がどこかに見えないか、目を凝らして探した。馬との主導権をめぐる戦いがこれ以上長引けば、自分が敗北すると悟ったからだ。もう腕が折れている。ブルゴはくつわ(bit)のハミをくわえ、首をできるだけ低くして、手綱を全力で引っ張った。


「明かりか城壁を見つけたら、馬の焦りを利用してその方向へ全速力で駆け抜ける。どんなに狼が速くても、訓練された軍馬には追いつけない」


 ブリタニーは自分に言い聞かせた。

 できるだけ長い間コントロールして、好機が来たらブルゴに主導権を返そうと考えた。


 不吉で狡猾な狼たちは、遠くから互いに声を出し合い、統率して襲ってくるように感じられた。


 このとき、五百歩ほど離れた平原の石の上に「明かり」が見えた。

 ブリタニーは馬上に身を乗り出して手綱を放し、勢いよく拍車を二回叩いて叫んだ。


「行け、ブルゴ!」


 軍馬は、矢のごとく走り出した。


 同時に、この合図を待っていたかのように、平原の四方八方から狼たちが出てきた。

 ブリタニーは「ブルゴが転んで石に頭をぶつけるかもしれない」とか「砂利だらけの墓場で足や腕を折るかもしれない」といった最悪の可能性が頭をかすめ、一瞬たりとも気が抜けないレースが始まった。


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