彼らが夢見た蜃気楼。結構ポンコツだぞ
「お疲れっす。アキラさん。食事一緒にどおっすか」
そういって声をかけてきたのはごつい皮のアーマーを着た戦士、ガスト。
オレンジ色の髪にそこそこのガタイと前衛らしい見た目をしてるが、こう見えて小動物が好きな上に編み物も得意だ。
ガストが作った兎や猫を模したあみぐるみは俺もいくつかもらってる。
そんなあいつと同じテーブルには同じパーティに所属する二人の女が座っていた。
俺が軽く手を振るとその席に座ってた残りの連中も俺を見た。
こいつらはフライングキャット、この都市がリニューアルして最初に居ついた冒険者パーティだ。
「お前らたかる気満々だな。まぁ、いいけどよ」
やったーと喜ぶ三人。
「お前らもうBランクまで上がったんだろ。そろそろおごる側に回れよ」
「もちろんやってますって」
俺とフライングキャットのやり取りを酒場にいるほかの連中が緩い視線で見つめる。
「ほかの連中にはおごんねーぞ」
俺の宣言にぶー垂れたほかのパーティのメンツ。
誰だ、ケチとか言ったやつ。
そう毎日全員におごってられっか。
「アキラさん、今日もソロですか。すごいなー」
そういってきたのは俺の右側に座ったウィンディだ。
ウィンディは緑色の髪に獣の耳をもった獣人で、自分が狸っぽい耳と尻尾をもってるくせに猫が好きという変わり者だ。
その肩口にはファイアーラットの子ネズミ、チューリッヒが行儀よくお座りしていた。
手元のパンを小さくちぎったウィンディは肩口のチューリッヒに与える。
小さな両手でそのパンを抱えたチューリッヒは端っこからもきゅもきゅとかじっていった。
大きさ的にはぶっちゃけハムスターだな、色は赤だが。
「この人と比べちゃダメですよ」
そのウィンディの反対側、俺から見て左側の席に座った十代前半の魔導士の少女、ミラが俺に悪態をつく。
灰色の髪に神秘的な藍色の瞳、片親は由緒正しい青の龍王様の遠縁だったってのは本人の自称でほんとかどうか怪しいもんだ。
ミラことミラージュは物心ついたころにはレビィティリアという都市で貧困層に居たらしい。
レビィティリアが怪獣災害で崩れた後は王都に引き取られ王城の地下施設で魔導の基礎を学習、施設を出た後で冒険者にもなったという経歴を持ってる。
腕は確かなんだが猫キチ……もとい、かなり癖のある魔導士として有名だった。
小さいころ、白黒の猫を飼ってたらしいんだがその猫に相当未練があるのかいまだに引きずってる。
そんなこともあって世に出回ってる貴族向けのペット用魔導具の多くがミラが作成したものだ。
「ひでぇ言われようだな」
「実際そうでしょう。アキラとギルマスの何とかなるってマネしちゃダメな奴です」
反論しづらいのがつらいとこだな。
ギルマスやってるミスティがあれなのはともかく、俺もこいつらを育てるのに結構変則な手を使ってる。
「一応、これでも指導の時には使う手を縛ってんだけどな」
俺がそう釈明すると三人だけではなく指導したことのある周囲のパーティ全員が白い目で見つめてきた。
「あれでですか?」
半眼で見つめるミラ。
隠してもしょうがないので頷いておく。
「俺の本領はこっちだ」
そういいつつ
「ほんっとそれずるい。私だって
ウィンディがぼやいてるのはカリス教の神聖術についてだ。
元はカリス教に所属していたウィンディは冒険者になる前はカリス教で多用される特殊技能である神聖術を使っていた。
「そこはあきらめろ。冒険者になる時にわかったうえでやめたんだろ」
「うー……わかってるけど」
女なら教団から配布されるサークレットをつけるだけで月系の神聖術が使える。
ウィンディの場合は星系の神技も使いこなしてたエリート候補生だった。
初歩のだけだけどな。
そして原則、カリス教徒は冒険者にはなれない。
大体にして死んだときのMP、いわゆるこの世界での体に紐づく魂の処理においてカリス教と冒険者ギルドで真っ向からぶつかる。
死後、MPを大霊界に全回収するカリス教と個人情報の消去後に集合墓に形見だけ収納する
エクスプローラーズの先輩、ソータさんみたいな例外もあるがほんとに例外だ。
あの人の場合はカリス教が転輪の会って名前だったころからの関係者っての大きい。
「タレントのヒールって神聖術のと比べて深い傷が治せないし」
「そりゃそうだろう。元になってるスキルが『治療』や『治癒』だからな」
傷の回復速度を速めることはできても部位切断なんかには対応できないのが冒険者の技能であるタレントの治療系の特徴だ。
ウィンディはカリス教に所属してたシスターだったんだが、カリス教そのものとのかかわりについていろいろ悩んでた。
カリス教はMPが少ない生き物については雑なとこがあって重度の猫好きのウィンディとしては納得できなかった。
その後、ファイアーラットのチューリッヒを連れてこの都市に来たこいつは冒険者になった。
主だったタレントはヒール系、治療と生活補助用のタレントが主体だ。
「それとも今のタレントを全凍結して時間系を取るか? あれなら巻き戻るぞ」
「えー、いやですよ。他のタレント覚えられなくなるじゃないですか。適性があるかどうかも分かんないし」
タレントの時間系統、ステイシスやロールバック、フューチャーサイトは極めりゃえらい強いんだがな。
如何せん他との相性が悪い上に育てにくい。
「それにだ。お前らの目標的にもカリス教はダメだろ」
俺の言葉に三人が首肯した。
カリス教は生物の生死に結構ドライだ。
あそこが蘇生に力を貸すのは生きてた方が周囲の利が多い時に限るってのは知らん奴の方が多い。
実際のとこ助けたくてもエリクサー一本作るのにも結構な代償がいるからどうしようもないんだが。
結果、効能の高い治療や現世利益を求める奴ほどカリス教にのめり込み、最終的には財産や命も含めた全てをカリス教に注ぎ込むようになる。
カリス教の場合、本当に現世利益があるからな。
そんなわけで犬猫とかに飲ませるエリクサーはないってのがあそこの本音で、活性状態のMPが少ない普通の畜生類は生死問わず幸福なので救済の必要性がないってのは後から作った言い訳だ。
正確に言うなら普通の生き物ならナノといった極小単位では活性状態のMPを持ってんだが、最低限一はないとステータス魔法が発動しない。
だからほぼ持ってないって扱いになってる。
冒険者の使うタレントや魔導士の魔導と比べてカリス教の神聖術はトータルで見て費用対効果が悪いってのは両方にかかわったことのある奴にしかわかんねーし。
神聖術でMPが回収しにくい獣を治療すると上が渋い反応を見せるのはマナの無駄遣いだと考えるからだな。
「だからこの都市なんです」
「そこはわからなくもないんだがな」
かつては水の都レビィティリアと他を繋ぐ交易路の要として栄えた都市、それがこのラルカンシェルだ。
昔、女性だったここの領主が旦那に幽閉された。
その旦那は哀れに思うレベルで頭が残念だったらしい。
調子に乗ったそいつは方々に喧嘩売った上に契約違反を多発した。
事態を重く見た赤龍機構は都市との契約を一時凍結、冒険者ギルドのラルカンシェル支部を閉鎖した。
結果、偶発した魔獣の大群に対応できず都市が壊滅したという壮大なんだかしょっぱいのかわからん歴史をここは持っている。
ミスティの実家のメイザー家はもっと北の方で都市を運営してたんだが、今現在余裕のないロマーニ本国から崩壊したこのラルカンシェルの再建を丸投げされた。
ホントなら東の大魔王ことシャルマーのおっさんが来ればよかったんだろうが、年に平均四回の頻度で深度四を超える怪獣が襲ってるそうで余裕がない。
そんな中、白羽の矢が立ったのがメイザー家出身でシャルマーの直弟子だったミスティだった。
言い方は悪いがいわゆる貧乏くじだな、本人は楽しんでるみたいだが。
そういう経緯もあってここ、ラルカンシェルでは冒険者が使える新タレントとして実装された『
ミスティがギルマスをする活気と殺伐さを兼ね備えたラルカンシェルでは他から来た冒険者が新型の魔窟、育成迷宮に挑んでいた。
「まじでやる気か?」
「「「もちろん」」」
そこではもんのかよ。
俺の目の前にいる冒険者パーティのフライングキャットはこの都市では最上位に位置するBランク、かつ一風、いやかなりかわった目標を掲げていた。
「猫カフェねぇ」
そもそもだ。
都市から離れた山に行きゃ二メートルを超える魔獣の猫がいる世界でかわいい猫と触れ合える店ってどんだけ需要あるかだよな。
パーティネーム自体が店の名前を意識して付けたってことだから本人らとしちゃ譲れねぇんだろうが。
「生活に余裕のあるテラならともかく営業不振で潰れる気しかしねーぞ」
「そこですよ」
そういう俺をミラがびしっと指さした。
とりあえずイラっとしたので指を手で横によける。
「ここだと魔王にきっちり管理された魔窟があるから肉と野菜には困らないですよね」
そのための魔窟と魔王だ。
冒険者の育成が主眼ということで育成迷宮とは呼ばれてるが、マナの範囲で増やせる鉱物や魔獣、植物なんかも重要な都市の収入源だ。
大体、冒険者の初期のクエストってのは都市周辺での採取か都市近郊にある魔窟へのおつかいがほとんどだしな。
「しかもトイレには本国でもめったにみないシャーもついてますし」
「シャーじゃなくて温水洗浄便座な」
「長いんですよ。トライの言う何とかレットって名前はギルドが使っちゃだめだっていわれますし」
「あれは商品名だからな」
この世界での魔導ってのはテラと呼ばれている地球の科学技術を模したものでかなり未来の技術も再現している。
少なくとも俺が生きてた時代には重力制御式のフライングボードなんて代物はなかったのは確かだな。
その魔導が再現したものの中には食糧生産プラントもあって、新型の実験という名目で優先でマナをもらってるここの魔窟ではかなり潤沢な食料を都市に提供することができていた。
「そういやお前らサニー見なかったか。あいつレインに事務押し付けて逃げやがってな」
俺がそういうとテーブルの下からごとりという音がした。
「「「……」」」
そんなこの都市では再建の際に初めての試みがいくつか採用された。
その一つとして冒険者ギルドを運営する赤龍機構は自立型魔導機も複数組み込んだ複雑なダンジョンを一元管理する為に専用の星神を配置した。
「おい、ミスティにガチで怒られる前に出てこい」
「うにゅー」
俺の言葉に銀の髪に赤い目をした五歳くらいに見える少女がテーブルの下から這い出してきた。
こいつの名はサニー、赤龍機構が新造した星神の片割れにして魔窟の王、通称魔王だ。
「お前な、ちょっとこっちこい。そこに座ったら汚れんだろうが」
「はーい」
俺は食事にかからないようにサニーを少し離れた位置に移動させるとタレントの生活魔導の一つ、クリーニングを発動。
「アキラさんってお母さんみたいだよね」
「マジっすね。みんなのオカンっていうか」
元々自動洗浄が付与されてるサニーの衣服の効果と合わさって徐々に汚れが消えていく、つっても床に落ちるだけなんだけどな。
「しばくぞお前ら。中身はおっさんだって言ってんだろうが。せめて親父にしてくれ」
そういって俺がにらみを利かせても聞きやしねーし。
「サニー、こっちへ。唐揚げあげますから」
「うんっ!」
唐揚げを餌に手招きしたミラの膝上にサニーがひょこんと乗った。
そのまま皿の上の唐揚げにフォークを突き刺してから口に運んだサニーがもっきゅもっきゅと食べ始めた。
そんなサニーをフライングキャットのメンツが優しい目で見つめる。
まぁ、魔王というより猫っぽいしな、こいつ。
「うーん、やっぱり愛いです。リーシャちゃんを思い出しますね」
ぐりぐりと頭をなでるミラにひるむことなくサニーは唐揚げをさらに頬張った。
「サニーちゃん、猫カフェ作ったら店長さんしてね」
その横からウィンディがそんなことを言ってるのが聞こえた。
サニーにさせようとしないで獣人のお前がやれよ。
「いや、お前本気か? サニー、結構ポンコツだぞ」
俺の言葉に心外なという表情をしたサニーだが口いっぱい頬張った唐揚げのせいで言葉が出ない。
そんなサニーを見てついため息が出た俺はガストの方を見た。
「おい、ガスト。お前のパーティだろう。止めろよ」
ガストは首を縦に振るとおもむろに口を開いた。
「店長はレインちゃん一択っしょ」
「はぁ? サニーちゃんに決まってんでしょうが」
そこかい。
レインはサニーの双子の妹でこの都市の対怪獣用防衛機構の制御用に同時に製造された星神だ。
「二人とも待ってください」
そんなウィンディとガストを仲裁するミラ。
「双子店長できまりでは?」
「「それだっ!」」
それだっじゃねーよっ!
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