第2話 平凡パンチは、強制的な死を求めていた。
「…………………」
目が覚めた瞬間としては似合わないハッキリとしている思考で、歯を磨く、水を飲む、バナナを食べる、サプリメントを口に運ぶ事を殆ど同時に考えながら、行動に移す。
私、平凡パンチ=平良が最も好きなのは眠ることだ。
中学生の頃から夢を見れなくなった。
目を閉じて人が本来夢を見ながら過ごす安息の時間が無い、生物として無だったと後から考えられる時間を手にする事が出来ている。
眠るよりも詳しく言えば、私は自分が自分を、他人を、強制的に認識出来ていない事が大好きなのだ。
生まれてから自分に苦しめられ、他人から蝕まれ続けている。
今日は月に24時間だけ、担当の成金眼鏡から与えられてしまう休日という名の最も苦しい日だ。
「……はぁ」
溜息を吐く。
朝の暇潰しも済んでしまった事だし、外へと出掛けるついでに、憂さ晴らしとして【貴方】に語るとしよう。
生まれてから暫くして、幼稚園に通う事になった私は、前から持っていた疑問を更に大きくさせられた。
笑顔で他人の背中を追いかける。
笑顔で滑り台を降りたり、登ったり、滑ったりする。
弱々しい拳同士なのに、喧嘩をする。
「何でそんなことをするんだろう?」
ずーっと、真似をしてきた。
家で、公園の砂場で、多めに泣いたり、笑ったり、そうしないと心配、怪しい目を向けられてしまうからだ。
「赤ちゃんは、小さい子供は、幼稚園児は、そういうものなんだよ」
分かってる、【貴方】の言う事が正しいって事は分かってるけど…………。
いつの間にか、園児が出ないように作られた壁へと、石を擦り付けて絵を書いていた。
何故か絵を書いた、自分の意志じゃないような気がするけど、確かに自分が意識してそうしたんだ。
描いたら、描き続けていたら、描けって言ってきた。
「描け、描け、描け、描けっ!!!!」
「煩い、、、、静かにしーーって……?」
パチパチパチパチパチ!!!!!!!!!!
いつの間にか、私以外の園児、先生が後ろに居た。
拍手している、私の絵を見て、私が理解出来ない笑顔を見せている。
「平良ちゃんすごーぃっ!!!絵が上手!!!!」
「ほんっとう!!凄くなんか、とてもかっこいー!!」
「これって何かの賞を取れるんじゃないかしら……………って、違う違う、平良ちゃん!!お絵描きは紙にするものですよ!!めっ!!」
キモチワルイ、自分の胃の中にある全てを吐き出してしまいたい。
褒められているのに、全然嬉しくない、嬉しくなれない、嬉しいが分からない。
私が暇潰しで壁に描いた絵は、勝手にコンクールへと出され、勝手に最優秀を与えられた。
自分の身長よりも大きなトロフィー、お母さんとお父さんは顎を外しそうな勢いで喜んでいる。
「平良ちゃん凄いわっ!!お母さんとお父さんは絵が全然上手くないのに!!」
「ああっ!!これはきっと天才って奴だぞ!!ピカソと同じだぞ!!」
「て…………んさい?」
私を置き去りにして、私も喜んでいると勘違いしている事に、初めて、確かな殺意が生まれた。
「んーー?平良は、自分と周りは感情の仕組みが違うと思ってるの?」
「…………惜しいな、感情とか、そんなんじゃなくて、確かに私の中には喜怒哀楽があるんだけど………でも…………」
私の才能に期待するしか出来なかった両親は、大して裕福でも無いのに、私を私立の小学校に通わせた。
ただの小学校じゃ天才には相応しくないから、でも芸術専門の小学校何て無いから、取り敢えず私立に通わせたって事だ、馬鹿だ。
私立の小学校でのクラスメイト達は、幼稚園の頃と比べて、プライドを持っている者が多い気がした。
最初から何もかも恵まれているから、何をしてもいいと勘違いしている……そんな幸せそうな、豊かな顔持ちの者が殆どだった。
だから、期待した。
友達を作る気は無かったから、そんな私を虐めてくれる、蔑んでくれる、そんな存在が現れてくれる事を期待した。
だからといって、ただその瞬間を待つだけなんて出来ないから、暇潰しでバレないように、片手で隠しながら、ノートに絵を描いていた。
取り上げられた。目付きが一段と悪い男、後ろに居る金魚の糞である事を自慢に思っていそうな二人、明らかに、事実として私を虐める存在として求める為に、私からノートを取り上げた。
ハズだったのにーーー。
「……………お、お前ーーー天才だな」
「へ」
「おいっ!!お前らも見てみろよっ!!やべぇぞこの絵っ!!」
「どれど………うぉぉぉぉおおおおおおっ!!??」
「何だこれっ!?映画かよ!?」
笑う、笑う、笑ってしまっている。私が暇潰しで書いた何てことの無い絵で、台詞付きの絵で、またあの笑顔をしている。
広まっていく、私が理解出来ない笑顔が、私を置き去りにして広まっていく、止められる資格が私には無いんだ。
だからだからだからだから。
「おいっ!!他には無いのか!?もっと見せてくれよ、読ませてくれよっ!?」
「はっ、はっーー」
受け入れ。
「はい………どうぞ………」
たくないっ。
「何で平良は、ただの落書きに、台詞を付けようと思ったんだい?」
「…………………退屈だからだよ、暇潰しをしないといけないからだよ」
「私には到底理解出来ないなぁ〜〜?」
「ふふっ、そりゃあ貴方にはーーー」
でも私は、貴方を理解していたのに。
中学生の頃、自分と同じ扱いを受けている天才を見つけた。
遂に芸術専門の、中学校があったせいで通う事になった私は、溜息を吐いていた。
でもおかげで、授業を聞かずにただ一途に純粋に、真っ白なキャンバスを埋めつくそうと必死になってもがいて、怒りながらも楽しんでいる、絵の具髪の貴方に出逢えた。
私は理解出来た。
この人は自分が天才であるとか、そんな事どうでもいいんだーー絵を描く事だけに意識を向けている。
だから、だからっ、あっ、あっーー。
この人がっ、貴方が天才だったなんだっ!!
私は親に迷惑と心配をかけない配慮をしながら、ほんの少しだけ残された自由な時間を、全て貴方と一緒に居る事へと注いだ。
後ろから観察し続けている私の事なんか、その辺にいる雑草みたいに気にも止めない、描き終えた或いは途中で気に入らなくなった絵を、キャンバスを投げて、それが私の身体へと激しくぶつかっても、何も気にしない。
そんな貴方が、そんな貴方を好きで居られる時間が、大好きだ、たのに、にっーーにっ?
何で私は、貴方の絵を真似したんだろう。
分かってるんだけど、証明したかったんだよ。
貴方が天才だって、私が貴方の絵なんか真似する事なんか出来ないんだって。
そして私は、コンクールで貴方が描いた絵と全く同じモノを出した。
最優秀、平良。
「え」
「きゃーーーー!!!!!!凄いわっ平良ちゃん!!また賞を取っちゃうなんて!!」
「ああっ!!父さんはもう凄いとしか言いようがないぞ!!!!」
準優秀、涼。
「……………え…………」
私は真似をしたのに、盗作したのに、天才の貴方が半年かけて描いたものを2日で真似しただけなのに。
なんで、何で?天才の貴方が私より下の扱いを受けているの?
見えていたモノが、別の物へと変わった。
自分が天才を真似して描いたはずの絵が、全く別物の絵だった事に、遅すぎる反応で気付かされた。
どうすると悩むしか無かった私は、自分の中にある盗作した事実を、貴方にーー涼さんにぶちまけた。
「ごめんなさいっ!!!!私何故か1位を取っちゃって!?涼さんが取るべき筈なのに、本当今からでも遅くないからさっーー馬鹿な審査員の人達に訂正してもらおうと思っーー!!」
「ふざっっっけるなああぁあああああっ!!!!!!!」
「え、へっ、涼さっーー」
「アレが私の絵を真似した!?盗作しただと!?そんな事はどうでもいいんだよっ!!例えそうだったとしても………私がっ!!キラキラとした目を向け続けてきたお前がそう思ってたとしてもっ!!私がっ!!アレを盗作した物だとは全く思えないんだよっ!!!!!」
「……………………で、でも貴方はーー天から与えられた……才能が、ギフッ」
「煩い煩い煩い煩い煩い煩いっ!!!!!何だお前はっ!?何なんだお前はっ!?アレは私が、天才の私が半年かけて納得出来た傑作の筈なんだよっ!!それをお前は……………コンクール締切の二日間だけ、私の後ろに居なかったよなぁッ!?二日でっ!?二日でっ描いたのか!?描けたのかっ!?私何か雑草になる程のあの絵ををををををををを!!!!!!!!」
怒ってない、涙を流して、顔を歪ませて、私が知っている無口で荒っぽくてクールな一面を破壊してるのに、目の前に居る涼さんは全く持って怒ってなかった。
突然と降り始めたにわか雨、地面にぶつかって弾ける虚しい水滴達の様に、涼さんの全てから虚しさが溢れ出している。
濡れた身体に容赦なく吹き込んでくる風、寒い筈なのに、目の前に居る涼さんが余りにも哀れすぎて、可哀想でーー暖かさを感じようとしていた。
「全てっ!!!!全て捨てたんだぞ私はっ!!親も、将来も、親友も、自分自身も!!!!!ただ絵だけを…………純粋に絵を描いていただけだったのに…………お前が現れたから…………………」
嫌だ、お願いします。その先は言わないでください。
どうか私の確信が外れてください。貴方がそれを言わないでください。私の中で貴方はーー、貴方だーー。
「お前みたいなっ!!!!」
「やっ、やっ、やっ、やっ」
「てんさいがぁあああああああっ!!!!!!!!」
ピシャアアアンッ、ゴロロロロロゴロロロロッロロロロ!!!!!!!
何処かで雷が落ちた、直ぐ様にお腹の音を何百倍も激しくしたような、嫌な音が聞こえて来る。
この音が近ければ近い程、雷は近くで落ちたんだ。
だってそうだ、雷は、たった今、私の心に落ちたんだから。
「…………ごめんなさいっ、天才で………ごめんなさ………いっ」
私が天才と思っていた貴方は、ただの石屑だったんだ。
「それでそれで?高校生の時は?旅に出たんでしょ?」
「あーーー、それはぁ…………また今度ね?」
何時か私が、強制的に殺されるその日が来るまで、あの旅の絶望は残しておこう。
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