風に注意が必要です。リッヒもそこで待ってるかもな

 カリス教の裏庭の端で俺とウィンディは動かなくなった猫の亡骸と共に身を潜めていた。


「ねぇ、にゃんこはしんだらどこにいくの」


 動かなくなった灰色の猫を抱きしめたまま幼い日のウィンディは背の低い俺を見上げていた。

 他の奴が見失ったウィンディをさがして右往左往する中、茂みの中に隠れた俺たちはそのまま息をひそめてやり過ごす。

 事の発端はウィンディが可愛がっていた猫のリッヒが死んだことから始まった。

 故郷と家族を災害で亡くしたウィンディはその猫をかわいがっていた。

 元々、この猫はウィンディが拾った時にそこそこの年齢までいってたのもあって周囲からはいつ死んでもおかしくないとは思われていた。

 怪獣災害孤児で獣人、しかも猫もシニアとなると普通はいい顔をされないわけなんだがそこは当時、外部向けにいい面を見せたかったカリス教の思惑も絡んでいた。

 ウィンディは極東列島南部の島の生き残り、しかも獣人の娘ということでカリス教が説く分け隔てない愛のプロパガンダに最適だったわけだ。


 心底胸糞わりーがな。


 大体、この件については育児を担当してたメティスさんも悪い。

 つーか、みんな思ったよ。

 あの人に育児とか無理なんじゃねって。

 カリス教の創立メンバーだったメティスさんの忙しさはダントツで自由になる時間がとにかくなかった。

 カリス教は特殊な組織で部署の取りまとめをする大司祭の中に四聖しせいと呼ばれる特殊な幹部がいるという形式をとっていた。

 訳アリなのもあってウィンディの面倒は大司祭以上が見るってことでは一致したんだが……当時の主要幹部だった四聖が色々あってな。

 四聖の中だったらセーラが育児に適任だと思ったが本人から二人は無理よといわれちゃさすがに無理には頼めなかった。

 他の四聖となるとな。

 ナオヤは……ウィンディはえらい懐いてたけど本人は腰が引けてるのがな。

 そもそもウィンディが住んでた地域一帯が土石流とかで壊滅した怪獣災害。

 あれはナオヤが連れまわしてる火属性の宇宙怪獣をカリス教が無理やり復活させたのが原因だ。

 ソータさんとなるとさらに論外だ。

 あの人に育てさせたら間違いなく性格が捻じ曲がる。

 他の大司祭となるとなおさら問題があってな。

 人を殺し慣れてる幹部連中、四聖が大司祭の中じゃ比較的ましってのはどうなんだろーな、カリス教。


「猫なぁ……」


 カリス教ではステータスを持たない生物には死後はないとしている。

 ここら辺、俺の転生前の地球テラでも結構あやふやだったとこだ。

 ふんわりと天国で待ってるとかいって子供をあやす親は多いが宗教ってもの自体がそもそも人間のためのものだからな。

 俺がそんなことを考えながらウィンディを見るとウィンディは目に涙をためていた。


「メティスさんはなんていってた?」


 俺がこの子に目をかけていたシスター連中から聞いた時にはもう猫の亡骸を抱いたまま失踪してたからな。

 今んとこ見つけて一緒にいるのは神眼しんがん持ちの俺だけだ。

 探そうと思えばメティスさんも探せるはずなんだがな。

 俺がそんなことを考えているとウィンディがぽつぽつとしゃべり始めた。


「このこは……せいをまっとうう……したから……くだ……いて……こやしにするって……だから……わたしなさいって」


 そこまで言った後でウィンディは再び大粒の涙をこぼし始めた。

 猫を胸に抱きながら泣くウィンディを隣に俺は額に手を当ててため息をついた。


「何やってんだあの人は。ちょっとはオブラートにくるめよ」


 あの人も不器用というか、馬鹿の一種だよな。

 接点ほとんどないくせに無駄にシャルマーのおっさんに似てんのな。

 実際カリス教は死骸の処理については魂抜き、ぶっちゃけて言えばMP採取処理を行った後は等しく素材として取り扱う。

 そこから回復薬のエリクサーや強壮薬のアムリタ、そして絞った残りかすやMPを持たない動植物などはクラッシュ後、熱処理を加えた後で発酵処理され肥料や飼料へと利用される。

 植物繊維や毛皮じゃなくても衣服にしてたりする。

 遺灰から装飾を作ったり毛髪を利用とかはカリス教だと普通に見る光景だ。

 他にもアルカナティリアにあったカリス教の本部では発酵時の排熱を日常生活にも利用してるくらいに徹底していた。

 これな、死者からMPを抜くのをごまかす側面と同時に死骸を粉砕することで土葬などによるゾンビ化を避けるという衛生面での意味も含まれてる。

 ここは地球テラじゃないからな。

 ここら辺、カリス教に入りたての奴だと嫌悪感を示すことが多いんだが、毎日の食事や生活の何かにつけて感謝を要求されることから次第に感性が麻痺するようにできている。

 きちんと素材にして粉砕しないで何か変なものが入り込んでゾンビにでもなられた日には目も当てられないと考えるのがカリス教での普通だ。

 教団内で育ったウィンディもきっちりその教えを受けてるわけで、周囲の反応は死んだ猫の亡骸にどうしてそんな過分な反応を示すのってかんじなわけだ。

 それがこの子には辛い、しかも共感してくれる相手があまりいない。

 セーラは今は不在だしナオヤなら多分速攻で燃やす。

 ソータさんのとこに持ち込んだ日には別の意味で素材にされるだろうな。

 冒険者パーティの先輩だったソータさんに呼ばれてギルドのクエスト受諾の形で年単位で所属していたカリス教だがぶっちゃけいって性に合わない。


 つーかむかつく。


 本当は教団幹部、風の四聖が確立するまでの対怪獣対応力の補充って形で呼ばれたんだけどな。

 あんまりにも雑だったものだから経理から始まって産婦の真似事から、食堂のメニューの改善、果ては教義の矛盾解消や論理の穴埋めまで俺がしてるってのはどー考えてもおかしい。

 しまいには風の四聖しせいにならないかとか言われたので丁重にお断りした。

 そこまで付き合う義理はねーよ。

 そんなこともあって元々が契約社員ならぬ契約教団員というのもあって、次の任期でのクエスト更新はしないということでけりが付いた。

 だからもうすぐこの教団から抜けるということで引継ぎやら身の回りの整理やらをしていた最中に起きたのがこのウィンディの雲隠れ事件だった。

 ちなみに次に予定してるクエストは昔馴染みが立ち上げる復興都市の支援。

 名前は確か……ラルカンシェル、虹だったか。

 そういや地球テラだと飼ってた動物の死後にまつわるフォークロアがあったな。


「俺の出身世界の話でもいいか?」

「うん」


 弱く頷いたウィンディを横目で見ながら俺はつづけた。


「可愛がっていたペットが死んだらそいつは虹のふもとで飼い主が天国に渡るまで待ってるそうだ」

「え? しんだら……もうなにもないんじゃ?」


 ここがカリス教がもつ闇の一面だな。

 一応、MPを持つ奴は大霊界に行けるとされてるがその条件は自然死に限らない。

 病死、自殺、他殺、災害死などの場合でもカリスが導く限りは皆等しく大霊界に誘われ、生前の行い、カルマに応じてその後が決まるという説明がなされていた。

 そうじゃないと怪獣に殺された場合は一切救われないって理屈になるからな。

 そして正、負どちらのカルマもMPにたまるとカリス教では定義されている。

 ここは本当は順番が逆で教団の真の目的のためにはMPが大量に必要なのが先だ。

 そのために死ぬ際には自身の亡骸を自由意思で寄進し個人が元々所属していた民族や国家ごとの葬儀を行わないようにする必要があった。

 ここら辺を整理したのもなぜか俺なんだがな、やった本人だからこそ心底むかつくんだよ。


「カリス教じゃそーだな」

「……あの……そういうこと……いったら」

「処罰されるってか。されそうになったら俺のせいにしろ」


 俺がそういうとウィンディは何とも言えない表情を浮かべた。

 そんな狸娘の顔を見て俺はつい口を滑らした。


「俺な、カリス教を抜けたら虹の麓に行く予定なんだ」

「え!? にじのふもとってあるの?」


 そういう都市名なだけなんだけどな。


「あるぞ。リッヒもそこで待ってるかもな」


 俺はその一言がウィンディの人生を狂わせるとは思ってなかった。


「それならっ! わたしもそこにいきたいっ!」


 死んだ猫をぎゅっと抱きしめたウィンディが力のこもった目で俺にそういった。


「いいぜ。メティスさんの許可が出たらな」


     *


 どーせで許可はでないだろうと高をくくってたウィンディの教団からの脱会。

 まさかメティスさんがそれを認めるとは俺も思わなかったんだ。

 リッヒの亡骸については散々迷ったが結局はソータさんに預けることにした。


 その数日後、新たに生まれた幻獣のチューリッヒはウィンディによく懐いていた。


 結局、ウィンディとほぼ同時に教団を抜けた俺はラルカンシェルの立ち上げにウィンディを連れて参加する羽目になった。

 

 冒険者になったウィンディが都市で出会った猫キチ達とパーティを組むのはさらにそのあとの話だ。

 今となっちゃ随分昔の話だけどな。

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