第9話「怒らない男と怒れる女(その2)」

”「その言葉」を聞いたとき、私は確信した。

彼女こそが追い詰められた大公派我々を救う突破口になると”


アルフォンソ・アッパティーニの手記より




「それはまた、随分と過激な毒を吐いたものだね」


 アルフォンソは肩を竦めるのみだった。

 「気の毒に」だの、「かわいそうに」の類が出てこなかったのが少しだけ意外だったが、事前に調べた・・・・・・彼の境遇を考えれば当然かもしれないと思い返した


 相手を気遣う様に見せて、その実自分自身に向けられた「かわいそう」など迷惑千万。そんなおためごかしは苛立たしいだけだ。

 そして彼はそれを理解している人種の様だ。少なくともその点においては、ヴェロニカも彼の評価を改めざるを得なかった。


 故に、なれば! と畳み掛ける様に話を続ける。


「公共サービスとは、納税や兵役の義務を果たした者への対価よ。何もしていない者まで分け隔てなく行えば、それは平等ではあっても・・・・・・・・公正ではなくなる・・・・・・・・。人は平等に扱われなくてもまだ納得は出来るわ。でも、公正に扱われなければ国への信頼を無くし、そうして社会が腐ってゆく」

「耳が痛いね」


 彼が聞き手でなければ、むっとするか戸惑うか、さもなくば不味い話を聞かせられたと周囲に視線を走らせたことだろう。

 だが、赤毛の将軍は微笑を崩さず右手を差し出して先を促した。


「そもそも私は、彼らの誇りプライドを守ってあげたのよ。世間のしがらみから逃れ、1人で生きてゆく事を選んだ人間が。困った都合のいい時だけ『助けてくれ!』と泣きついては、自らの誇りを自分で傷つける事になる。私はそれを気付かせる手伝いをしたに過ぎないわ」


 それを聞いたアルフォンソは 呵呵と笑って膝を叩いた。


「君の毒舌はユーモアがある。ただ不満を吐き出すだけの人間には言えない台詞だね」


 そんな言葉を吐かれて、ヴェロニカは言葉を失った。

 人たらしとは、他人の美点を見つける事が上手い人間である。いかに他人を褒めようとしても、思っても居ない言葉は直ぐに見抜かれる。

 思ってもいない事を信じさせるのは、人たらしではなく詐欺師である。


 真の人たらしは、例え気に食わない人間でも何処かしら美点を見つけ、そこだけ・・は好きになってしまう。

 そしてそれを惜しげもなく言葉に出すのである。


 ペースを崩されたヴェロニカは、初めて従兵がコーヒーを置いてくれていた事に気付き、誤魔化す様にそれへと手を伸ばした。


「では、君は命が関わる状況であっても、同じ対応をしたと言うんだね?」


 念を押したアルフォンソに、内心の苛立ちと動揺を隠したヴェロニカは断言した。


「”両方が救えないと言う状況”なら、同じ対応をするわ」


 ヴェロニカは後に回述している。その時のアルフォンソの目は、ずっと欲しがっていた玩具を買い与えられた子供のそれだったと。


「では、君の案を採用する。詳細は一緒に詰めさせてもらうが、基本方針は変えないし発生する全責任は僕が取る」


 彼の言動が一本に繋がっているように思えず、何故そうなるか判断しかねたヴェロニカは、彼女としては珍しく、とりあえずの降参を決め込んで答え合わせを要求した。


「さっきの質問の意図を聞いても良いかしら?」


 彼女の一挙一動が面白いのか、アルフォンソはにこにこと笑いながら、「大したことじゃないさ」と前置きする。


「答え自体は割と”どうでも良い”んだ」


 何の謎かけか。

 彼が適当な言葉で相手を煙に巻く人種に見えないし、第一それを今やっても無意味だ。

 赤毛の将軍は実に楽しそうに含み笑いして、言った。


「君は質問に答える前、両方は・・・救えない・・・・前提である・・・・・ならば・・・と前置きした。それは『可能なら両方救う』と言う意味だ。策を弄する者には相応の優しさが無ければならない。そうでなければ才に溺れて周囲を巻き添えにするか、精神を病むかだ。僕はそんな人間の作戦に命を預けるのはごめんだからね」


 目の前に鏡が無くて良かったと思う。あれば今自分がどんな顔をしているか? それを直視するはめになった。

 腹芸は専門ではない。

 それを差し引いても、この時の対応は褒められたものではなかった。


「気持ち悪い事を言う男ね!」


 返した悪態もいつもの切れ味がないのは自覚がある。

 そう言えば自分を優しいと評するのは、両親以外では自分を育ててくれた老夫婦くらいだったなと思う。

 アルフォンソは何もコメントせず、従兵に地図を運ばせる。


「じゃあ、早速作戦案を詰めようか」


 遺憾である。まったく遺憾であるが、この状況を面白いと思っている自分がいた。


「まあいいわ。好きにやって良いと言うなら、せいぜい派手にやらせてもらうわ」


 不敵な笑みを浮かべるヴェロニカに、アルフォンソはにこやかに返す。


「お手柔らかにね」


 こうして傷んだ生卵が、大公派に最良の指揮官と参謀長を生み出す事になった。


「パットン中将は、現代のハンニバルを自称しているそうね」


 ヴェロニカはこともなげに言った。

 それが核心に触れる言葉とも知らずに。


あの人・・・が言いそうな事だよ。リアリストのくせに、何処か芝居がかっているのはあの時・・・と同じだ」


 ぎょっとして上官を見やる。

 アルフォンソは片目をつむって見せる。


「実は、大佐・・時代の彼と、子供の頃会っていてね。軍人を志したきっかけになった」


 ここで驚いたままで話を流すヴェロニカではない。

 懐かしそうなアルフォンソの言葉を断ち切って、身を乗り出す。


「それよ! 彼と話した事、全部教えなさい。感じた印象や、立ち振る舞いも全部よ!」


 軍隊は良くも悪くもピラミッド社会。

 ボスの思考が読めれば、軍全体の方向性もある程度理解できる。

 実際に会った印象は、相手の戦いを読む武器にもなりうるだろう。


「勿論、全部話すさ。その為にこの話をしたんだからね」


 幼い兄弟の出会いと敬意。漠然としたごくごく素朴な憧れ。

 ひとしきり話を聞いた後、ヴェロニカがにやりと笑う。


「最初の策よ。先制パンチと行きましょう」


 何を始めるか興味津々と言うアルフォンソを無視して、青写真を描き出してゆく。


「つまりはこういう事よ。パットンがハンニバルなら、私が貴方をスキピオにしてあげようじゃないの!」


 彼女としては会心のアイデアだったが、ライズ人であるアルフォンソにはインパクトが欠けたようだ。

 軍の教本には名将ハンニバルの包囲戦術は載っていても、それを模倣した最高の弟子・・・・・までは触れていないだろう。


「スキピオ? 確か古代イタリアの将軍だったっけ?」


 流石に貴族であるアルフォンソは、彼の事を知ってはいるらしい。


「品が無くて好きになれない部分もあるけど、プロパガンダは我が国ドイツのお家芸よ。かつて教えを請うた弟子が、師の率いる大軍を破る。故事と同じようにね」


 過去の体験・・・・・もあって、宣伝戦は好きではない。

 だが、勝つためなら何でも使うべきだ。

 そう考えたから、もったいぶって切った言葉を完結させた。


「……そう言うストーリーを広めたら、下がり切った士気も上がると思わない?」


 仮にも指揮官を、宣伝戦の道具として使おうと言うのである。

 アルフォンソは「この時、彼女が方々で嫌われる理由を初めて理解した」と書き残している。


「しかし、向こうにも僕と過去に会ったことがバレるけど?」

「問題ないわね。あなたは当時8歳。軍人としてまだ始まってもいない。でも向こうは既に少佐・・。脂が乗り切った戦闘指揮官よ。相手から盗めるものはどちらが多いかしら?」


 どうかしら? と。

 獲物を挑発する闘牛士のように視線を送ると、彼は両手を上げた。


「分かった。任せるよ」


 だが、2人とも思い知る事になる。

 かつてアルフォンソに軍人の心構えを授けた勇将は、そんな甘いもの・・・・ではなかったという事を。




※作中の国際情勢について表にしてみました。併せてごらんくださいm(__)m

https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16818093076514467595

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