第3話 平凡パンチは、強制的な死を求めていた。②

この日本という狭い国の中心は、誰がなんと言おうと東京の概念がある。


だから日本で生まれてしまって、何かしら他人と比べて優れていると感じられた人間は、都会に住む、集まってしまう事が多い。


私が初めて漫画を持ち込まされた場所は、田舎臭さが止まらなくて、ただ広いだけの湖を誇りにしたり、喧嘩の種に持ち込んだりする印象しか残らない滋賀県だったのに、そこからあっという間に東京へと、豪華で、広くて、ご立派な出版社が出来た。


私が住む金持ちの象徴と言えたりする、ただ長いだけのマンションーータワーマンションは、その事務所から徒歩5分の場所に有る。因みに、全方位の徒歩5分全てのタワーマンションである。


これは私が出版社に通勤出来る便利さを求めたという表のゴマすり理由と、決してこの金塊を逃してたまるかという裏のクズすり理由がある。


まぁ、私は暇潰しで漫画を描いて、それで勝手にお金が出て来ているだけ何だから、どうでもいい。


外に出る時は、何か有名な人が作った私専用の変装マスクを被らなければならない。


人間は、他人の事を下から上まで眺めたいと思っているが、結局は顔に注目してしまう者が多い。


だから顔出ししている私とは全く別人の顔を被れば、馬鹿みたいにバレない。背丈と顔が合わない場合は、無駄に長いヒールとか、色々面倒が入るけど。


変装をして外に出る今日の私は、非効率な営業外回りをするバリバリガチガチボリボリの地味そばかす、眼鏡マスク、黒髪短髪の会社員だ。


マスクで隠れた口元は歪んでいるのやら周りには見えないが、キャパオーバーの仕事をしている事に自分で気づいていないだけで死にかけの目をしている事は、伝わるだろう。



「わ〜お、君は国宝の演技派女優天才天災まーー」


「何か堅苦しくて煩いから止めてよ」


「はいはーい」


とある交差点へと向かう私の完璧な演技を、完璧に分かりやすい煽て方をして来る貴方に、周りには聞こえない声で止めるように言えば、あっと言う意味も無く、とある交差点=スクランブル交差点へと続く赤信号の前で身体を止めた。


蟻が人みたいに動いている。


あ、違う違う。人が蟻みたいに動いているだ。


ここに居る全ての人達が、自分の事を心の何処かで天才だと信じていて、選ばれた人間だと思わずには居られなくて、むず痒いのにそれを押し殺して押し殺して、何食わぬ顔をして生きているんだ。


凄いなぁ…………凄いけど、だからこそ、私は求めてしまうんだ。


私がスクランブル交差点へと歩く最中、誰かが包丁で心臓を突き刺してくれないかって。


信号が青に変わって、足を踏み出した瞬間に、背後から頭を突き刺して抉り下ろしてくれないかって。


そうすれば、きっと死が待っている。


死にたくないと思ってしまっても、死ぬ事が確定するーー強制的な死が訪れてくれる。


「あーぁ」


私が外に出る本当の理由は、コレなのに。


強制的な死が欲しいのに、だけなのに。


ニュースでは沢山殺されてるのに、無差別な死が起きているのに、私が、強制的な死を望んでいるからこそ、それは訪れてくれないのかもしれない。


「今すぐ、自分で死ねばいいじゃないか?」


「…………話聞いてた?強制的な、死が、欲しい、の、自分で自分を刺したら死を望んで、死を手に入れたことになるじゃない、それでいいんだけど」


「んー、さっきから同じ言葉を別の言葉のように語ってるねーー。それじゃ、誰も理解してくれないよ」


「知ってる」


「誰にも理解されないの」


「そうだよね」


「ずーっと漫画を描いても苦しくないの」


「うん」


「1時間の内、59分仕事をして、1分寝るのを繰り返せば良いだけなの、ショートスリーパーなの」


「うんうん」


「望みたくないの、苦しみたくないいいの」


「うんうんうんうんうん」


分かる、分かってしまう。あと5秒後に信号が変わる。


何度も何度も繰り返しているんだから、分かるに決まっている。でもきっと今は、今から起きる時間は、前とは違う、私が望んでいるけど望まない、強制的な死が訪れてくれる筈なんだから…………から、雲に隠れて見えないはずの青空を見て、太陽が放つ紫外線を勝手に想像して、頭を爆発させながら、今、今今今今ーーーから。






パッ。




スタッ、ストッ、スタッストッ、スタッストッ、、、、スタッスタッ。


歩く、歩いている、周りも後ろも、横も、全てが歩いている。


私の手前を自分勝手な自転車が通り過ぎた、轢いてくれなかった。


歩きスマホをしている癖に私を避けた、ぶつかってくれたらいいのに。


前に100人以上は居るんだからさ、狂気を持ってなくてもいいから、間違って私を殺してよ。


何かの間違いで良いから私を殺してよ。


シーーーーーーーーーーーーんっ。


「はぁ……………はーーー」


ドゴボッ!!!!!!!



「がぼっーー?」


えっ?えっ、なっ、えっ、なっ、えっえっえっ………がぼっ、がぼってーー何?私が言ったの?


可笑しい、痛い。特製の変装マスクは、普通の人間肌よりも硬いのに、痛い。


つまりはそれくらいに強い衝撃が、私の顔から体全体へ神経へと伝わってしまったんだ。


堪能しろ、堪能しよう、私が求めていなかった物がとうとう遂に来たかもしれないぞ!?思い出せ、光景を継続的に見ながら、同時に思い出せ。


誰だ、この衝撃を起こしたのは。起こそうとしてくれたは。さっきから何言っているんだ私は、そんなのは1人しか居ないだろ?


貴方しか居ないじゃないか。


ザワザワザワザワザワザワザワザワッッ!!!!!


周りが煩い、変装マスク越しに鼻と頬の骨が折れた私の顔が、マスクが歪んで、顔がくずれたように見えているーーただそれだけの事で煩すぎる。


それに比べて貴方はどうだ!!!???


「はぁ、、、はぁ………!!!!!!」


息をしている!!私を殴った事なんか!!私が今ものすごく喜んでいる事なんかどうでもいい事のように、これから起こる社会的な制裁を全く考えずに、行動を起こした自分を誇りに思う間抜けな革命家とも、殺人を肯定するサイコパスとも違う!!全然違うよ!!!!


この人は私が平凡パンチだから殴ったのかな!?この人は返送している私を!!平凡パンチだと、平良だと分かってくれてたんだよね!?だから殴ってくれたんだよね!?ね、ねっねっねっねっねっねっねっねっねっ???????



「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、」


えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、何これ何これ!?何レナリン!?アドレナリンよりすごい!!!!楽しいよ!?私楽しいよ!?嬉しいよっ!?天災なのに!?天災にされたのに!?なんでなんでなんでなんで!?


教えて欲しい、私の骨を、概念を、存在を砕いてくれた貴方ならきっと分かっているんだ、私も分かっているんだからさっ!?


手を伸ばそう、今すぐに。私の事なんか見ていない癖して私の骨が砕けるまで殴ってくれた貴方に。


自分の為に、私の為に、貴方に縋るのだ。貴方こそが私の求めてやまないどうでもいい強制的な死なんだ。


「あのっ!!?のっ!!!!」


神様ありがとう!!イマダケハシンジルヨ、ソシテコレコラモサコノヒトが存在し続けて私が死ぬまでは信じてあげるからさっ!!


「私の所に、にっ、にっ!!来てくれませっんかっ!?」


もう離さない!!こいこいこいこいこいこいこいこい、恋なんだ恋来い来い!!!!!!






体感としては、永遠だったのに、気が付いたら15分が経っていた。


激痛で動けないハズの私が、激痛を与えてくれた貴方を引っ張り出して、家まで押し込んだ。


「ははっ、あっあっあっあっ、あっーーあの、来てくれて………ありがとうございますぅううううう!!!!!」




無理やり連れ込んだ癖に何言っーー。


煩い黙れ。


だ、ま、れ。

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愛想の良い天才は、無愛想なアシスタントに故意をする。 屍の茶漬け。 @142536632541

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