夜間は快晴。サニーの勇者だぞ

「ウィンディの状態は大体こんな感じだ」


 ウィンディを一人リビングに残して俺と姉妹は雑多な魔導具類が散らかるミスティの執務室に来ていた。

 執務室の上にはパスカルが表示してくれているリビングでのウィンディの様子が表示板に映し出されており、同じく周囲に展開された他の表示板にはウィンディの今の健康状態などが表示されていた。

 俺の説明を受けてじっと表示板を見つめ続けるサニーと視線を床に落としたレイン。


「レイン、何か思い当たることでもあるか」


 俺がそういうと視線を上げたレインの青い瞳が俺を映した。


「アキラの話を聞いてから昔の日記をもう一回読み直した」


 俺はレインの続きをじっと待つ。


「アキラの言うヒドラフォッグについては書いてなかった。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「アキラがいなくなった後しばらくたってからの日記、結構抜けがある」


 日記が抜けてる、か。


「つまり連続してないんだな」

「んっ。都市と魔窟がこうなった理由とかそのあたりの時期がない」


 そりゃまた見事に一番聞きたい範囲がすっぱりと抜けてるな。


「その間の日記が何で残ってないのかは?」

「覚えてない」


 だろうな。

 俺の目の前で自分の収納から複数の日記を取り出したレインはそれを大事そうに胸に抱えた。


「事故の後からしばらくが抜けてて母が都市から出かけるあたりからまた残ってる。昨日のことも書いた。これでまた忘れても覚えられる」

「日記、いいですねっ! 私も書いた方がいいですかね?」


 相変わらずわくわく感駄々洩れでレインにそういったサニーの目の前でレインが横に首を振った。


「姉がそういうのはこれで千二十七回目。姉、日記書くの二日持たない」

「がーーーん」


 三日坊主にもならんのかい。


「そ、それって日記を書くということを忘れてしまうということですか」

「ちがう。単にめんどくさくなって放り投げる」

「あうー。昨日の私達ーっ!」


 過去の自分の記憶を私達って呼び方してる奴、俺は初めて見たぞ。


「アキラ」

「なんだ?」


 サニーを緩い視線で見ていたレインが再び俺の方を向いた。


「アキラに言われるまで怪獣がどうしてここにいるのか考えなかった。言われてから考えなかったことに気が付いた」

「なるほどな」


 レインの言葉に頷いた俺の近くでサニーが首をかしげる。


「えっと、どういうことですか」

「つまりな、お前さんはともかくレインは意図的に忘れさせられてるんだ。この場所がこうなった原因をな」


 そういった俺の言葉に一瞬考えこんだ後でサニーは元気よくこういった。


「犯人はママですねっ!」


 そういって壁に貼られたミスティの写真をびしっと指さしたサニー。


「「………………」」


 黙り込んだ俺とレインの前で不安になったのかサニーが慌て始めた。


「あっ、あれっ? もしかして間違えちゃいました?」

「いや、多分正解だ。つーかお前さんホント馬鹿のくせして地頭はいいのな」


 都市神の思考を捻じ曲げるとかその上位にいるものにしかできないからな。

 ギルド関係者、特にギルマスだったミスティの関与はほぼ確定だ。


「あー、また馬鹿って言いましたね。馬鹿に馬鹿って言っちゃいけないんですよ」

「姉、ちょっと静かに。馬鹿は馬鹿でも仕事馬鹿だから」

「ならいいです」


 お前、なんでそれだといいんだ、マジで。

 しかし先生から聞いたヒドラフォッグの情報と突き合わせると正直めちゃくちゃだな。

 いや、冒険者ギルドの創設者でもある赤の龍王様達らしいっちゃらしいか。

 問題は怪獣については打開のめどが全く立たねーってとこだな。


「レイン、渡しておいた仮の依り代には入れたか」

「んっ、思ったより狭くて落ち着く」


 狭いか、そりゃまぁ都市や館と比べりゃどうやっても狭いが落ち着くならまだましか。


「ぬー。あのぬいさん可愛くないんですよー」

「それはおもう」


 そういいながら姉妹は視線を合わせて深く頷きあった。


「簡易の依り代に可愛さっているのか?」

「「いる」」

「そ、そうか。なら次に依り代がいるときは俺が可愛いの作ってやるから今はあれで我慢しろ」


 俺がそういうとレインはしぶしぶ頷いた。


「んー、アキラちゃん」

「なんだ」

「入れるなら他の依り代でもいいですか」


 そう俺に聞いてきたサニー。

 なんにでもってわけにはいかねーはずだから別にいいか。

 最低限、だしな。


「できるならな」

「はーい」


 随分と嫌われたな、ミスティの手作り人形。


「それでアキラ」

「なんだ?」


 レインの視線がウィンディを表示した表示板に戻るとそれにつられる形で俺とサニーもウィンディを見つめた。

 そこには所在なさげに座ったまま何もせずにただ俺たちのことを待つ姿が映しだされていた。


「ウィンディ、どうするの?」

「それな」


 レインの言葉に俺は再びため息をついた。

 星神メイザー姉妹だけだったら人形に入ってもらって俺の収納にそのまま突っ込んで、安全にヒドラフォッグの支配地域から離脱という手段が使えた。

 サニーの方は問題があるっちゃあるが、都市を出るときに凍結すりゃなんとかな。

 だが、ウィンディは……複数の意味でたぶん無理だ。


「怪獣に浸食されたものは検疫を通して安全を確保しねーと都市から外には出せねー。そして今この都市は検疫部門以前に全体が封鎖されてる」


 仮に連れ出したとしてもほかの都市に無許可で怪獣を連れ込んだとなると大問題になる。

 普通に考えるならこの都市、今のように他の安全が確保できてる状態で速やかに処分するべき、なんだが。

 双子に視線を向けるとそこには俺の次の言葉を真剣に待つ二人の視線があった。


「ウィンディの件はとりあえず先送りな」

『状態は改善しませんが』


 すかさず突っ込んできたパスカルに俺はこう返した。


「大人はめんどくさいことほど先送りすんだよ、言わせんな」


 俺がそういうと姉妹がほんのわずかだけ小さく笑った。


「あー、それとウィンディにはこの話は言うなよ。ショックで爆発されても困るからな」

「んっ」


 小さく頷いたレインと何故か敬礼したサニー。

 まぁ、いくらポンコツでもここまでくぎを刺しておけば大丈夫だろ


『アキラ、フラグです』


 わかってる。


     *


 リビングに戻るとサニーがいきなりウィンディに抱きついた。


「なっ!? なに、急になにっ!」


 慌てふためくウィンディにサニーは満面の笑みでこういった。


「爆発しても死なせませんっ! もう死んでるそうですけどっ!」


 俺はサニーの傍にダッシュブーストのタレントを使って移動すると額に指でびしっと突っ込みを入れた。


「あいたっ!」

「お前、言うなって言ったよな」

「あい、言われました。なので敬礼しましたっ!」


 くっそ、確かにこいつは答えなかったがそういう意味かよっ!


「ということでウィンディっ!」

「は、はい!?」


 再びびしっと敬礼したサニー。


「私、ウィンディを依り代ほんたい設定みたてしました。爆発したら一緒に逝きましょうっ!」

「はぁ!?」


 笑顔のサニーと渋い顔をしたレイン、そして感情が整理できていないウィンディ。


「所属の冒険者を護り育成するのが魔王の仕事ですからっ!」


 やりやがったな、こいつ。

 なるほど、確かにお前さんは仕事馬鹿だよ。


「それにあのぬいぐるみよりウィンディの方が可愛いのでっ!」

「そっちかよっ!」



     *


 俺がウィンディにどう説明しようかと考えているとサニーがあからさまに視線をずらしているのが目についた。


「おい、サニー」

「なんですか」


 一瞬だけ視線を俺に向けてから再び横を向くサニー。

 こいつのこの癖は何かやらかしたときによくやるものなんだが……まさか依り代以外にも何かやらかしてるのか。


「こっちみろ」


 俺に視線を合わせないサニーの正面に座ったまま俺はじっと顔を見つめた。


「いやです」

「おまえな。今度は何やった」


 俺の言葉に一瞬だけ俺の方を見たサニーが逆側の方にプイっと顔をそむけた。


「悪いことはしてません」


 子供か、お前は。


「サニー、ウィンディを勝手に依り代にした事とか本当に反省してるか」


 俺がそういうと一瞬こっちを見たサニーが再びふいっと逆側を向いた。

 急に自分の名前が出たことにサニーの横にいたウィンディが驚いた顔をしたがとりあえずそのままにしておく。


「反省はしてます。後悔はしてません」

「お前な」


 こんな問答をやりながら早数分。

 何やってんだろうな、俺ら。


「お前、なんか他にもやらかしてるだろ。こっち見ろ」

「やーです」


 俺がサニーの顔を自分の方に向けさせるとサニーはすかさずまた逆の方を向いた。

 反省してるのは確かなんだろうが口割らねーな。


「アキラ」


 後ろからかかった声に俺は振り返った。


「お、わかったか」

「んっ」


 俺がサニーを問い詰めてる間に都市神としての操作パネルから各種情報を確認していたレイン。

 振り返った俺にレインは小さく頷くと続きを口にした。


「ウィンディ、姉の勇者にされてる」

「は!? うっそだろ、俺がいたときにラルカンシェルの勇者系ヒーローは凍結したはずだ」


 俺がそういうとレインはもう一度小さく頷いた。


「んっ、でも姉はセットできる」


 慌ててギルドマスター権限でウィンディの冒険者カードを確認するとそこには確かに『ヒーロー』とそれに付随する関連タレントが追加され有効になっていた。

 勇者系ヒーロータレントが確かに動いてるな。


「そんなばかな。去年の赤龍機構せきりゅうきこうの全魔王への一括更新でオーロラは確かに外れてたぞ」

「母が外に出てから二年、更新、出来てない」


 レインの言葉に俺は再び額に手を当てた。


「そういやそうだったな」


 魔王サニーが設定できるのはかつてこの世界に招来された伝説の勇者オーロラのみ。

 そんな彼女は赤龍機構の立ち上げに尽力し始まりの冒険者の一人として名を遺した。

 一般には知られちゃいないが俺が所属するS級冒険者パーティ、エクスプローラーズの過去のメンバーだったりもする。

 つーことで世間一般では美貌の転生者トライとして名が通ってるオーロラについてはよく知ってる。

 同期の先生から昔話で聞いてたしな。

 すっかり板についてしまったため息をつきながら俺はウィンディの肩をポンと叩いた。


「ウィンディ」

「な、なに?」


 話についていけずに慌てるウィンディに俺は慰めの言葉をかけた。


「おめでとう、今日からお前も魔王に選定された勇者だ」

「え、ちょ、ちょっとまってっ! 勇者ってあれだよねっ、アキラさんが試して……その……」

「遠慮しなくていいんだぞ。あの時期の俺は訳がわからんレベルでポンコツだったからな」


 勇者とは人を外れた者のことを示す。

 良くも悪くも平凡な勇者なんて奴はほかの世界はともかくこの世界には出現しない、というかできねー。


「この都市の勇者だからな、腹くくっとけ」

「い、いやーーーーーっ!」


 他の都市はともかくラルカンシェルの勇者は強制でポンコツ化するからな。

 どんな凄惨な状況下でも笑顔と笑いを振りまいたのが伝説のシリアスブレーカー、勇者オーロラだ。


「い、いくら何でもあの時のアキラさんみたいにはならない、ならないよねっ!」

「サニーの勇者だぞ」


 俺の冷淡な一言にウィンディが崩折れた。

 何故か道に落ちてる馬糞は踏むわ側溝にはまるわ……いかん、いろいろ思い出してて俺もへこんできた。

 慰める俺と青い肌の上で更に青くなるという器用なことをしたウィンディ。


「姉」

「はいっ、やりましょう、レインちゃん」

「都市神レインと」

「魔王サニーが」


 その傍らで視線と息を合わせた姉妹が声を合わせる。


「「虹の果て、ラルカンシェルに伝説の勇者が再誕したことを宣言する」」


 二人の星神の醸し出す神秘的な雰囲気に一瞬のまれかけたウィンディ。

 

『伝説の演芸勇者ですね』


 オーロラの一番の趣味が手品だったからな。

 職業じゃなくて趣味ってとこがみそだよな。


「勇者なのに……演芸……」


 パスカルの一言がぐっさりとささったウィンディは両手を床についた。


「喜べ、帽子さえあれば勇者のタレントでいつでも鳥が出せるぞ。食糧難はこれで解決だ」

「うれしくないっ!」


 ウィンディの突っ込みを受けて何故かどや顔のサニーがさらに続ける。


「コインも消せますよ。なぜか消えたままになりますけどっ!」


 ついにしくしくと泣き出したウィンディの肩に手を置いたレイン。


「どんまい」


 同じくウィンディの肩に手を置いたサニーがうんうんと頷いた。


「嬉し泣きですね、わかります」


 お前だけだよ、わかってねーのは。


『コインが消せるだけの演芸に意味はありますか』

「伝説のポンコツなんだよ、言わせんな」

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