快晴。どう生きたいのかはお前が自分で決めろ

「うまっ、うまいですっ!」

「「……」」


 相変わらずしゃべりながら飯を食べるサニーに対してレインとウィンディの二人は何も言わずに黙々と飯を平らげていく。

 つーか、何食わせてもうまい言うもんだから本当にうまいのかわかんなくなるな。


「うん、まぁまぁか」


 今日の夕食はマグロ丼とマグロの天ぷら、それと刺身だ。


「お前ら、醤油使いすぎんなよ。ショッパすぎるときついからな」


 やっぱ職人が作る飯に比べるとどうしても味にムラがあるのと大味になりがちだ。

 でもまぁ、丼ものは日本人のソウルフードの一個だよな。

 昨日のワニでカツにして丼ってのも考えたんだが思ったより硬かったからやめた。

 イタリア系の料理みたいにきっちり圧力鍋に掛けた方がいいな、ああいうのは。

 明日あたりでもそうしてみるか。


「おかわり」


 そう言って空になった丼を差し出してきたレイン。


「わりぃが丼はねーよ」


 いやな、そこでショック受けられてもないものはないぞ。

 漬けてないマグロを米の上に乗せりゃいいだけならすぐ出せるんだがな。


「米と刺身でいいなら出せるからちょっと待ってろ」

「んっ」


 俺が立とうとすると他の声もかかった。


「あっ、私もですっ!」


 同じく空になった丼を突き出すサニー。

 だから丼はねーっていうの。

 それともこれ何かの儀式か?

 俺がその隣に座るウィンディを見ると空になった丼をじっと見ているのが見えた。


「ウィンディ、お前もお代わりいるか?」

「……え……いえ……」


 複数の表情を顔に浮かべたウィンディ。


「食えるならくっとけ、どうせまともな飯食ってなかったんだろ」

「……はい」

「余すともったいないからな。お代わりはどれ位にする?」

「「大盛っ!」」

「そこの腹ペコ姉妹はちょっとまってろっ! どれくらいにする」

「じゃ、じゃあ半分くらいで」

「わかった。マグロも追加で切り分けてくるから双子と会話でもしてしばらく待ってろ」


 そういってから俺は台所へと向かった。


     *


 台所で追加分の刺身を切り分ける。

 まぁ、こういうこともあるだろうと思って凍らせない状態で多めに取っておいて正解だったな。


『アキラ』

「なんだよ。ちゃんと和服にしたろ」


 和服の上に割烹着を重ねてきた俺は今はポニーテール状態だ。

 これならパスカルも文句ねーだろ。


『ええ、やはり和服は素晴らしいと思います』

「勝手に言ってろ」


 地味にイメージ安定させんのが難しいんだよ、和服は。

 正確な和服の構造となると反物の余剰分を内側に縫い込んであるからな。

 そこまで考えだすと結構きりがないんだが、洋服の縫製に近い切り抜き型に柄をプリントアウトしたタイプの廉価着物だとパスカルがぶーたれやがるし。

 つーか、なんで俺は銃のためにオシャレさせられてんだろうな。


『いえ、和服は実に素晴らしいものですが話したいことはそこではありません』

「ウィンディか」

『はい』


 刺身を切り分けながら先に開いておいたウィンディの冒険者カードの状態を再度確認する。

 そこには『救命待機エマージェンシー』の表示が浮かんでいた。


「飯食ってもやっぱ変わんねーな。あいつの状態」


 今俺が見てるのはウィンディの冒険者カードが示す詳細情報だ。

 ギルドの配布する冒険者カードって代物はかなりの高機能で現在のタレントの状態のみならず本人のバイタルデータも表示できる。

 本当に必要とあれば遠隔から本人のタレントを強制起動したり、心停止した冒険者の心臓に衝撃を送るタイプの強制救命措置などもできる。

 プライバシーも何もあったもんじゃねーんだが、ここら辺は所属するパーティのリーダーか都市のギルドマスタークラスが許可しないとできねーからな。

 常に冒険し続けることを是とする赤龍機構せきりゅうきこうはその一方で過保護なまでに冒険者を生かそうとする。

 冒険の結果命を落とすのは致し方ないが、未来の冒険のために少しでも長く生き残らせようとする強い意思が垣間見えるとこだな。

 そしてウィンディの冒険者カードの詳細には現在心停止状態であることと、心臓ショックを発生させるためのアイコンが有効状態で明滅し、さらにその下には心停止からの時間が表示されている。


「心停止から二年半か。あいつ、生き物としちゃとっくに死んでるな」

『そうですね。お代わりを要望されましたが』


 死んでも存在し続ける存在自体はこの世界でも珍しくない。

 暴食のレイスやグルメなゾンビ、果ては死んでなお稲作を続ける死霊のエルフ村なんてのもあるくらいだからな。

 だが、ウィンディのこいつは……


「怪獣の感染で死に損ねたんだな、あいつ」

『おそらく。それにわずかですが幻獣の波動が混じっています』

「チューリッヒか」


 ウィンディはかつてカリス教に所属した際に一匹の幻獣、『火鼠ファイアーラット』になつかれた。

 そいつの名前はチューリッヒ、土の四聖ソータさんがこっちの世界に持ち込んだ怪獣の末裔だ。

 大概たいがいにふざけた名前なのには理由があるっちゃあるんだがそれはまた別の機会にな。


「飢餓状態になって食ったかアイツを守るためにチューリッヒの方から融合したか。どっちにしろ融合したのは確かだな」

『はい。結果、ウィンディは過度の浸食を受けてなお自我と姿を保てているのだと推測されます』

「保ててるって言ってもなぁ」


 俺の肩口に顔を出したチューティアがチュチュっとないた。


「チューティアはしばらくは隠れててくれ。ほら、これ食ってていいから」


 俺がマグロの切れ端を与えるともっきゅもっきゅとほほを膨らませて平らげた後でチューティアは俺の服の裾中に潜って隠れた。


『どうしますか』

「どうするって言ってもなぁ」


 かつてウィンディは緑色の髪に日に焼けた褐色の肌、小麦色にも似た淡い色の狸の耳と尻尾を持った獣人だった。

 幻獣使いのウィンディ。

 実態と非実態を自由に行き来できる幻獣が一匹使えるとやれることの幅はかなり広がる。

 先行で中から扉を開かせたり紐を持って行かせて空中にワイヤー張ったりなんかは基本中の基本だ。

 というかな、そこら辺のやり方をウィンディに教えたのは俺だ。

 だが俺がアイツに教えてない技法も結構ある。


「こんな形で神仙化しんせんかした獣人とか俺も見たことがないぞ」

『冒険者ギルドのアーカイブには一定数のヒットがあります。類似情報を検索しておきますか』

「頼む」


 その一つが幻獣との融合、一時的な深度上昇『深化しんか』だ。

 進化じゃなくて深化な。


「素人が手を出すと飲まれるから教えなかったんだが、こうなるんだったらむしろきっちり教えとくんだったな」

『状況が悪化したのはアキラのせいではありません』

「そりゃそうなんだがな」


 この世界はかなりシビアな力のヒエラルキーがある。

 その位階を地震の震度になぞらえて深度と表現したのが太古に招来されたトライ、異世界からの来訪者達だ。

 亜人分類には複数の特記事項があるんだがイの一番に明記されるのが深度についてだ。

 あれが対応する種族は深度零から一までの範囲。

 それを超える範囲は星神ほしがみや疑似超越、そして怪獣といったほかの分類に再振り分けされる。

 ざっくり言えば大体は星神か怪獣だ。

 そして亜人第三類が星の子チルドレンって呼ばれるのは死後に星神になることが稀にあるからだ。

 ウィンディも普通に考えるなら双子と同じ星神になりつつある、なんだろうが……


「肉体、がっちり残ってるんだよな。ウィンディの奴」

『はい』


 星神と違い身体が土台になっている獣人由来の超越存在には神仙というものが存在する。

 ここら辺、亜人第四類に分類される必要に応じで随時駆逐可とされるゴブリンとかといった人崩れのモンスターのも混じるんで紛らわしいんだが、神仙の場合は人を大きく超える跳躍力や耐久性、深度一の怪獣に打ち勝つだけの筋力に超回復など生き物として常識から外れた生態を持ってる。

 それと長いこと食べなくても死なないとか遠くのマナの動きがなんとなくわかるとかな。


『アキラの妹分ですよ』

「ヒドラフォッグに浸食されてないならな」


 いや先生から聞いた話からすると怪獣でも妹になるのか。


「神仙か」


 俺の親の種族、ドサンコも広義では神仙の一種だ。

 元々はティリアが作ったこの世界での人間だった蓬莱人ほうらいじんを後から生まれた新人類である現在の人間から呼んだ呼称が神仙だ。

 それが時の経過とともに蓬莱人が地表から姿を消し、神仙という単語自体が生身で深度の浅い怪獣と戦える亜人種の呼称と変わっていった。


 怪獣かいじゅう


 それは幼い創世神だったティリアが世に振りた呪いが獣となって具現化したと言われるもの。

 深度一で環境適応かんきょうてきおう、深度二で高速回復こうそくかいふく、深度三で堅牢鉄壁けんろうてっぺきというスキルを保有している。

 水に潜れないはずの奴がいつの間にか適応し、ざっくり切ってやった奴が数分で回復、さらに上がるとタングステンより硬いといえばメンドクササがわかるよな。

 魔石以外の燃料や重い金属が手に入りにくい上に、マナを使った魔法やスキルなしで怪獣相手にできることはかなり限られる。

 怪獣には魔法は効かないからな。

 そんな怪獣が出現するこの世界で冒険者が使うタレントは普通に生まれた普通の人間が徒党を組んで深度二までなら何とか死なないで逃げられるだけの力を貸してくれる。

 つまり死にかけてでも冒険しろっていう人の守護者たる赤の龍王様達からのありがたい御恩寵ってわけだ。

 人工的に組み上げた深度一怪獣って言ってもいいかもな。


『アキラはどう思いますか』

「わかんね」


 ここまでの俺の話で分かるとは思うが、ぶっちゃけ上に行けば行くだけ力のあるやつや星神、そして怪獣の境界線はあいまいになっていく。

 一応、計測できる波動で見分けはつくんだがそれも分類上での話だ。

 ウィンディが最終的に怪獣と星神のどっちに転ぶかもやってみないとわかんねーとこだな。


「あきらちゃーん、おかわりまだですかっ!」

「おっといけねぇ、さすがに放置しすぎた。そろそろもってくか」

『そうですね』


 俺は三人分の追加のご飯と刺身をもってリビングへと戻った。


     *


「うまっ、うまいですっ!」

「だからな、黙って食えよ」


 俺がそういってもサニーは止まらない。

 食べながらしゃべってるくせに口の中は見えないあたり、顔を少し下げてるんだな。


「…………」


 置いたとたんに食べ始めたサニーとレインに対してウィンディはじっと刺身とおかわりのご飯を見つめていた。


「どうした?」


 じっと動かないウェンディの刺身に双子の視線が集まった。


「食べないんですか」

「た、食べるっ! 食べるけどっ!」


 昔の色とは程遠い青に染まった獣耳と髪。

 肌の色は日に焼けた健康的な褐色には程遠い青白い色をしたウィンディが視線を泳がせた後で静かに口を開いた。


「どうしてみんななにも聞いてこないの?」

『「「「…………」」」』


 完全に食事の手が止まった双子と俺の視線がウィンディに集まった。

 まぁ、最初はいろいろ食事しながら聞き出そうかとも思ったんだがな。

 こいつらの餌……じゃなくて飯の食いっぷりについ忘れたというかどうでもよくなったというか。

 それにパスカルのMPアナライザーと冒険者カードの状態から大体の見当はついたしな。

 わかんねーのはどういう状況でそうなったかとほかのフライングキャットの奴らがどうなったかだ。

 だから今はこいつのギルマスでもある俺としちゃこういうしかないんだがな。


「聞いてほしいならいつでも聞いてやる。言いたくなったら言え、それでお前が楽になるならな」


 俺がそういうとウィンディは泣きそうな、それでいて怒ったような顔をした。


「今のこの都市の冒険者ギルドのギルマスは俺だ。お前は今でも冒険者だからな、俺はお前の冒険を見届ける義務がある」


 黙り込むウィンディに俺はこう続けた。


「冒険者なのか、それとも怪獣なのか。どう生きたいのかはお前が自分で決めろ」


 俺がそういうとウィンディは青ざめた顔のままで唇をかみしめた。

 そんな微妙な空気も読まない魔王がお気楽ないつもの調子でウィンディにこう言った。


「ならまた一緒に行きましょう、ウィンディ」

「え? い、いくってどこに」

「私の魔窟ですっ!」

「えっ、い、いってもいいけどなんでっ?」


 脈絡のなさに慌てるウィンディの前で揺れる胸をはったサニーがこう続けた。


「魔窟ならきっとどこかにドカーンしない豚さんがいます。カツ丼ですよ、カツ丼っ!」


 外がこの状態だしなぁ、中はどーなってんだろうな、マジで。

 あれだけ食べておきながらカツ丼の味を思い出したのかサニーの口元からよだれがたれた。


「お前な……自分でふけよ」


 俺がハンカチでサニーの口元を拭いてやると何がうれしいのかサニーがさらに笑った。

 そんな俺の横でレインがぽつりとつぶやいた。


「アキラ、丼のおかわり」

「もう炊飯器が空だ。お前らどんだけ食ったと思ってんだ」


 そんな驚いた顔されても追加の飯は出せねーぞ。


「ご飯がないならパンをくださいっ!」

「ねーよっ!」


 お前はどこの貴婦人だ、あの格言って創作じゃなかったっけか。

 大体、パンにマグロってツナパン作れってか。

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