第5章 諸士調役『介』

 「山崎くん、斎藤くん、しばらく、こいつとふたりにしてくれないか?」

勇の願いに、ふたりは外に出た。

「お前が行方不明になったあと、日野の彦五郎さんから文が来てな……お前が彦五郎さんのところに盗みに入った理由がわかった。お前の道場仲間の少年が、ヤクザに騙されて、多大な借金を負わされ、脇本陣の金を盗むよう、命令されたそうだな。あの頃の多摩は、ならず者が多かった……。お前はその子を助けるため、身代わりになったと……」

勇が問いかけると、三郎は勇から顔を背けた。

「……そんな、昔のことは……忘れたよ」

勇は続けた。

「お前を育てると約束したのに、俺は続けることができなかった。すまなかったな、三郎。3年前に、お前が捨助くんと一緒に来たときも、入隊を許さなくて悪かった」

「ふん。俺は多摩から出たかっただけで、たまたま捨助さんに誘われたから付いていっただけだ……どうせ、日野から俺の噂を聞いていた、あのお大尽の息子が、俺を嫌って拒否したんだろうさ……今さら、関係ねぇよ……」

三郎はそこまで言うと、勇の方に顔を向け、

「さあ、早く役人のところに突き出してくれよ!そうだよ、俺が韋駄天小僧だ。俺は長州藩邸に盗みに入った!待ち伏せされているとも知らずにな!それでこのザマだ。あとは三尺高い木の上に首を晒すだけだ。それとも、新選組が首を切るかい?そんなことはお手のもんだろ!」

と言い放った。


 その途端、斎藤が飛び込んできた。

「お前、局長に何て口をきく!?怪我人でも許さんぞ!」

勇は斎藤をなだめるように、

「いいんだ、斎藤くん。こいつは俺の教え子だ。俺が中途半端なままで放り出してしまったから、俺を恨んでも当然なんだ。だが、このまま、むざむざと死なせる訳にはいかんのだ」

と、三郎を見つめて言った。すると後ろから、山崎が言った。

「こいつは局長を恨んでなんかおまへん。恨んでたら、薩長の息のかかったところばっか、盗みに入らへんやろ。少しでも、尊敬しとる勇先生の役に立とうとしとったんや。そうやろ?三郎?」

それを聞いた三郎が、またぷいっと横を向いた。勇の顔が、ぱっと明るくなった。

「本当なのか?三郎……!」

三郎は黙ったままだ。だが、かすかにその肩が震えていた。

「お前は、昔から優しい子だったな。大好きな父のため、大好きな姉のため、と動く子だった。やり方はいつも、間違ってばかりだったがな」

勇はそう言って、三郎の肩に手を置いた。

「う、うるせぇ……!」

三郎は、震え声で言い返した。勇はそんな三郎を見て微笑んだ。


 意を決するかのように、山崎が言った。

「そうや。三郎は優し過ぎて、盗賊なんぞには向かん。局長、わしにこいつを預からせておくれやす。きっと、一人前の隊士に育て上げてみせるさかい」

それを聞いた勇は、山崎の方に振り返り、

「山崎くん、君の気持ちはありがたい。だが……」

と言いかけた。

「同郷の者を優遇すると思われたくない、局長や副長のお気持ちは、ようわかります。そやけど、こいつを放したかて、行く先は見えてる。それこそ、三尺高い木の上や。わしが責任とります。こいつには、探索の才がある。わしの下でつこうてみたいんや。局長、どうか、お願いします!」

山崎は、畳に擦り付けるほど、深く頭を下げた。


 「お、俺は新選組の隊士なんかならねえぞ。それにあの人が許す筈ねぇよ」

と三郎が言うと、勇は、

「お前はトシのことを言っているのか?それなら誤解だぞ。他の隊士の手前、あのときはお前の不行状を理由にしたが、本当は、若いお前が餌食にされるのを防ぐためだったんだ」

と言った。

「餌食って?」

と三郎は聞いた。勇は答えにくそうだった。すると、斎藤が無表情で、

「男色だ」

と答えた。三郎が驚いた様子で勇を見ると、勇は言った。

「あの頃、新選組はできたばかりで、統制がとれていなかった。局の規律も曖昧だった。中には、若い者を強制的にいいなりにさせるやつもいたからな……トシはお前をそんな風にしたくなかったんだ。トシは、お前に親近感をもってた。やつも、姉さんに育てられたからな。姉さんに迷惑かけてたのは、お前と一緒だ」

 勇の話を聞きながら、三郎は、黙って天井を見上げていた。


 数日後、屯所の歳三の部屋に、山崎と斎藤が訪れていた。目の前には、腕組みしてしかめっ面をした歳三が座っていた。

「俺は反対だ。尾畑を隊士にするわけにはいかねぇ。理由は以前言った通りだ。なにか不都合があった場合、本人の切腹だけじゃすまねぇ。局の崩壊に繋がるんだ」

歳三は言った。三郎が勇の関係者である以上、何かあれば勇に類が及ぶのを、歳三は恐れたのである。すると、山崎は何やら、色々と書き付けたものを歳三の前に出した。

「これは、あいつがこれまで忍び込んだ、武家と商家、藩の屋敷の一覧や。みごとに薩長に荷担している名が上がっとる。わしらが調べた以外にも、いくつもあって、中には念書のようなもんも見つかった。あいつは、これを一人で調べあげたんや。隊士でなくても構しまへん!副長、あいつをわしの下に置くんを、許してくれまへんやろか?絶対に、局に迷惑かけしまへん。そんときは、わしが全責任を負います!」

山崎の気迫に、歳三は圧された。普段は物静かな山崎がこんなに必死になるのを、歳三は初めて見たのであった。


 歳三は、目を閉じて考えていた。そして、

「新選組の諸士調役は、最初からあんたに任せている。探索のために、何者を使おうが、俺たちは口出ししねぇと決めている。ただし、そいつが新選組の名を汚すようなら、その時はあんたが責任をとる。それでいいんだな?」

と歳三は聞いた。

「構しまへん」

山崎は答えた。

「……しかし、よく調べたな。いや、あんたのことだよ、山崎。あの盗賊の行動をここまで細かく……大したものだ」

歳三は、山崎の書いたものを眺めて、感心していた。山崎は少し照れたような表情で、

「会津さまからお話があったときから、わしはあいつは役に立つ、と思うとりましたから……」

と答えた。歳三は、そんな山崎を見て頷いて、斎藤の方を向いて言った。

「会津藩や見廻組には、俺から、『韋駄天小僧』は、長州藩士に斬られて死んだ、と報告する。このことは、近藤さんと、ここにいる3人だけの秘密だ、いいな……!そして、はじめ、あいつによく言っとけ。へまをすれば、切られるのは自分の首だけじゃなくて、師匠の腹も、だとな!」

斎藤も微笑んで、

「確かに、伝えます」

と答えた。山崎も、

「おおきに、副長。このご恩は忘れまへん」

と言い、また頭を下げた。


 三郎は、新選組隊士ではなく、『諸士調役介、小幡三郎』という名で、山崎の帳面に記録された。『介』は助ける、補助の意味を持つ。尾畑を『小幡』に書き換えたのも、過去を断つ目的だった。


 「で、今回、長州屋敷に、岩倉卿がいた、という情報だが……」

歳三は、真剣な顔になり、山崎の方を見た。

「姿を見てないんで、証拠はありまへん。けど、確かにその名を口にするのを聞きました。両替商の『岩国屋』と、『伊藤』という侍が話しとりました。『歴史をひっくり返す』とか、なんとか……」

山崎は答えた。

「そのことについて、その……小幡……三郎は何か言ってたか?」

と歳三は聞いてきた。なんだ、副長だって、ちゃんとやつの力を認めてるじゃないか、と斎藤は可笑しくなった。山崎は、

「やつも、顔は見てへんようです。せやけど、部屋の中に、公家風な男と、宮中の女官みたいな女がおったのは、天井裏から見えたようで、さらに良く見ようとしたとこをやられたようです」

と言った。


 「長州は、幕府に兵を引かせ、勢い付いている。薩摩はそんな長州の後押しをしている。帝の御病気に乗じて、何かを企んでいるのは、確かなんだ……」

歳三はそう言って黙りこんだ。本当はすぐにでも詳細な探索をしたかったが、今は内部から発生した問題に当たる方が先だった。なぜなら、伊東甲子太郎の一派が、新選組から分離しようと画策していたからである。


 年末に飛び込んできたのは、孝明天皇崩御の知らせだった。

「長州め、やりやがった……!」

新選組内部では、山崎と斎藤の話から、公家の岩倉卿が、若い睦仁親王を即位させ宮中を掌握するため、孝明天皇の暗殺を企てたのだ、ということがわかっていた。だが、確実な証拠はなく、幕府も長州藩への追求には消極的であり、何も手出しができないまま、年を越すことになった。


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